EP 4
「嘘発見器のウサギと、赤字まみれの財務諸表」
ポポロ村に到着した俺は、目の前の光景に微糖の缶コーヒーを吹き出しそうになった。
「……なぁ、リーザ。あそこに見える赤と青の看板はなんだ?」
「『タローソン』ですの! 24時間やってる便利なお店ですの。廃棄弁当の時間には野良犬との熾烈なバトルが繰り広げられますの」
「じゃあ、向こうのやたら見覚えのあるファミレスは?」
「『ルナキン』ですの! ドリンクバーで12時間粘れる最高の女子会スポットですの!」
剣と魔法のファンタジー世界だと思っていたが、どうやらこの大陸には、俺より先に地球の知識を持ち込んだ転生者がいたらしい。
木造の素朴な家々の間に、見慣れた近代資本のインフラが違和感バリバリで混在している。
村の中心にある立派な一軒家——5LDKの村長公邸——に案内された俺は、応接室でこの村のトップと対面していた。
「リーザちゃんを助けてくれたことには感謝します。ですが……」
村長のキャルル・ムーンハートは、警戒心を露わにして俺を睨みつけていた。
頭にはピンと立ったウサギの耳。動きやすいラフな服装に、足元はなぜかゴツい安全靴。見た目は二十歳そこそこの可憐な少女だが、机の上に置かれた鋼鉄製のダブルトンファーが、彼女がただの村娘ではないことを物語っている。
「帝国軍の密偵ですか? それとも魔皇国の工作員?」
「どちらでもない。しがない一介の資材調達係だ」
「嘘ですね。私は月兎族です。あなた方の何倍も聴覚が鋭い。心音の微細な乱れから、嘘を百パーセント見抜くことができます」
キャルルはウサギ耳をピクッと動かし、俺の胸元に意識を集中させた。
リーザが「陸人様は悪い人じゃないですの!」と擁護するが、キャルルは鋭い視線を崩さない。
「さあ、本当の所属を——って、え?」
「どうした」
「……心音が、まったく乱れていません。緊張すらしていない……? 尋問されているんですよ?」
「コンプライアンス委員会のヒアリングに比べれば、可愛いものだ」
前世で、下請けの偽装を被らされそうになった時の役員面談の方がよっぽど心臓に悪かった。
俺はネクタイを少し緩め、キャルルの机の上に山積みになっている書類の束を指差した。
「それよりも、村長。さっきから気になっていたんだが」
「な、なんですか」
「その一番上の帳簿。赤字が裏抜けして机に写ってるぞ。もしかして、手書きで台帳管理してるのか?」
「うっ……! そ、それは……」
図星を突かれたのか、キャルルのウサギ耳がパタンと垂れ下がった。
俺はため息をついた。
「俺はこの村に定住したいと思っている。だが、財政破綻寸前の自治体に身を置くのはリスクが高い。——村の財務諸表を見せてくれ」
「なっ!? 初対面の余所者に、村の最高機密を見せるわけが——!」
「最高機密という割には、窓を開けっぱなしの机の上に無造作に積んである。ずさんな情報管理だ。それに、あんたの目元には酷いクマができてる」
俺はキャルルの目を真っ直ぐに見据えた。
「俺は資材調達のプロだ。帳簿を見れば、無駄なコストを削る手伝いができるかもしれない」
キャルルはしばらく俺の目を見つめ返し——やがて、観念したように分厚いファイルを取り出した。
「……前村長のロップが、村の公金と治安対策費を全部持ち逃げしたんです。隣町のゲートボール大会で知り合った魔族の貴婦人と駆け落ちしました」
「なんだその三面記事みたいな横領事件は」
「おかげで村は火の車です。私が村長手当と特許料で年収一千五百万円ほど貰っていますが……」
「ほう、高給取りじゃないか」
「全額、村の赤字補填と自警団の弾薬代、それに無償の治療薬代に消えています。手元に残るのは、ルナキンのパフェ代くらいで……」
ファイルを開いた俺は、絶句した。
収入の部がスカスカな上に、支出の部がデタラメだ。おまけにトップの私財でインフラを回している。
典型的な、トップの自己犠牲だけで保っている限界ブラック組織だ。
「……あんた、自分が血を吐きながら村を回してるな」
「っ……! 私は、みんなの居場所を守りたいだけです!」
キャルルが悲痛な声で叫ぶ。
『ピコン』
【クエスト D-003:ポポロ村の財務状況を把握せよ】
【内容:村の財務諸表を確認し、赤字の原因を特定する】
【報酬:500P】
【クエスト達成】
【500Pを獲得しました】
【現在の所持P:760P】
半透明のウィンドウが弾け、ポイントが加算された。
俺はファイルをパタンと閉じ、キャルルに向かって頭を下げた。
「わかった。すぐには無理だが、調達ルートの最適化とコスト削減は俺が引き受けよう」
「え……?」
「その代わり、この村での定住許可と、身分保証を頼む。悪い取引じゃないはずだ」
キャルルはきょとんとした後、ふっと憑き物が落ちたような柔らかい笑みを浮かべた。
「……本当に、変な人。でも、心音に嘘はありませんね。わかりました、黒木陸人さん。ポポロ村へようこそ」
キャルルは引き出しから鍵を取り出し、俺に手渡した。
「単身者用アパート『ポポロ・コーポ』の男子寮、A棟の301号室です。家賃は光熱費込みで月額三万円(銀貨三十枚)。ツケで構いませんよ」
「助かる。すぐにでも引っ越し作業に入ろう」
ようやく異世界での拠点が確保できた。
長い一日だった。まずは泥のように眠り、熱いシャワーを浴びたい。
俺はキャルルに礼を言い、リーザと共に村長公邸を後にした。
「陸人様! 私もポポロ・コーポに遊びに行ってもいいですの!?」
「駄目だ。男子寮だぞ」
「ちぇーっ。ケチですの」
リーザを適当にあしらい、俺は案内された木造三階建ての古びたアパート『ポポロ・コーポ』の301号室の扉を開けた。
中はこざっぱりとした1LDK。家具は備え付けだ。
ネクタイを外し、ジャケットを脱ぎ捨てる。
まずはシャワーで汗を流そう。そう思い、俺は無防備に脱衣所の扉を開け——そして、固まった。
「ふふふーん♪」
そこには、俺の部屋の風呂場を勝手に占拠し、並べた原木に『肉厚の椎茸』をせっせと植え付けている芋ジャージの少女——リーザの姿があった。
「……お前、なんでここにいる」
「ひゃうっ!?」
読んでいただきありがとうございます。
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