EP 2
「梅太郎伝説と、リアル疫病神の擦り付け合い」
ポポロ村長公邸、その二楼にある広いリビングは、文字通り地獄絵図と化していた。
「おい手羽先天使! なんで私に貧乏神擦り付けんだよ! このターンで総資産が半分になるだろうがぁッ!」
「キャルルちゃんがぶっちぎり資産一位なんだから当たり前でしょ〜! 当然のヘイト管理! これが配信者仕込みの立ち回りよ!」
「あぁぁっ! 私のなけなしの『ポポロ芋畑(収益率一〇%)』が吹き飛びましたわぁああ! 唯一の不労所得がぁッ!」
部屋の中央に置かれた巨大な魔導モニターの前で、三人のヒロインがコントローラーを握りしめ、血で血を洗う醜い争いを繰り広げていた。
遊んでいるのは、帝都からキュララが持ち込んだ最新の魔導ボードゲーム『梅太郎伝説・世界一周の旅』。ダイスを振って大陸中の物件を買いあさり、目標金額を目指す名作スゴロクゲームだ。
だが、その場の空気はもはや「ゲーム」の領域を超えていた。
キャルルは兎耳を限界まで逆立てて画面を睨みつけ、キュララは白銀の羽を興奮でバサバサと羽ばたかせ、リーザに至っては畳の上でゴロゴロと転がりながら涙目で叫んでいる。
「ふふっ、これで終わりじゃないですの……! 次のターンで私がカードを使って、全員まとめてハワイアン島へ飛ばしてあげますわ!」
「やるならキャルルちゃんだけにシナサイよこの貧乏魚!」
「誰が手羽先ですか! ぶっ飛ばすぞ!」
ゲーム盤上で展開される、貧乏神の擦り付け合い。友情などハナから存在しなかったかのような罵詈雑言が飛ぶ中で、俺は玄関のドアを静かに押し開けた。
「……おい。なに朝から近所迷惑な大声を上げてるんだ」
俺の声に、三人が一斉に振り返る。
「あ、陸人さん! 聞いてくださいよ、キュララが汚いカードを使って私の商業ビルを——」
「陸人様ぁ! 私の芋畑がァ!」
キャルルとリーザが俺に救いを求めようと口を開かけた、その瞬間だった。
俺の後ろから、ふわふわとしたエメラルドグリーンの長髪を揺らし、おっとりとした笑みを浮かべた少女がひょっこりと顔を出した。
「皆様、ごきげんよう♡ 私も混ぜてくださいますか? 手土産に、ポポロ山の石を金塊に変えて持ってまいりましたわ」
ルナ・シンフォニア。
世界樹の森の次期女王候補にして、歩く天災。
彼女は手にした『世界樹の杖』を優しく振ると、足元にゴロゴロと転がっていた拳大の小石数個を、一瞬でピカピカと輝く純金へと変成させて見せた。もちろん、三日後にはただの石に戻る恐怖の偽金である。
その光景を目にした瞬間、リビングの時が止まった。
キャルルの耳がぴんと直立し、顔面からスーッと血の気が引いていく。
キュララは構えていたコントローラーをポロリと手から落とした。
リーザは床に這いつくばったまま、口をぐうっと開けて凍りついている。
「……あ」
「……え」
「……ル、ルナ……?」
ゲーム画面の中で、アニメ調の貧乏神が「ア〜イタタタ!」と滑稽に踊っている。
だが、いま目の前に降臨したのは、そんなゲームの偽物など足元にも及ばない、本物の『歩く天災(リアル疫病神)』だった。
「まあ、キャルルさんにリーザさん! お久しぶりですわね。帝都のお部屋を追い出されて以来ですわ」
ルナが純粋無垢な笑顔で一歩足を踏み出す。
次の瞬間、三人のヒロインたちの間で、ゲームの百倍は醜く、狂気に満ちた「擦り付け合い」が勃発した。
「ひいいっ!? ルナだぁーーッ!! 私無理無理無理! 臓器を取られる! 腎臓を取るなら、この寄生魚にしてぇええ!!」
キャルルが脱兎のごとき速さでリーザの背中をルナの前に突き出した。
「私だって無理ですわぁーーッ!! 純金は喉から手が出るほど欲しいですが、腎臓を取られるならこの手羽先天使を差し出しますわ!!」
リーザが悲鳴を上げながら、今度はキュララの身体を盾にするように押し出す。
「無理だってぇええ!! リスナーのみんな助けてぇええ!! 臓器を取るなら、この暴力キック兎からにしてぇええ!!」
キュララが白目を剥きながら、キャルルを前線へと全力で蹴り飛ばした。
キャルル ──> リーザ ──> キュララ ──> キャルル……。
互いの身体を交互にルナの前へ突き出し合い、三人は円を描くようにぐるぐるとリビングを旋回し始めた。その必死すぎる動きは、もはや恐怖映画のそれである。
「ちょっと! なんで私を押すのよキャルルちゃん!」
「あんたが一番防御力低そうだからだよ!」
「私を差し出したら、毎月のお小遣いが貰えなくなりますのよ!?」
「お前の腎臓で相殺しろォッ!」
「……何なんだ、この空気は」
俺は冷めた目でその惨状を見つめた。
前世の社内政治でも、失敗したプロジェクトの責任を押し付け合う見苦しい幹部連中を何度も見てきたが、ここまで欲望と保身が剥き出しの光景は久々だった。
『ピコン』
【クエスト E-063:混乱する居間を鎮圧せよ】
【内容:狂乱状態の三人を正気に戻す】
【報酬:100P】
視界にポップアップした小さなウインドウを見つめ、俺は深く溜め息をついた。
俺はスーツの胸ポケットから黒いボールペンを取り出し、カチリとノックした。
「……お前たち。三十秒以内に静かにしないなら、明日の朝食から全員の給与を三割カット、さらに弁当のまかない配給をストップする」
静かな、だが一切の情赦を含まない冷徹なトーン。
その一言が響いた瞬間、ぐるぐると旋回していた三人がピタリと動きを止めた。
「「「ひっ……!」」」
給与カットと飯の没収。それがポポロ村における最も重い罰則であることを、彼女たちは身をもって知っている。
『ピコン』
【クエスト達成】
【100Pを獲得しました】
【現在の所持P:11,550P】
「よし。これで少しは話ができる」
俺はペンを胸ポケットに戻し、未だに怯えて固まっている三人を見下ろした。
「あら、皆様、どうしてそんなに汗をかいていらっしゃいますの?」
ルナが首を傾げ、手にした『世界樹の杖』を優しく撫でた。
「長旅でお疲れのようですわね。そうですわ! お近づきの印に、皆様のお体を世界樹の特別な魔法でピカピカに清めて差し上げますわね♡」
ルナの杖から、あたたかな、だが異常なほど密度の高い緑色の光が溢れ出し始める。
「「「やめろぉぉぉぉぉッ!!!(やめてくださぁぁぁい!!!)」」」
三人の悲鳴が重なり、ポポロ村の穏やかな朝の空気を激しく引き裂いた。
読んでいただきありがとうございます。
面白いと思っていただけましたら、★評価やブックマークで応援していただけると励みになります。




