EP 7
「問題児の面接と、魔導保温バッグ(四角いアレ)」
ポポロ村の自警団駐屯地は、村の規模に合わない重火器と物資が並ぶ物々しい施設だった。
その奥のグラウンドで、一人の女性が頭を抱えていた。
美しい顔立ちに、下半身は強靭な馬の肉体。自警団リーダーのケンタウロス族、マンミアだ。
「……お願いです。あいつらを連れて行ってくれるなら、喜んで差し出します。あの馬鹿どものせいで、私は婚活パーティに行く暇さえないんです! 今年で二十五歳なんですよ!?」
マンミアが涙目で訴えかけてくる。この世界の二十五歳独身は、相当なプレッシャーらしい。
「落ち着け、マンミア。その問題児二人の適性を見に来た。まずは一人目だ」
俺が視線を向けると、グラウンドの隅で、身の丈を超える巨大な両手斧を背負った竜人族の男が、虚空に向かってポーズを決めていた。
魔導通信石のカメラ機能で自撮りをしているらしい。
「親父、お袋! 見てるか? 俺の別荘の城が完成したぜ! あとは俺の純金の像が建つだけだ!」
「おい、イグニス」
俺が声をかけると、竜人族の男——イグニスはビクッと肩を揺らした。
「な、なんだ人間! 俺様は今、実家に送る合成写真の作成で忙しいんだ! 今月も手取りが十四万円しかなくて、見栄を張らないと死にそうなんだよ!」
「自分で合成写真って言っちゃってるぞ」
俺は静かにツッコミを入れ、イグニスの前に立った。
「お前、空を飛べるし、体力も馬鹿みたいにあるそうだな」
「当たり前だ! 俺様は竜人族の次期族長——」
「じゃあ、デリバリーをやれ」
「……は?」
「前線の兵士たちに弁当を届ける仕事だ。時給じゃなく、完全歩合制のコミッションを払う。件数をこなせば、合成写真じゃなく本物の金貨を実家に送れるぞ」
イグニスはポカンと口を開け、やがて両手斧を地面に叩きつけた。
「ふざけるな! 俺様は戦士だぞ!? 弁当の配達なんて——」
「歩合の他に、破損弁済費の天引きもなしだ。稼いだ分は全部お前のものになる」
「やります!! デリバリー・ドラゴンと呼んでくれ!!」
プライドより手取り。労働者の真理だ。
「よし、配達員は確保した。次だ」
俺が振り向くと、今度は全身にピカピカのミスリルアーマーを着込んだ男が、日陰で真鍮のコインを指で弾いていた。
A級冒険者にして自警団の嘱託員、フェイトだ。
「おい、フェイト」
「……ん? 悪いな、新入り。コインの神が『休め』と囁いてるんだ。親友の従兄弟の隣の部屋に住んでるおばさんの友達の飼い犬が亡くなったんで、俺はこれから葬式に——」
「遠すぎるだろ。もう他人だぞそれ」
俺はため息をついた。
「お前には、イグニスの護衛を頼みたい。戦場を突っ切って配達するからな。護衛がいなきゃ弁当が奪われる」
「断る。俺はコイントスで表が出た時しか働かねぇ」
「そうか」
俺は空中のウィンドウを開いた。手持ちのポイントで、ある概念を発注する。
『スクラッチ式・ハズレなし運試しクジ(地球産):10P』
手の中に現れた銀色のスクラッチカードを、フェイトの目の前でヒラヒラと揺らす。
「給料とは別に、配達一回につきこれを一枚やろう。銀色の部分をコインで削ると、運が良ければ大金が当たる『クジ』だ。ギャンブル好きのお前なら、このヒリヒリ感がわかるだろ?」
「なっ……! まさか、運命を自分で削り出すっていうのか!? そんな神の遊戯みたいな代物が——」
「やるか、やらないか」
「乗った! その仕事、俺の剣に任せな!」
チョロすぎる。重度のギャンブル中毒者は、見慣れないクジというだけで簡単に釣れた。
『ピコン』
【クエスト E-015:事業の人材を確保せよ】
【内容:配達員と護衛を雇用する】
【報酬:300P】
【クエスト達成】
【300Pを獲得しました】
【現在の所持P:2,610P】
「ニャングル、これで駒は揃ったな」
「ホンマ、あんたの交渉術は悪魔みたいやで。ほな、調理場の方はどうすんねん」
「今から手配する」
俺たちは村の集会所へ移動した。
そこには、ニャングルが集めてくれたポポロ村の主婦たちが待機していた。
俺は所持ポイント2,610Pを確認し、カタログを開く。
『業務用大型寸胴鍋(100リットル):1,000P』
『デリバリー用 保冷・保温リュック(黒・四角型)×2:1,000P』
発注ボタンを押す。
集会所の床に、巨大なステンレス製の寸胴鍋と、地球でお馴染みの『四角い配達用リュック』がドサリと現れた。残高は一気に610Pまで減った。
「な、なんやこの鍋!? 鉄がピカピカ光っとるで!」
「おばちゃんたち、これを使って『太陽芋』と『サンライス』で大量の弁当を作ってくれ。メニューは、ボリューム満点の芋シチューと塩おむすびだ。前線で冷たい飯を食ってる兵士たちには、これが一番効く」
「任しとき! 村の芋なら腐るほどあるからな!」
おばちゃんたちの包丁が小気味良い音を立て始める。
一時間後。
完成したアツアツの弁当を詰め込んだ四角いリュックを、イグニスとフェイトの背中に背負わせた。
ミスリルアーマーと竜人族の背中に、黒い四角いリュック。最高にミスマッチだが、背に腹は代えられない。
「いいか。まずはルナミス帝国の駐屯地へ向かえ。あそこの兵士たちは『ゲロオムレツ』で胃袋が限界のはずだ。この匂いを嗅がせれば、金貨を積んででも買う」
「任せておけ! 俺様は風になるぜ!」
「表が出たら、俺の剣で切り開いてやるよ!」
イグニスが竜の翼を広げ、フェイトを抱き抱えて空へ飛び立った。
デリバリー部隊の出陣だ。
「……とりあえず、事業は走り出したな」
「あぁ。あとは売上がどうなるかやな」
ニャングルが算盤を弾きながらキセルを吹かした。
事業計画は完璧だ。前線のリサーチも済んでいる。
だが、この世界の『顧客』の異常さを、俺はまだ完全に理解しきれていなかった。
その日の夕方。
イグニスとフェイトが、予想だにしない『クレーム』と『現金の山』を抱えて帰還することになるのを、俺はまだ知らなかった。
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