EP 3
「肉まん一個の忠誠心と、音無き撤退戦」
「……状況を整理しよう」
丘の上から、俺は眼下の街道で起きている惨状を冷静に見下ろした。
薄汚れた革鎧を着た野盗が三人。手には刃こぼれした剣や粗末な槍を持っている。
対して、襲われている少女は一人。小豆色の芋ジャージに健康サンダルという、どこのドンキホーテから抜け出してきたのかという格好だ。ジャージの裾からは魚のヒレのようなものが覗いており、彼女が人間ではないことを示している。
少女は必死に、スーパーにあるようなダンボールの『みかん箱』を抱きしめていた。
「お願いですの! このみかん箱だけは、これだけは返してくださいのぉぉぉ!」
「うるせえ! こんな大事そうに抱えてるんだ、中に金貨でも隠してんだろ!」
「離せコラ! 魚の分際で抵抗すんじゃねえ!」
野盗の一人が少女を蹴り倒し、みかん箱を奪い取ろうとしている。
丸腰の俺が、剣を持った暴漢三人に正面から突っ込んで勝てるわけがない。営業スマイルで「どうかお引き取り願えませんか」と名刺を差し出して解決するなら、この世から戦争はなくなっている。
『ピコン』
【クエスト E-003:敵戦力の把握】
【内容:野盗の人数と武装、地形の優位性を確認する】
【報酬:20P】
「……なるほど。現場調査にも経費は出るらしいな」
『ピコン』
【クエスト達成】
【20Pを獲得しました】
【現在の所持P:30P】
これで手持ちは30P。
俺はすぐさま空中のウィンドウを開き、『発注カタログ』の検索窓に条件を打ち込んだ。
正面から殴り合う必要はない。ビジネスでもそうだ。競合と血みどろの価格競争をするより、相手が勝手に市場から撤退する状況を作った方がはるかにコストが安い。
俺が探しているのは、武器ではない。ハッタリの道具だ。
「あった。これだ」
『工事用発煙筒:15P』
『大音量防犯ブザー:15P』
迷わず二つを発注する。
ポンッ、という軽い音と共に、俺の手の中に赤い筒と、黄色いプラスチックの小物が現れた。全財産は再びゼロになった。
俺は丘の斜面に身を隠しながら、防犯ブザーのピンに指をかける。
「さて。未知の脅威に対する人間の反応テストといこうか」
ピンを、引き抜く。
——ビロロロロロロロロロッ!!!
静かな草原に、耳を劈くような電子の高周波アラームが鳴り響いた。
野盗たちの動きがピタリと止まる。
「な、なんだこの音は!?」
「ど、どこから鳴ってやがる!?」
混乱する彼らの足元へ向けて、俺はキャップを擦って着火した発煙筒を全力で放り投げた。
赤い筒は放物線を描き、野盗たちのすぐそばにポトンと落ちる。
直後、シュウウウウッ! という激しい音と共に、鮮烈な赤い煙がもうもうと噴き出し始めた。
「ひいっ!? な、なんだこれ! 赤い煙!?」
「毒だ! 毒霧の魔法だ! 魔法使いの奇襲だぞ!」
「帝国軍の伏兵か!? くそっ、ずらかるぞ!」
火縄銃すら存在しないようなこの世界で、大音量の電子音と化学薬品による強烈な発煙は、彼らの理解の範疇を超えていたらしい。
野盗たちは奪いかけたみかん箱を放り出し、パニックを起こして一目散に街道の彼方へ逃げ去っていった。
俺は静かに丘を下り、ピンを戻してブザーの音を止める。
静寂が戻った街道には、赤い煙の残り香と、へたり込む少女だけが残されていた。
『ピコン』
【クエスト D-002達成:人魚族の少女を救出せよ】
【300Pを獲得しました】
【現在の所持P:300P】
「……ふぅ」
俺はネクタイを締め直し、少女に歩み寄った。
「怪我はないか」
「ひゃうっ!? 命、命だけはお助けを……! 私はしがない地下アイドルで、全財産は五円玉しか——」
