104話 トールットの決断
【 ル・ゴール帝国帝都 ディアン公爵邸 】
トールットが目覚めたのは朝であった。
灰色の空に薄く日が射し込んでいる。
自分はなぜ厩の前の地面で寝ていたのか?
そう自問して、すぐに答えを、記憶を思い出した。
馬を襲った黒い靄と幽鬼の騎兵隊。
その後に見た、館から出て行く亡者達の行進。
トールットが周囲を見れば、従者と御者の男が同じ様に倒れている。
亡者の姿は見えない。
二人の身体を揺すると、すぐに目を覚ました。
「トールット様」
「う、私は一体、なぜ?」
「大丈夫ですか?我々は昨夜、ゴーストの集団を目撃しました。その直後に倒れてしまったようです」
「そ、そうだ。馬が、得体の知れない黒いモノに襲われて・・・」
御者の男は立ち上がると厩の中へと入っていった。
「トールット様。お体の方は?」
「大丈夫です。それより、館の中へ行きましょう」
「大丈夫でしょうか?」
「それを確かめます」
二人が館の正面に行くと、玄関扉は閉じていた。
昨夜は簡単に開いたその大きな両開きの扉は、従者の男が開けようとしても固く閉ざされたまま、侵入者を拒んだ。
ドアノッカーを叩いても内部からの反応は無く、周辺の窓から館の中を覗いても、館の中は暗く、内部を見ることはできなかった。
その時、厩の方から男の悲鳴が聞こえてきた。
トールットと従者の男は顔を見合わせた。
閉ざされた扉の前で聞こえて来る男の悲鳴。
これは昨夜と同じ状況だ。
違うのは、その後の展開であった。
二人が厩に駆けて行くと、厩の出入口に御者の男が倒れていた。
彼の上には馬が一頭、覆い被さっている。
御者の男からは血が飛び散り、馬の鼻面は血で汚れ、動く口からは咀嚼音が聞こえてきた。
馬の顔の一部は肉が削げ落ち、骨が見えている。
「ト、トールット様」
「逃げます。急いで」
「はい。あっ、その馬車を使いましょう」
「駄目です。あの馬も死んでいます」
「えっ!?」
車庫の前には昨夜の祝賀パーティーからの帰りに乗った馬車と、それに繋がれたままの二頭の馬がいた。
その馬は身動きをしているが、輪留めされた馬車が動かないために馬体を繋いでいる革ベルトが馬体に食い込んでいる。
その部分の肉がめくれあがり、血が滴っていた。
トールットは館の正門へ向けて駆けながら考える。
我々が生きているのは幸運だった。
館の状況から見て、公爵様は昨夜の祝賀パーティーからお戻りになっていない。
つまり、王城で何かがあった。
何か、とはゴーストの襲撃だろう。
正門から通りに出て周囲を見回すが、人影は見えず、静かであった。
生きている人間はいるのか?
帝都に留まるか?
帝都を出てノールデア領に戻れるか?
寸時、考えを巡らすトールットに、従者の男が辺りを見つつ声を掛ける。
「トールット様、どちらへ?」
「王城は駄目ですね。帝都を離れましょう。馬を入手したいですが」
「では、北へ向かいつつ馬を探しましょう」
「そうしましょう」
その後二人は道を彷徨う多くの屍人を見かけた。
家の窓の中から不安気に外を見ている人々の顔も見えた。
生き延びている人もいるようだ。
幸運にも道を歩く鞍付き馬を見つけた二人は帝都を離れた。
帝都を数時間離れただけで、周囲の様子は平穏となった。
背後となった帝都を振り返り見れば、帝都中央、王城の上空には黒い雲があった。
時折雷光を放つその黒い雲は、徐々に厚みを増し、広がっていく。
二人は身に着けていた指輪や宝石を売り水と食料を得て、数日後には帝国直轄領領境まで辿り着いた。
そこで、上空を飛ぶ白く輝く飛竜の群れを目撃した。
あの白い飛竜は骸骨飛竜であり、マスターの配下だ。
あれらが向かった先は帝都だ。
なぜ帝都に?
トールットはそれで理解した。
それは、帝都に魔王が現れたのだ。
あの黒い雲が、その表れだろう。
ノールデア領へと続くこの道の先には、骸骨軍団がいるのだ。
そして、彼らはここ、帝都に来て魔王との決戦を行う。
トールットはそこで馬を止めた。
「トールット様?」
訝しむ従者の男に向けて、トールットは言った。
「帝都に戻ります」
戦いを間近で見ることは出来ないだろう。
だが、その決着は見届けたい。
魔王が残るか。
骸骨が残るか。
それを確認しないまま、帰る事はできない。




