55話 第三軍参謀長デレク=ゲールマン
朝日が昇り空は明るく青空が広がっている。
だが、城砦都市北側の平地は一面が紫色のもやで覆われている。
そのもやの中を多数の骸骨が動き回り、帝国騎士の死体を並べ、鎧を外している。
死体の列の中を腐肉喰い丸スライムが跳ね回り、腐食ガスを撒き散らしている。
骸骨大砂百足は城砦都市の街壁上とこの死体の列を何度も往復している。
彼らの身体は殻に覆われているが、中身の肉は失ったので中空になっている。
この腹の中には襲撃時に噛み付いた騎士達の身体の一部が納まっている。
まずは、それを吐き出す。
次に街壁上に戻り、そこに倒れている騎士の死体を飲み込む。
満腹になったら下に降りてきて、腹の中の死体を吐き出す。
骸骨達はそれを並べる。
ほとんどの死体がばらばらになっているので、それらを組み合わせて1体分に並べる作業だ。
俺が回収した魂は大隊所属が4315人分、城砦都市防衛隊が585人分。
城砦都市防衛隊は1000人いるそうなので、まだ415人は砦の中にいる。
大隊所属も増援部隊のうち685人は石階段から城砦都市に逃げ込んだようだ。
すると城砦都市内には1100人程の騎士が残っているはずだ。
腐肉喰い丸スライムの食欲は旺盛だが4900人を処理するには数日掛かる。
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城砦都市の人々は恐怖に震えながら夜を過ごし、自分達の命が風前の灯である事を感じていた。
難攻不落であったはずの街壁は大砂百足の侵入を容易く許し、街壁上は大砂百足の縄張りとなった。
朝日に照らされ、街壁上を行き来する姿を人々は見た。
そして、それらが多くの騎士の身体を捕食している姿を見た。
「不思議だ。なんで百足の奴らは街中へは降りて来ないんだ?」
「ああ、街壁上に多くの餌があるから食事中なのさ。それを食べ終わったら、次は俺たちの番だ。」
そんな会話が早朝の街のいたる所で囁かれていた。
◇
【北方騎士団第三軍 参謀長デレク=ゲールマン】
昨夜の作戦指揮室は街壁最上部の1階層下に設けられた。
そこから眼下の戦場の様子を確認し、大砂百足の襲撃を受けて作戦指示をトレバー=ガーリン城砦都市防衛隊隊長に伝えていた。
だが、4人いた伝令兵は誰一人として戻ってこなかった。
作戦指揮室には軍団長と5人の参謀に4人の従者がいるのみとなった。
やがて、階上の戦闘音が途絶え、大砂百足の足音だけが聞こえるようになり、朝日が昇った。
誰も戻ってこなかった。
窓から見える外の様子は、紫色のもやの中に多くの帝国騎士が倒れ、多くの骸骨が動き回っていた。
「ええい、役立たずどもが!どうして作戦通りにできないのだ!」
私は冷静さを欠き右拳を机に叩きつけた。
夜間の戦闘は不利な事は分かっていたはずだ。
なぜ誰も城砦に戻ってこない。
それが分からない。
その結果が、全滅だ。
責任問題だ。
帝国五大公爵家の一つ、ゲールマン家は知略の家系だ。
帝国騎士団の参謀職には家系に連なる者が多くいる。
この第三軍はゲールマン家の軍だ。
軍団長も参謀長も代々ゲールマン家の者が就いている。
そして実働部隊にはゲールマン家直系傍系問わず実力のある者を就け、最高の作戦と最高の武力でもって輝かしい戦歴を築いてきたのだ。
それが、全滅だ。
「デレク。世話になったな。」
「軍団長。なにを・・・。」
2歳年上の第三軍軍団長ルーズ=ゲールマンは指揮卓の席についている。
その顔色は青白く、血の気が無かった。
昔から、そうだ。
上手くいかないと、すぐに怖気づく。
だが、今回は私にも分かる。
彼は従者にワインとグラスを用意させた。
そして、懐から錠剤を取り出すとワインで満たされた杯に、それを入れた。
「軍団長。」
「デレク。誰かが責任を取らねばならん。」
「しかし、まだ戦えます。昼間であれば奴らも弱体化します。出城や第二軍に救援要請をする事も出来ます。」
「それは任せる。」
そういうと、軍団長ルーズは杯をあおる。
自害用の毒薬は瞬時に心臓の鼓動を止め、彼は机に突っ伏した。
「なんと無責任な。」
「参謀長。いかがなさいますか?」
「今言った通りだ。出城と第二軍に救援要請を入れる。鉄騎部隊を呼び出せ。」
「はっ。」
参謀の一人が作戦指揮室を出て行った。
ルーズ元軍団長は従者達が棺に入れるための準備を始めた。
無責任、と言ったが仕方の無いことだ。
仮に救援部隊が骸骨を殲滅できたとしても、待っているのは帝都での糾弾だ。
死刑にはならないだろうが、残りの一生を屋敷の1室で過ごす事になるだろう。
それよりは、責任を取る形での自害の方が外聞は少しは良くなるだろう。
だが、骸骨はまだ眼下にいる。
我々の危機は去っていない。
生き残った我々は、まだ戦い続けなければならない。
私達も部屋を出て、第三軍司令本部の参謀室へと移動した。
◇
参謀室に辿り着くまでに生き残っていた防衛隊騎士から現状報告を受けた。
防衛隊の残りは約400人。東門、南東門、線路防壁の拠点防衛任務に就いていた者達だ。
そして、東門には第三大隊約700人が逃げ込んで来ているという。
鉄騎部隊の生き残りは6人。
約1000人。
攻撃を仕掛けるには、心許ない人数だ。
参謀部室で部下の4人の参謀と今後の確認をする。
「篭城か交戦か。」
私の問いに、彼らは顔を曇らせる。
「参謀長。文官からは撤退を求める意見が上がっております。」
「3万人だぞ。第二軍の城砦都市まで5日、いや、徒歩なら10日は掛かる。道中には魔物も魔獣も出現するんだ。」
「魔導列車を呼び戻せないか?」
「呼び戻せたとして、1度に運べるのは詰めても2000人だ。第二軍側も帝国領側の駅も3時間は掛かるから、2往復4000人しか1日に運べんぞ。」
「パニックになるな。」
「脱出は無理だ。篭城か交戦しかない。」
「交戦は現状では無理ですよ。たとえ太陽の下でも相手は4000体以上います。」
「篭城はどうだ?」
「食料の備蓄は30日分。これは開戦前に確認しています。」
「しかし、篭城は敵の侵入を防いでいなければ意味はありません。街壁は大砂百足に奪われ、奴等は出入り自由です。」
「いつ襲ってくるか。」
「今夜でしょうね。我々に残された時間は少ないですよ。」
ふぅ。
誰か、いや5人全員が深く、深刻なため息をつく。
私は、部下の顔を見渡した。
「やはり、現状は厳しい状況だな。では、最初の案で行く。出城に残る1000人には城砦都市への帰還命令を出せ。朝方に到着するように調整しろと厳命しろ。第二軍への救援要請は私が用意する。鉄騎部隊なら明日には届けるだろう。そして、第二軍の救援到着まで篭城する。」




