EP 4
「崩壊する相場と、承認制のサプライチェーン」
ズズズン……! ズズズン……!
腹の底に響くような重低音と地響きで、俺は目を覚ました。
時計を見ると、まだ朝の六時前だ。ポポロ村の静かな朝を満喫するはずが、窓の外からは何やら悲鳴や怒号が聞こえてくる。
「陸人ォォォッ!! 起きとるか! えらいこっちゃ、村の経済が死ぬゥゥッ!!」
バンッ! と勢いよく自室のドアが開かれ、ニャングルが文字通り口から泡を吹きながら転がり込んできた。
「……朝からうるさいぞ。またどこかの悪徳商人に偽造品でも掴まされたか」
「ちゃうわ! あのエルフの嬢ちゃんや! 広場がとんでもないことになっとる!」
俺はスーツを羽織り、寝癖を直すのもそこそこに村の広場へ向かった。
そこに広がっていたのは、まさに『善意の焼け野原』だった。
「はい、おばあちゃん。重たい荷物はゴーレムさんに持たせますからね♡ あっ、そこの道端に落ちている紙くずも拾ってさしあげて!」
『ガガ……オオォォォ……』
ルナの指示で動いているのは、体高五メートルはあろうかという超重量級の岩石ゴーレム三体。
彼らは確かに道端の小さなゴミを指先で丁寧につまみ上げているのだが、その巨大な足が動くたびに、ポポロ村の石畳が「メキョッ」「バキィッ」と音を立てて陥没し、巨大なクレーターを形成していた。
さらに最悪なのは、広場の中央だ。
「皆さん、お腹が空いているのでしょう? 遠慮せずにたくさん持っていってくださいな! はい、この『世界樹の輝きトマト』も、『マナ満ちる大地のキャベツ』も、ぜーんぶ無料ですわ!」
ルナが杖を振るたびに、地面から異常な速度で極上の野菜や果物が山のように湧き出し、村人たちに無償で配給されている。
タダで高級食材がもらえるのだから、村人たちは大喜びだ。だが、その輪の外側で、村の農家たちが膝から崩れ落ちていた。
「わ、わしらが三ヶ月かけて育てたポポロ芋が……」
「あんな神様が食べるような美味い野菜をタダで配られたら、うちの野菜なんか誰が金出して買うんじゃ……終わりじゃ……」
ニャングルが俺の脚にしがみつき、涙声で叫ぶ。
「あかん、需要と供給のバランスが完全に崩壊しとる! 市場価格の破壊、強烈なデフレや! このままやと村の一次産業が全滅するで!」
「……なるほどな」
俺は静かに歩み寄り、ルナの背後に立った。
そして、スーツの胸ポケットから黒いボールペンを取り出し、彼女の耳元で「カチリ」とノック音を鳴らした。
「ひゃうっ!?」
ルナがビクッと肩を揺らし、振り返る。
「り、陸人様? どうされましたの、そんな冷たいお顔をして……」
「ルナさん。昨日の雇用契約の『絶対条件』を復唱しろ」
「えっ、と……『何かをする前には、必ず陸人様の許可を取ること』……ですわ」
「そうだ。で、このゴーレムと野菜の山について、俺は事前にハンコを押した記憶がないんだが」
俺はため息をつき、陥没した道路と、泣いている農家たちを指差した。
「あなたの善意は、村のインフラを破壊し、農家の生計を奪った。無償の施しは、既存の市場を殺すんだ」
「そ、そんな……! 私はただ、皆さんに喜んでいただきたくて……!」
ルナの翡翠の瞳から、ポロポロと大粒の涙がこぼれ落ちそうになる。
このまま彼女を泣かせれば、遠く離れた世界樹がブチギレる可能性がある。俺はすぐに次の手を打った。
「泣く必要はない。やり方を『最適化』するだけだ」
俺はニャングルを呼び寄せた。
「いいか、業務フローを変更する。今後、ルナさんが生成した作物は、すべて『特級資産』として一旦ニャングルの倉庫に全量納品させる。市場への直接供給は禁止だ」
「せ、全量倉庫に? それでどないするんや?」
「俺が相場を見ながら、市場価格を崩さないギリギリの少量を、超高級ブランド品として他国へ輸出する。その利益で村の農家から作物を適正価格で買い上げ、村人に再分配する。……これで、ルナさんの善意は間接的に全員を救うことになる。文句あるか?」
俺の提案に、ニャングルの目が「$」の形に変わった。
「て、天才や……! それなら価格破壊を起こさず、村の利益だけを爆増させられるで!」
ルナもパァッと顔を輝かせた。
「まあ! さすがは陸人様ですわ! 私の親切が、そんな風に形を変えて皆さんを幸せにするなんて……! 喜んで倉庫に納品させていただきますわ!」
『ピコン』
【クエスト E-065:崩壊する市場を救済せよ】
【内容:異常な供給網を整理し、サプライチェーンを構築する】
【報酬:200P】
【クエスト達成】
【200Pを獲得しました】
【現在の所持P:11,850P】
ゴーレムを帰還させ、大量の野菜を倉庫へと運ばせ終えた頃には、すっかり日が昇っていた。
「やれやれ。朝から無駄なリソースを割かされた」
俺は自動販売機で微糖の缶コーヒーを買い、プシュッとプルタブを開けた。
とりあえず、彼女の力の出力先を『倉庫』に限定できたのは大きい。これで少しは平穏な村の運営に戻れる——。
そう思った、矢先のことだった。
突如として、村の広場の中央に、目が眩むような巨大な魔法陣が展開された。
空間が歪み、莫大なマナの奔流が渦を巻く。
「な、なんや!? 敵襲か!?」
ニャングルが尻尾の毛を逆立てる。
だが、ルナは嬉しそうに手を叩いた。
「あ、違いますわ! 今日は月初め……母様(世界樹)からの『お小遣い(仕送り)』が届く日ですの!」
ズシィィィィィンッ!!!!
魔法陣から吐き出され、地面にめり込んだのは、巨大な木箱だった。
衝撃で蓋が吹き飛び、中身が朝日に照らされてギラギラと暴力的な輝きを放つ。
「……は?」
俺の持っていた缶コーヒーが、手から滑り落ちそうになった。
箱の中にぎっしりと詰まっていたのは、まばゆい光を放つ『純金』のインゴット。
偽金ではない。圧倒的なマナの密度を誇る、本物の純金の塊。ざっと見積もって、重量は百キログラムは下らない。
「えへへ。母様、今月もたくさん送ってくださいましたわ。これで皆さんにおいしいものを——」
「ひぃぃぃぃぃぃぃぃっ!?」
ニャングルが、今度こそ本気で白目を剥いて卒倒しかけた。
俺も、背筋に冷たい汗が流れるのを感じた。
百キロの純金。これを人口千人足らずのポポロ村の市場に流せばどうなるか。
ジンバブエも青ざめるレベルのハイパーインフレが起き、周辺三国を含めた貨幣経済そのものが、一瞬で消し飛ぶ。
「……爆弾が、届きやがった」
金で買えないどころか、金そのもので世界を壊す。
天然の破滅系令嬢の真骨頂は、ここからだった。
読んでいただきありがとうございます。
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