EP 8
「デリバリー暴動と、捏造される忌引き」
夕焼けがポポロ村を赤く染める頃、空から二つの影がグラウンドに降り立った。
黒い四角い保温バッグを背負った竜人族のイグニスと、彼に抱えられていた全身ミスリルアーマーのフェイトだ。
「おい、無事だったか」
俺とニャングルが駆け寄ると、二人はどさりとバッグを地面に下ろした。
戦闘があったのか、イグニスの服は一部が引きちぎれ、フェイトの鎧には泥が跳ねている。だが、二人の顔にはどこかやり遂げたような謎の充実感が漂っていた。
「陸人……お前が持たせたあの弁当、一体なんなんだよ」
フェイトが息も絶え絶えに口を開く。
「ただの芋シチューと塩おむすびだ。前線で問題でも起きたか?」
「問題どころじゃねえ! 俺たちがルナミス帝国の駐屯地に降り立って、あのバッグを開けた瞬間だ。アツアツのシチューの匂いが風に乗った途端、塹壕にいた兵士たちの目の色が変わったんだよ!」
イグニスが身震いしながら後を引き継ぐ。
「『ゲロオムレツ以外の飯だぁぁっ!』『俺に売れ! 金貨でも払う!』って、何百人もの兵士がゾンビみたいに群がってきやがったんだ! 俺様の大火炎で威嚇しなかったら、危なくバッグごと食い殺されるところだったぜ!」
「……ゲロオムレツのヘイト、そこまで溜まってたのか」
恐るべし、帝国の第3型戦闘糧食。兵站の崩壊は軍隊の士気に直結するとは『失敗の本質』にも書かれていたが、まさか弁当一つで暴動寸前になるとは。
「ほんで、売上はどうなったんや?」
ニャングルがキセルを咥えたまま、ギラギラした目で保温バッグを開けた。
その瞬間、ジャラッ! と重たい金属音が響く。
バッグの中には、空になった弁当箱の代わりに、銀貨と銅貨がぎっしりと詰め込まれていた。
「ウヒョーッ!? なんやこれ! 釣りはいらんって、定価の三倍くらい払っとる奴もおるで! 初日で投資の回収が見えたわ!」
ニャングルが凄まじい速度で算盤を弾き始める。
俺はほっと息を吐き出した。ビジネスにおける一番の壁は『0を1にすること』だ。一度ニーズが証明されれば、あとはオペレーションを回すだけで利益は雪だるま式に増えていく。
『ピコン』
【クエスト D-016:初回配達を完遂し、利益を確保せよ】
【内容:弁当の全個完売と売上の回収】
【報酬:1,000P】
【クエスト達成】
【1,000Pを獲得しました】
【現在の所持P:1,610P】
よし、ポイントも順調に回復してきた。これでまた新しい機材が導入できる。
「よくやった、お前ら。約束通り、これが歩合給と特別ボーナスだ」
俺はニャングルから受け取った銀貨の束をイグニスに渡し、フェイトには『スクラッチくじ』を一枚手渡した。
「おおっ! これが本物の現金……! 日雇い仕事の何倍もあるじゃねえか!」
イグニスは銀貨を握りしめ、感動に打ち震えていた。
そしておもむろに魔導通信石を取り出し、自撮りモードを起動する。
「親父、お袋……。俺は今日、ルナミス軍の最高顧問として兵士たちに糧食を恵んでやったぜ。大盛況で、俺様のカリスマ性が証明された。……よし、送信っと」
「おい。背景に写ってる『豪華なフレンチレストラン』の画像、合成の縮尺がおかしいぞ。お前が巨人みたいになってる」
「うるせえ! 実家には俺様が都会でリッチなディナーを食ってるって思わせないといけないんだよ! いつか本物の純金像を建てるまでの辛抱だ!」
虚栄心で首を絞めるタイプだ。そのうち実家から様子を見に来られて破滅する未来が見えるが、今はモチベーションが高いから放っておこう。
「よし、俺もいっちょ運命を削り出すぜ」
一方のフェイトは、銅貨を使ってスクラッチくじの銀色の部分をゴリゴリと削り始めていた。
その顔は、ギャンブル特有のヒリヒリとした快感に歪んでいる。
「こいっ……! コインの神よ、ここでスリーセブンを——!」
削り終わったくじには、無情にも『ハズレ』の文字が並んでいた。
フェイトの動きが、ピタリと止まる。
そして、ミスリルアーマーがガシャァン! と音を立てて崩れ落ちた。
「……あ。すまん、相棒」
「なんだ」
「コインの神に見放されたショックで、急激に胃腸炎が悪化してきた。それに、よく考えたら明日は、俺が昔通ってた定食屋の店長の、親戚の家の隣で飼ってたインコの四十九日だった。明日のシフト、忌引きで休むわ」
「インコで忌引きを捏造するな」
俺は倒れたフェイトの胸ぐらを掴んだ。
「明日からは獣人王国の陣地にもルートを広げるんだぞ。お前の護衛がなきゃ、イグニスが空から撃ち落とされるかもしれないだろ」
「無理だ……俺のバイタルは今、スライム以下に落ちている……」
「仮病のクセに設定だけは細かいな……!」
とはいえ、本当に動かなくなるのがフェイトの厄介なところだ。
明日からはマンミアの自警団本隊から数人、護衛を借りるよう交渉しなければならない。
「まあええやんけ。売上はバッチリや。おばちゃんらには明日から仕込みの倍増を頼んでおくで」
ニャングルが上機嫌でキセルを叩く。
こうして、ポポロ村の新規事業はドタバタの中にも確かな成功を収めた。
俺がポポロ・コーポの自室に帰ったのは、すっかり夜も更けた頃だった。
シャワーを浴びて、微糖の缶コーヒーをプシュッと開ける。
部屋には誰もいない。
リーザは昼間、自警団の戦闘服の修繕を終わらせて自分の部屋(というかキャルルの公邸)に帰っていったはずだ。
窓を開けると、ポポロ村の静かな夜風が吹き込んできた。
村のGDPがわずかに上がり、俺の『発注上限』も少しだけ拡大しているのを確認する。
少しずつだが、前に進んでいる。
「……ん?」
ふと、窓の下の広場に動く影が見えた。
小豆色の芋ジャージ。手にはスーパーのみかん箱。
リーザだった。
彼女は誰もいない星空の下の広場にみかん箱を置き、その上にちょこんと立った。
夜逃げか? いや、違う。
彼女は月明かりの下で、小さく息を吸い込んだ。
「——私が運命。私が物語。だから貴方達の全てをちょうだい、ラブ&マネー!」
誰もいない広場で、たった一人。
彼女の『アイドルとしての夢』が、静かに夜の闇に響き渡ろうとしていた。
読んでいただきありがとうございます。
面白いと思っていただけましたら、★評価やブックマークで応援していただけると励みになります。




