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六花の龍騎兵 〜滅びの眷属と白き龍〜  作者: 枝垂桜
第一章 運命の再誕
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第一話 狩人の夢と古い神殿

 アシを潰した寝床でその男、エンシュクアは目を覚ました。他者ひとからはシュクアと呼ばれる男は頭を抱えて顔を顰める。


 何か大切な夢を見たような気がするのだが、よく覚えていない。ただ覚えているのは巨大な恒星の下、白い少女を抱えた黒い悪魔の姿だ。

 何か悪魔と話していたような気がするが、やはりいくら考えても思い出せない。


「はぁ、クソ……」


 そうこうしていると日の出前の寒さが身体を蝕み、思わず身震いして寝床から立ち上がった。彼に前世の記憶があることはずっと昔から感じてはいたことだが、それを自覚したのは数年前。

 しかし記憶は朧げで、子供の頃は夢の記憶か何かだと思っていた。十五になった頃には漸くそれがこことは違う別の世界の記憶だと気がつき、思い出すのに躍起になっていたが、今となってはどうでもいいことだ。


 前世の名前も思い出せず、前世に何をしていたのかも朧げだ。唯一分かっているのは、前世の世界はこちらの世界よりも遥かに科学技術が発展しているということのみ。


「これでよし、っと……」


 弓の弦を張りながら逸れてしまった思考を戻す。今考えるのは前世のことなどではなく、今日明日の食料事情だ。

 矢の入った筒を手に取り、ボロ屋を出る。今や彼は貧しい農民の子であり、家族の農業を手伝う傍らでこうして時々貴重な肉の調達に出ている。


 月明かりの下、夜目の聞く身体に感謝しながら森の中へと足を踏み入れる。痕跡を辿るにはまだ大して時間は経っておらず、追いつくのには問題ない。

 恵まれた肢体を持ち、夜の険しい山の中でも進んでいける。少なくとも前世よりは恵まれた肉体で、どこまで出来るかと試しているうちに限られた食事の中でも肉つきは良くなった。


 今や人の寄りつかないいわく付きの山中にまで足を踏み入れて、獲物を追いかけているほどだ。今夜の狩りが上手くいければ、久しぶりに肉料理にありつける。

 想像するだけで唾液が増えるような気がして、思わず唇が緩むのも意識的に締め直して、姿勢を低く音もなく山道を進んでいく。


 ──見つけた……


 間もなく遠目に見えるのは身を寄せ合って眠る鹿の群れ。不適な笑みが漏れ出すのに気がつきながら、ゆっくりと矢をつがえる。

 狙うのは手前の雌鹿。角度的にも急所が狙いやすく、これで仕留められなければまた暫くは肉料理はなしだ。


 小さく唸りながら弓がしなり、矢先の標準を合わせていく。──その直前だった。


「──っ!?」


 突如として頭の中に声が響く。何を言っているのかはわからないが、反射的に身を低くした直後だ。


 ──何も起こらない。驚くほど何もなく、疑問符を浮かべて頭を上げれば鹿の群れは以前として眠りこけていて、もう一度弓をつがえた。

 しかしその直後、思わず息を飲む。夜の霧が薄れた向こう側、月明かりに照らし出されて現れた光景にシュクアは目を奪われる。


 ──なんだ、あれは……?


