EP 5
「アイドルの不法侵入と、適材適所の内職」
「……お前、なんでここにいる」
「ひゃうっ!?」
俺の低く静かな声に、芋ジャージ姿のリーザがビクッと肩を揺らした。
ポポロ・コーポA棟301号室。俺に割り当てられた真新しい1LDKの風呂場である。俺はまだ、この部屋の鍵を開けて五分も経っていない。
にもかかわらず、そこにはなぜか先客がいた。
リーザは浴槽の中に立派な丸太を何本も並べ、そこに菌糸のようなものをペタペタと植え付けている真っ最中だった。
「り、陸人様……! お、おかえりなさいませですの! あの、これはその、違うんですの! 決して不法侵入とかではなくてですね……!」
「俺はまだ一言も不法侵入とは言っていない。で、それはなんだ」
「『肉椎茸』ですの! 湿気の多いお風呂場で栽培すれば、肉厚でステーキみたいなキノコが無限に食べられると聞きまして……!」
「俺の風呂で勝手に農園を開拓するな。というか、ここ、男子寮のはずだが」
「アイドルに性別なんて関係ありませんの! 全人類に愛と笑顔を届けるのが私の仕事ですから!」
「言い訳のスケールがでかすぎる。……それより、どうやって入った?」
俺は手に持っていた真新しいディンプルキーをチャラチャラと鳴らした。
村長公邸でキャルルから受け取ったばかりの鍵だ。合鍵の存在など聞いていない。
リーザは視線を泳がせた後、おずおずとジャージのポケットから、いびつな形をした金属片を取り出した。
「……村長のお家で、陸人様が鍵を受け取った瞬間に、隙を見て石鹸に押し当てて型を取りましたの。それで、落ちていた針金と木片を削って、こう、カチャカチャッと……」
「お前はどこかの国のスパイか」
ただの地下アイドル(自称)のくせに、ピッキングと鍵の複製技術が高すぎる。デパートのトイレの石鹸で型取りしたとでも言うのか。
俺はネクタイを緩め、風呂場の扉に寄りかかった。
普通ならここで激怒して追い出す場面だろう。だが、俺の前世は資材調達部だ。リソースは有効活用してこそ意味がある。
「リーザ。お前、手先は器用なんだな」
「へ? あ、はい。みかん箱の補修とか、拾った五円玉をピカピカに磨き上げるのとかは得意ですの」
「なら、その器用さを金に換える気はないか?」
「——金!?」
リーザの瞳が、文字通り¥マークに切り替わった。
みかん箱を踏み台にして飛び出してきた彼女は、俺の足元にスライディング土下座をキメた。
「やりますの! なんですの!? 肩揉みですか!? それとも余ったお湯を特製人魚出汁として販売するビジネスですか!?」
「風呂の湯を売るな。もっと真っ当な労働だ」
俺は空中のウィンドウを開いた。
現在の所持ポイントは760P。
カタログの検索窓に条件を打ち込み、目当ての品を探し出す。
『プロ用裁縫セット(多機能ミシン・糸各種・リッパー付き):300P』
『精密工具セット:150P』
ポチッ、と発注ボタンを押す。
ポンッという気の抜けた音と共に、足元のフローリングに頑丈なプラスチックケースが二つ現れた。
俺の残高は310Pに減った。
「な、なんですかこれ……? 箱の中に、見たこともない機械や道具がたくさん入ってますの」
「こっちはミシンと裁縫道具。こっちは工具だ。使い方は教える」
俺はリーザを立たせ、ケースを開けて見せた。
「村の自警団が着ている魔導防弾チョッキや戦闘服の修繕。それから、廃棄された魔導ライフルの部品の仕分けと清掃。キャルルの机に積まれていた未処理の雑務の中に、外部委託できそうな細かい軽作業が山ほどあった」
「えっ……でも、そういうのは専門の職人さんが……」
「職人に頼むと高いから、村長が自分でやろうとして放置されてるんだ。お前のその手先の器用さと集中力があれば、十分にこなせるはずだ」
俺はリーザの肩にポンと手を置いた。
「肉椎茸を育てるより、手堅く日銭が稼げるぞ。どうだ、やってみるか?」
「——やりますの!!」
即答だった。
リーザはアイドルとしてのプライドをかなぐり捨て(いや、元からないのかもしれないが)、裁縫セットと工具箱を抱きしめた。
「やりますの! 稼ぎますの! 稼いでお肉を食べますの! もやしとパンの耳の生活から抜け出してみせますの!」
「よし、商談成立だ」
『ピコン』
【クエスト E-010:居候に適切な業務を割り振れ】
【内容:リーザのリソースを活用し、村の軽作業をアウトソーシングする】
【報酬:50P】
【クエスト達成】
【50Pを獲得しました】
【現在の所持P:360P】
適材適所。組織を円滑に回すための基本だ。
リーザは早速リビングのテーブルに陣取り、俺が教えたミシンの使い方をあっという間にマスターして、自警団の破れた戦闘服をダダダダッと縫い始めた。
恐ろしいほどの集中力だ。金に対する執着が彼女のスペックを限界突破させている。
「……さて。これで風呂が使えるな」
俺は肉椎茸の原木を隅に退け、ようやく熱いシャワーを浴びることができた。
異世界の水流はドワーフ製の魔導ポンプのおかげか、水圧が強くて悪くない。
風呂から上がり、冷蔵庫に入っていた水を飲みながら、俺は村長公邸で見た財務諸表を思い出していた。
ポポロ村の財政は破綻寸前だ。
俺の『クエスト』で発注できる上限額は、この村の経済規模に連動する。つまり、村が豊かにならなければ、俺は一生カップ麺と応急手当キットしか取り寄せられない。
早急に、村に外貨を獲得する新規事業を立ち上げる必要がある。
「陸人様ぁ! 戦闘服三着、縫い終わりましたの! 次の仕事をお願いしますの!」
「早いな。じゃあ次は、その工具で壊れた魔導通信石の分解とパーツ分けだ」
「アイアイサーですの!」
嬉々として精密ドライバーを握るリーザを見下ろしながら、俺は次の手札をどう切るか思考を巡らせた。
新規事業には、元手となる資金と、数字を管理できる人間が不可欠だ。
キャルルは立派な村長だが、現場の人間であって経理のプロではない。
「明日は、村の財務担当に会いに行く」
「財務担当、ですか? それなら、ゴルド商会のニャングルさんですの」
ドライバーを回す手を止めずに、リーザが答える。
ニャングル。謁見の間でのフラッシュフォワードで、算盤を弾きながら怒鳴っていた猫耳族の男か。
一筋縄ではいかなそうな相手だ。
「ああ。俺の事業計画に、ハンコを捺させる」
俺は静かに呟き、ポポロシガーに火を点けた。
社畜の異世界内政が、いよいよ本格的に動き出そうとしていた。
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