103話 魔王、冥界から戻る
【 かつて魔王と呼ばれた男 】
冥界における探索行も終わった。
我が連れ出した魂達が坂道を昇ってゆく。
あとは我も現世へ戻ればよい。
だが。
坂道の下で我は立ち止まった。
我の魂の中、あの男の意識があの女の下へと行きたがっている。
あの男も我もかつては同じ一人の男であった。
あの男はあの女との再会を選び、失敗した。
我は復讐を選び、魔王となった。
前回は我の中に封じたが、今回は違う。
転生の際に混ざった一人の騎士の魂。
その騎士の意識はこちらでは覚醒しなかったが、その器にトーマスの無垢の魂が入り込んだ。
そして、あの男の意識がそこで育ったのだ。
多重人格とでもいうのか。
しかし、我の行動の邪魔をするのは問題だ。
封じるか、切り離すか。
◇
極寒の氷の世界。
ここに彼女がいる。
数多の氷柱に封じられた人々を確認しながら、奥へ、下層へ、闇の中へと進んでいく。
とうとう見つけた。
やっと君を見つけたよ。
僕の愛しい女性。
彼女も僕を見た。
氷柱の中で唯一動かせるのは目だけだ。
その瞳孔が大きく開いた。
驚いているね。
なぜ来たのか?
僕は前回、坂の途中で振り返り、数多の幽鬼に喰いつかれてしまった。
君との約束を守れなかった。
その所為で、僕の魂は穢れ、現世で魔王と呼ばれる存在を生み出してしまった。
そして、多くの者を殺し、多くの者と敵対し、多くの者に襲われ、殺された。
だけどね、魂が転生する時に他人の魂が紛れ込んだんだ。
そのお陰で、僕は自分を取り戻し、君に再び会いに来ることができた。
君の顔が見たかった、それだけなんだ。
僕が約束を守れなかったばかりに、君も奴らに見つかってしまった。
だから、君は今、ここに捕われているんだね。
今度は、間違わない。
君と現世に戻る必要なんてないんだ。
僕は君とここにいる。
ずっとだ。
◇
今だ!
我は全力で抗った。
あの男の意識がここに留まることを選択した事で、魂が氷柱に取り込まれ始めた。
あの男の意識はそれを受け入れている。
だが、我は違う。
我は、否定する。
我は、抵抗する。
我の意識はここに留まらない。
現世に戻るのだ。
一つの魂に二つの意識。
だが、この魂にはもう一つの魂が混ざり込んでいる。
それを、あの男にくれてやるのだ。
氷柱の壁に手を突き、取り込まれないようにしている我の意識がある。
氷柱の中に入り込む、あの男の意識がある。
あの男の意識が我と離れ、一人の男の姿を得た。
その後姿が徐々に氷柱の中へと潜り込む。
我が感じる氷柱へと取り込まれる力が、だんだんと弱まり、薄れてきた。
その力が完全になくなった。
氷柱の中にはあの男とあの女がいた。
成功だ。
だが、喜んでいる場合ではない。
このような場所で大きな動きをしてしまえば、いくら隠蔽の力があっても監視者の注意を引くだろう。
ここにはもう用はない。
◇
【 ル・ゴール帝国帝都 ディアン公爵邸 】
ピカッ、ゴロゴロゴロゴロ
一瞬の眩い光が窓から射し込み、上空から雷の音が轟く。
帝都の空は厚い雲に覆われ、ザァザァと雨が降っていた。
部屋の中は暗く、空気は冷たかった。
部屋中央の空間には黒い球状の穴があった。
そこから青白い幽体が這い出てきており、扉の先の廊下にも数多くの幽体がいた。
穴の側には青年の男の上半身が宙に浮かんでいた。
4本腕。
両足はない。
服も着ていないが、その肉体を青黒い魔力の塊が煙のように、靄のように纏わりついている。
床には3人の女性の身体が横たわっている。
その身体は、黒い穴から伸びた幾本もの骸骨の腕に捕われている。
彼女達の目は閉じていて意識もないようだ。
男の目が開き、紅い光が輝く。
同時に3人の女の目も開き、同じ様に紅い光が輝いた。
彼女達3人の身体が骸骨の腕に拠って床を離れ、宙に浮き上がる。
ガシャーン
大窓が内側から破壊され、外に破片が飛び散った。
雨を含んだ外気が室内に入り込んでくる。
魔王と3人の魔人の女達は冥界に通じる黒い穴と共に、壊れた大窓からバルコニーを通り過ぎ、雨の中へと出ていく。
そして、消えた。
彼らの姿は、王城の破壊された大正門前に現れた。
そして城内へと移動を始める。
その周辺には、多くの屍人が徘徊していた。