 巨大な影、おもわず顔を上げたシュクアの向こう側、ふと違和感を感じて鹿の群れを見遣る。つがえた弓矢の一つを先程の狙い通り、手前の一匹を射た。

 それは寸分違わず鹿の首を貫き……しかし、撃たれた本人を含めて全ての鹿は反応しない。例え急所を捉えられるようも、射られた鹿が暴れて他の鹿は逃げ出すはずだ。


 おかしいと思い、もう一匹の方へと矢を撃つ。今度と急所に命中するも、やはりと言うべきか反応がない。


 訝しみ、立ち上がってゆっくりと群れの中へと足を踏みれる。──そして気がつき、背中を悪寒が突き抜ける。


 ──皆、死んでいる……


 穏やかな、それこそ寝入るような姿で全ての鹿が死んでいた。跪き手前の一匹を確認するも、その身体は未だに温かかった。


「……死んで間もない……」


 こんなことがあり得るのかと、月明かりの下に現れた巨大な影を見上げる。そこに聳え立つのは、巨大な遺跡跡地だ。


 ゆっくりと森抜け、遺跡の前に立つ。武器は弓とナイフ……曰くつきの森の中に座する遺跡、何かあるかもしれないし何もないかもしれない。

 それでも鹿の群れが不自然な死に方をすれば、その原因を確かめたくもなるだろう。


「…………」


 固唾を飲み込んで、一歩遺跡の中へと足を踏みれた。神殿遺跡とも言えるような廃墟は思いの外広く、どこまでも続くんじゃないかと言う遺跡の中を徘徊する。


 ──どこまで続くんだ……


 一歩、また一歩前へと足を踏み出すことに脳裏に響く声が大きく聞こえていた。前世の頃、悪魔の声がずっと脳髄に響いていたシュクアにとってはどこか懐かしい感覚でもある。

 しかし今聞こえる声は明らかに悪魔のものとは違く、無機質だったアレとは違ってどこか縋るような寂しさを感じさせる。


「階段か……」


 間も無く遺跡を徘徊していたシュクアの前、地下へと続くような階段が現れる。別に珍しくもないのだろうと迷ったのも一瞬、すぐに木を取り直すと苔の生えた階段を降りていく。


 中は暗く入り組んでいるようにも思えたが、少し進めば内装は至ってシンプルな造りであることに気がつく。

 どうすれば奥に進めるのか思っているよりもわかりやすく、道に沿って神殿の最奥を目指す。


 間も無く辿り着いたのは最奥だと思われる部屋で、恐る恐る覗き込めば、その奥に神棚のような石台が見受けられた。

 ゆっくりと中へと足を踏みれ、神棚へと近づけばその上に白い何かが見えた。どこまでも無機質で、それでいながら見る者の恐怖を煽るような死の色。


 ──ただ、の石か……?


 楕円形の石は異様に白く、ただそれだけで他に特徴がない。眉を顰めて神棚の前に立ち、石を覗き込むように観察するも決して触れようとは思わない。


 しかしそれも長くは続かず、まずは弓で突っついてみるも反応はない。ゆっくりと手を伸ばし、一瞬触れる。熱くも冷たくもなく、他の刺激も感じられない。


 今度はゆっくりと両手を伸ばして楕円形の石を掴み上げてみた。意外なことに大きさの割にはそこまで重くなく、表面は滑らかな肌触りで、異様に磨き上げられた石の表面には静脈状にこれまた白い筋が走っている。


「持って、帰れるのか?」


 大きさ的にはいつも背負っている大きめのバッグを広げて中へと入るか試してみれば、幸いなことに丁度良い大きさですっぽりと収まった。


「持って帰っていいのか?」


 神殿の最奥に鎮座するように置かれた貴重な石を盗人よろしく持って帰っていいものなのだろうか。そう思考して、一度鞄に入れた石を取り出すともとあった神棚に戻す。

 別に持って帰る意味は感じられないが、頭の中に響いた声といい何か意味があるのではないかと思えて仕方いないのだ。


「……う〜ん……」


 何とも言えない気配が石から伝わり、このまま置いていくのは良くないようにも感じられた。シュクアがここで置いて行っても、遅かれ早かれ誰かが持っていく可能性もある。

 もし貴重なものなら後で戻せばいいのか。そう脳裏をよぎるが、よく考えればそうするのならシュクアが責任を持って石を保管しておかなくてはならないのだ。


 どう考えても捨て置くの最善の判断だと思い、踵を返すも……脳裏に響く声は大きくなるばかり。何かを訴えかけるような、あるいは彼を責め立てるような──前世の経験から、シュクアこう言った声は無視するべきではないと思った。

 前世に於いても悪魔の声には何度となく助けられていて、何の意味もなく人の頭に声を送るようなことはしないだろう。


「仕方ない」


 一つ息を吐き出すとシュクアは石を取り上げる。幸い罠があるわけでもなく、無事にきた道を戻ると鹿の一匹を担いで遺跡を跡にした。














 村について、先に向かったのは武具屋。こんな辺鄙な村でも時々現れる魔物に対抗する為に、こうして武装用品を取り扱う店があるのだが……彼が求めて来たのは武器が必要だからではない。


