EP 3
「背骨となる雇用契約と、管理される天災」
「陸人さん! お願いだから今すぐあの子を村から追い出してください! ポポロ村が消滅しちゃいます!」
村長公邸の奥の部屋。
リビングでお茶をすするルナを残し、俺はキャルルたち三人に別室へと引っ張り込まれていた。
キャルルは犬耳を頭にピタリと張り付かせ、必死の形相で俺のスーツの袖を引っ張っている。
「消滅、ね。あのふんわりしたエルフの嬢ちゃんが、どうやってこの村を消し飛ばすって言うんだ」
俺が静かに問うと、キャルルはブルブルと首を横に振った。
「陸人さんは知らないからそんなことが言えるんです! あの子は、過去に甘いものを食べ過ぎて虫歯になって泣いただけで、世界樹をブチギレさせて大陸中の城壁を蔦でへし折った『歩く天災』なんですよ!? 貧民を見つければ『腎臓を売ってすぐ再生しましょう♡』って笑顔でメスを向けてくるんです!」
「……なるほど。確かにそれは、コンプライアンス的に見過ごせないな」
俺はタブレット端末型の魔導具を開き、ポポロ村の財務諸表と周辺の地図データを呼び出した。
「ですよね!? だから一刻も早く——」
「——だが、却下だ。彼女は村から出さない」
俺の言葉に、キャルル、リーザ、キュララの三人が同時に息を呑んだ。
「な、なんでですかの!? 陸人様、頭がおかしくなりましたの!?」
「再生回数は稼げそうだけど、村ごとBANされたら元も子もないわよ!?」
「落ち着け、感情でビジネスをするな。数字とロジックで見ろ」
俺はタブレットの地図上で、ポポロ村の周囲のエリアをペンでぐるりと囲んだ。
「キャルルの話が本当なら、彼女の引き起こす災害は『善意による不可抗力』であり、規模がデカすぎる。そんな爆弾を村の外に放り出してみろ。致命的な方向音痴の彼女が、村のすぐ隣の森で『迷子の魔獣を助けるために地形を変えちゃいました♡』なんてやらかしたらどうなる?」
「……あ」
「その通りだ。こちらには一切の制御権がないまま、巻き添え(コラテラル・ダメージ)を食らって村が吹き飛ぶ。リスク管理の基本だ。コントロールできない脅威は、遠ざけるのではなく『監視下に置く』のが一番安全なんだよ」
俺は三人から視線を外し、部屋の扉を開けてリビングへと戻った。
ルナは、足元から勝手に生えてきた色とりどりの花に囲まれながら、優雅に紅茶を飲んでいた。
「あら、皆様。内緒話は終わりましたの?」
「ルナ・シンフォニアさん」
俺はルナの対面に座り、まっすぐに彼女の翡翠の瞳を見据えた。
嘘偽りのない、純度一〇〇パーセントの善意。これほど交渉がしにくい相手はいない。俺の【クエスト】は『対価と報酬』で世界を回すスキルだ。だが、この少女には対価の概念が存在しない。
ならば、どうする?
答えは一つだ。『ルール』という名の檻を被せるしかない。
「単刀直入に言う。ルナさん、あなたをポポロ村で雇用したい。うちで働いてください」
「えっ……? 私を、ですか?」
ルナが目を丸くした。
「ああ。あなたのその巨大すぎる善意は、この貧弱な世界のインフラには負荷がデカすぎる。あなたが良かれと思って動けば、市場は崩壊し、生態系は狂う」
俺は言葉を区切り、あえて冷徹なトーンで言い放った。
「だから、俺があなたの『善意のフィルター』になる。あなたの力を、正しい場所で、正しい量だけ出力できるように管理してやる。あなたが本当に誰かを救いたいなら、俺の管理下に入るのが一番の近道だ」
ルナは瞬きを数回繰り返し、ぽかんと俺を見つめていた。
背後でキャルルたちが「あわわわ……」と震える気配がする。
やがて、ルナの顔に、花が咲くような満面の笑みが広がった。
「まあ……! 私の親切を、正しく導いてくださるのですね! 今まで誰もそんなこと言ってくれませんでしたわ! 皆さん、ただ逃げていくばかりで……」
彼女は杖を胸に抱きしめ、深く頷いた。
「喜んでお受けいたしますわ、陸人様! 私、一生懸命働きますわね!」
「契約成立だ。ただし、絶対の雇用条件が一つある」
俺は黒いボールペンを指先で回し、彼女に突きつけた。
「——あなたの力で何かを生成したり、魔法を発動したりする前には、必ず『俺の許可』を取ること。事前承認なき善行は、我が社では懲戒免職の対象になる。いいな?」
「はいっ! 分かりましたわ、プロデューサー様!」
『ピコン』
【クエスト E-064:規格外の善意を管理下に置け】
【内容:ルナ・シンフォニアと雇用契約を締結する】
【報酬:100P】
【クエスト達成】
【100Pを獲得しました】
【現在の所持P:11,650P】
脳内で鳴った軽快な電子音を聞きながら、俺は小さく息を吐いた。
これで最悪の事態は防げる。彼女が暴走する前に、俺が稟議書にハンコを押すか弾くか決めればいいだけだ。
そう、俺の目の届く範囲にいれば、の話だが。
「——さあ、そうと決まれば、さっそく村の皆様のためにお仕事を始めなくては!」
翌朝。
まだ夜も明けきらない薄暗い早朝の村の広場で。
俺がまだベッドで深い眠りについている間に、ルナは誰の許可も取らず、キラキラと目を輝かせて『世界樹の杖』を振り上げていた。
「道が少し汚れておりますわね。まずはゴミ拾いからですわ! 出でよ、超重量級のお掃除ゴーレムさんたち!!」
読んでいただきありがとうございます。
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