EP 6
「猫耳の金融屋と、丸裸の事業計画」
翌朝、俺はポポロ・コーポを出る前にリビングを覗き込んだ。
「ダダダダダダダダダダッ!」
そこには、昨夜から一睡もせずにミシンを踏み続けるリーザの姿があった。
自警団の破れた戦闘服が、魔法のような手際で次々と修繕され、綺麗に畳まれていく。彼女の瞳は血走っているが、その顔には『金』という強烈なモチベーションが浮かんでいた。
「リーザ、休憩は取れよ」
「止まりませんの! ミシンの針が落ちるたびに、チャリンチャリンと銅貨が積み上がる幻聴が聞こえますの! 私は今、資本主義の歯車と完全に同化しましたのぉぉ!」
「……そうか。火の元には気をつけろ」
働きすぎた社畜の末期症状だ。前世で何度か見たことがある。
だが、納期を守る外注先としては百点満点だ。俺は安心してアパートを出た。
向かったのは、村の中心部にあるド派手な金装飾の建物——『ゴルドスマイル銀行 ポポロ村支店』だ。
分厚いガラス戸を押し開けると、奥の豪奢なデスクに、キセルを吹かしている男が座っていた。
ピンと立った猫の耳。派手な原色のスーツ。手元には使い込まれた算盤。
ポポロ村の財務担当であり、ゴルド商会のゴールドランク商人、ニャングルだ。
「……なんや、見ん顔やな。融資の相談か? ワイは忙しいんや、金利トイチの覚悟がないなら帰って——」
「新規事業の提案と、初期投資の融資要請に来た。黒木陸人だ」
俺は挨拶もそこそこに、昨夜徹夜で書き上げた事業計画書をデスクに置いた。
ニャングルは怪訝な顔でキセルを咥え直し、書類をパラパラと捲る。
「……ほう。『三国国境警備兵向け・温熱弁当宅配サービス』やて?」
「ああ。ポポロ村はルナミス帝国、レオンハート獣人王国、アバロン魔皇国、そしてセレスティアの駐留部隊が交差する緩衝地帯だ。各国の兵士たちは、最前線で劣悪な戦闘糧食を食わされている」
キャルルの机にあった報告書で調べはついている。
ルナミス帝国の兵士は『ゲロオムレツ』と呼ばれるスライム凝固剤の塊で吐き気を催し、天使族は『緑の絶望』と呼ばれる致死量の苦みを持つ青汁ですすり泣いている。
まともな飯を食っているのは、魔法弁当箱を持つ魔族くらいだ。
「そこに、村の特産品である『太陽芋』や『サンライス』を使った安くて温かい手作り弁当をデリバリーする。市場の独占は確実だ。村の農作物の消費にも繋がり、外貨も稼げる」
「……」
ニャングルの猫耳がピクッと動いた。
算盤を弾く指が止まる。計画の実現性と、そこから生まれる莫大な利益の匂いを嗅ぎ取った顔だ。
だが、商人は甘くない。ニャングルは計画書を机に放り投げた。
「計画はええ。儲かる匂いがプンプンしよる。せやけどな……あんた誰やねん」
「ただの資材調達係だ」
「アホちゃうか。どこの馬の骨とも分からん余所者に、事業資金の金貨百枚をポンと貸すアホはおらん。あんた、信用ゼロやで。担保はあるんか?」
「担保なら、ここにある」
俺は空中のウィンドウを開いた。
ニャングルには俺のシステム画面は見えないはずだが、俺はウィンドウの『発注カタログ』から、あるものを選択した。
『最高級葉巻(キューバ産相当):50P』
俺の残高は360P。発注ボタンを押す。
ポンッ、という音と共に、俺の手のひらに一本の立派な葉巻が現れた。
俺はそれをニャングルのデスクに転がした。
「……なんやこれ」
「ポポロシガー以上の香りと燃焼効率を持つ、異世界の嗜好品だ。俺は、独自の調達ルートを持っている。あらゆる日用品、機材、最終的には魔導兵器すら仕入れることができる」
ニャングルは葉巻を手に取り、匂いを嗅いだ。
猫耳族の鋭い嗅覚が、その品質の異常さを即座に察知したらしい。彼の瞳孔がスッと細くなった。
「俺の担保は、この『調達能力』そのものだ」
「……は?」
「もし俺が事業に失敗し、融資を焦げ付かせた場合。俺が持つ調達ルートの全権と、今後の俺の労働力のすべてを、ゴルド商会に譲渡する。死ぬまであんたの商会専属の仕入れ奴隷になってやるってことだ」
俺の言葉に、ニャングルはキセルをポトリと落とした。
そして、信じられないものを見るような目で俺を睨みつけた。
「……あんた、正気か? 失敗したら丸裸やで? 奴隷落ちやぞ」
「知ってます。でも、やるって言ったんで」
俺の声は、自分でも驚くほど静かだった。
前世なら、こんなハイリスクな契約書にハンコを押すなんてあり得なかった。
だが、昨日見たのだ。
村の赤字を埋めるために血を吐きながら働く、あのウサギ耳の村長を。みかん箱を抱えて涙を流しながら肉まんを食う少女を。
俺は資材調達部だ。目の前でサプライチェーンが崩壊しかけているのを、見過ごすことはできない。
それに、理不尽な納期と責任を背負わされるのなんて、社畜時代に嫌というほど経験してきた。
「失敗はしない。俺は、仕事は完遂する主義だ」
真っ直ぐに見据える俺の目を見て、ニャングルの尻尾がパタパタと大きく揺れた。
彼は深くため息をつき、落ちたキセルを拾い上げて再び火を点けた。
「……あー、もう。ホンマにアホやな。狂っとるわ」
「断るか?」
「誰が断る言うた。ワイはな、喧嘩はアホがするもんやと思っとる。せやけどな……」
ニャングルは算盤をガシャンと弾き、ニヤリと笑った。
「打算のないアホな覚悟を見せられると、そいつの狂った算盤を合わせたなんねん。それがワイの悪い癖や」
ニャングルは引き出しから分厚い羊皮紙を取り出し、万年筆でサラサラとサインを書き込んだ。
「初期投資の金貨百枚、融資したるわ。調理場の手配と材料の仕入れルートも、ゴルド商会がバックアップしたる」
「助かる」
「せやけど、肝心なもんが抜いとるで。弁当を作る料理人と、命がけで戦場の最前線に配達に行くデリバリースタッフや。そんな命知らず、どないして集める気や?」
俺は立ち上がり、スーツのシワを伸ばした。
「心当たりはある。ポポロ村の自警団に、持て余してる問題児がいるらしいな」
『ピコン』
【クエスト C-012:新規事業の立ち上げ資金を調達せよ】
【内容:ゴルド商会から事業資金を引き出す】
【報酬:2,000P】
【クエスト達成】
【2,000Pを獲得しました】
【現在の所持P:2,310P】
脳内で心地よい電子音が鳴る。
資金は確保した。リソースの上限も増えた。
次は、人材の確保だ。
「行くぞニャングル。面接の時間だ」
「ホンマ、人使いの荒い社畜やで……!」
呆れながらもついてくる猫耳の金融屋を連れ、俺は自警団の駐屯地へと歩き出した。
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