「よぉ、シュクア。随分と大物じゃないか」


 店の店主がシュクアの姿を見遣ると、豪快に笑って話しかけてくる。それを見て彼も苦笑すると手に持っていた荷物を床に置き、カウンターの前まで歩み寄る。


「これを見て欲しいんだ」


 そう言って取り出したのは愛用しているナイフだ。何度か研ぎ直したせいか若干刃が減っているものの、よく手入れされていることは見れば分かる。


「ふむ、大切に使ってくれいるな。ただ、もう研ぎ直しても厳しいぞ?」

「ああ、だから買い換えようと思って……」


 そういうシュクアに店主は軽く手を振って自由に見て行けと示す。


「お前さんも知っていると思うが、先日旅商人が来てな。幾つか置いて行ってくれたから、品物はそれなりにある」


 ゆっくり見ていくといい、と早朝の時間から寛大はもてなしを受けて軽く頭を下げると店の中を見て回る。──そんな中、一つ気になる物が目に止まった。


「……これは……」


 それは樽の中に無造作に刺さった剣。安物の刀剣と一緒にいられていたソレには酷く見覚えがあって、誘われるようにその剣を取り出す。


「それか? 何も東の国で作られた刀剣と聞いてな。珍しい上に値段も安かったから買い取ったはいいが、どうにも買い手のつかない困り物だ」


 店主へと一瞬目を向けるも、言葉を返すことはなくその刀剣を見下ろす。

 見覚えのある柄と鍔の姿形デザイン。見事な漆塗りの鞘は所々傷ついて剥がれているが、そんなことなどどうでもなるほどの衝撃を受けた。


「間違いない、刀だ」


 美しく弧を描く刀身。それを鞘から引き抜いて見れば刀身は美しく、錆はおろか傷一つしてない。

 完璧な状態の刀を目にして思わず目を奪われ、ゆっくりと刀身の全てを引き出すと上から下まで眺める。


 ──美しい……


 刀身は彼の知る物よりも長く太く、より実戦を想定したデザインを取られている。それでいながら無骨な刀身には美しい波紋がはっきりと見て取れて、なにより深く暗い鋼色からは、その刀がよく鍛えられていることがわかる。


「これ、いくらですか?」


 開店作業にあたっていた店主へとそう声を掛ければ、彼は珍しそうに刀を持つシュクアを見遣る。しかしその目には明らかな拒絶の色が見えて、苦い表情で首を振る。


「悪いことは言わねぇ。それはやめておけ」

「どうしてです?」


「何も魔剣の類いとかで、持ち主に厄災が降りかかるだとか。刀身を鞘に納めていれば大丈夫みたいだがな、一度血を吸うと……」

「…………なるほど」


 店主が言わんとしていることに気がつき一つ頷く。所謂妖刀と呼ばれる代物のようだが……とは言え、どうにも諦めきれない自分がいた。

 もしかすればそれが妖刀の呪いかも知れないが、今更構うことはない。前世の記憶にある代物と同じ物が手元にあるということに若干の興奮を覚えて、店主へと言い募る。


「それで、いくらです?」

「はぁ、忠告はしたぞ。それに、ソイツはそれなりに値も張る」


 正直言えばこんな買い手もつかない曲がった刀にど銅貨一枚で売れるかどうかだ。東の国で作られた珍しい代物だと聞いて魅入られるように購入してしまったが、後になって冷静に考えれば買い手のつかない置き物だ。

 無論、こうしてシュクアが買い取ってくれるというのなら嬉しい限りだが、それで彼の身に災いが振り返るのは気が引ける。心は痛むが値段を吹っかけてでも諦めさせるのが妥当だろう。


「銀貨十枚だ」

「そんなに……」


 流石に目を見開いて驚いた表情を見せるも、刀に戻した表情には徐々に納得の色が出始める。確かに刀身の美しさだけを見るのなら相応の値段は約束されているが、特殊な形状に加えていわく付きだ。

 流石に吹っかけ過ぎだと言われることも覚悟はしていたが、それでもシュクアはゆっくりと首を振ると刀を鞘に収める。


「取引しませんか?」

「というと?」


 何が何でも食い下がるつもりのシュクアを見て、店主もまた半ば諦めて彼の交渉に乗るようにいう。


「そこにある獲物と、交換できない?」

「ほう? また暫く肉料理は諦めると?」


 厳密にはもう一度山へ行ければ持ち切れなかった分が残っているが、それは敢えて言わないでおく。シュクアの提案に少し思案したのち、店主は深く首を縦に振った。


「いいだろう、持っていけ。ついでにこれも付けてやろう」


 そう言って渡して来たのはシュクアが愛用しているナイフと同じ代物。その好意に甘えてナイフを受け取ると、大きく頭を下げる。


「ありがとう」

「いい取引が出来た」


 肉をそのままに、シュクアは店を出るとその足で再び森の中へと戻っていく。そして間もなく爆心地に戻り、そこに散らばる無数の肉片を見て眉尻を下げる。


「……どうしようか……」


 先程は比較的損傷の少ない個体を持って帰ったのだが、周りを見渡して見ればどこれも酷い損傷だった。無論、基本的には大きさにも問題はなく、十分に食べられる。

 しかし明らかに弓で仕留めたような傷痕ではないということだ。これを持って帰ればいくらかの説明が必要とされることは免れない。


「いや……背に腹には変えられない」


 それでも肉が必要だ。致し方なしと大きめの個体を掴み上げるとそれを背負って再び帰路に立つ。

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