「落ち着け。野盗は逃げた。俺は通りすがりのサラリーマンだ」
怯えて頭を抱える少女を見下ろす。
転んで膝を擦りむいたのか、ジャージの裾から覗く白い肌から血が滲んでいた。
「少し、しみるぞ」
俺は小脇に抱えていた救急箱を開け、消毒液を脱脂綿に含ませた。
「え? あっ、あの……」
戸惑う少女の膝に消毒液を塗り、手早く絆創膏を貼る。
無駄な買い物をしたと思っていたが、まさかこんなに早く出番が来るとは思わなかった。
「あ、ありがとうございます……あの、あなた様は?」
「黒木陸人だ。君は?」
「わ、私はリーザ・シーラン・リヴァイアサン。大人気アイドルですの!」
「大人気アイドルが、こんなところで芋ジャージを着てみかん箱を抱えてるのか?」
「うっ……! そ、それは、色々事情がありまして……!」
リーザと名乗った少女は、図星を突かれたのか顔を赤くして俯いた。
その時。
——きゅるるるるるぅ。
彼女のお腹から、かなり悲痛な音が鳴り響いた。
「……」
「……ち、違いますの! これは、その、アイドルの腹時計が時を刻む音でして——」
「何も言ってない」
俺は空中のウィンドウをスワイプし、『肉まん(保温状態)』をカタログから探した。一つ15Pだ。
『肉まん(保温状態)×2:30P』
『お茶:10P』
発注ボタンを押す。
手の中に、紙に包まれたホカホカの肉まんと、冷えたペットボトルが現れた。
「ほら。食え」
俺が差し出すと、リーザは目を丸くした。
「こ、これは……? まだ湯気が立ってますの……!」
「熱いから気をつけろよ」
リーザは恐る恐る肉まんを受け取り、小さく一口齧った。
その瞬間、彼女の瞳がカッと見開かれた。
「んんんんんっ!? な、なんですかこれぇぇっ! ふわふわの生地の中から、ジューシーな肉汁が溢れて……! こんな美味しいもの、海にいた頃以来ですの!」
リーザは涙をボロボロと流しながら、ものすごい勢いで肉まんを頬張り始めた。
普段はパンの耳や雑草サラダしか食べていない、と言わんばかりのがっつきぶりだ。俺はもう一つの肉まんを自分で齧りながら、無言でお茶を差し出した。
「ぷはぁっ! 陸人様! このお肉のパン、美味しすぎますの! 神の食べ物ですの!」
「ただのコンビニの肉まんだ。落ち着いて食え」
「私、決めましたの!」
リーザはみかん箱を踏み台にして立ち上がり、バシッと俺を指差した。
「こんな美味しいものを出してくれる陸人様に、一生ついていきますの! 私のプロデューサーになってくださいの!」
「肉まん一個で人生預けるな」
俺は静かにツッコんだ。アイドルの安売りにも程がある。
「ところで、お前はどこに向かっていたんだ?」
「ポポロ村ですの。私のお友達が村長をやっている、安全な緩衝地帯なんですの」
「ポポロ村……」
俺はあごを撫でた。
見知らぬ異世界に放り出された以上、まずは生活の拠点と情報を確保する必要がある。知り合いが村長をやっているなら、話を通しやすいかもしれない。
現在の所持ポイントは260P。当面の食料は買えるが、野宿を続けるわけにもいかない。
「わかった。そのポポロ村まで、俺も同行させてもらおう」
「本当ですの!? ありがとうございますの! スパチャ、期待してますの!」
「だから金は払わん」
俺はため息をつき、スーツの埃を払った。
とにかく、まずはその村の責任者に会いに行くとするか。
——俺の『クエスト』が、この先どれだけの厄介事を運んでくるかも知らずに。
読んでいただきありがとうございます。
面白いと思っていただけましたら、★評価やブックマークで応援していただけると励みになります。




