第三章 「金で買えないものが、村に来た」
第1話「計測不能の報酬と、善意の火炎龍」
ポポロ村の村外れ。少し冷たい風が吹く街道沿いで、俺はタブレット端末型の魔導具を片手に在庫の確認作業をしていた。
「……弁当のパッケージ資材の在庫が残り三割。明日の発注で地球のカタログから段ボールとプラ容器を補充するか」
メガインフルエンサーの天使、キュララが村にやってきてからというもの、ポポロ村の知名度は爆発的に跳ね上がった。大陸ランキングで四十一位。それに伴い、村の経済規模(GDP)も十一億四千万円に達し、俺のスキル【クエスト】の発注上限も一万一千ポイントを超えている。
資金力と知名度。二つの強力な武器を手に入れたことで、村の運営は次のフェーズに入ろうとしている。
だが、事業が軌道に乗った時こそ、想定外のトラブルが起きるものだ。俺は前世の商社マン時代、それで何度か痛い目を見ている。
「陸人さーん、こっちの検品終わりましたー」
「ああ、ご苦労さん」
自警団の若い兵士に手を上げ、俺はふうっと息を吐いた。
その時だった。
街道の奥、うっそうと茂るポポロ山の原生林の方から、カサカサと草を掻き分ける音が聞こえた。
魔獣か? と警戒して腰の警棒に手をやったが、茂みから現れたのは、どう見てもこの辺境の村にはそぐわない存在だった。
淡いエメラルドグリーンの長髪が風に揺れ、透き通る翡翠の瞳がキョロキョロと周囲を見回している。
身に纏っているのは、フリルとリボンが贅沢にあしらわれた、まるで貴族のお茶会から抜け出してきたような「ふわふわ系お嬢様ドレス」だ。手には、ごつごつとした奇妙な木目の杖を握っている。
エルフ、それも上位種のハイエルフだろう。
「……あ、あの。そこの殿方」
少女は俺を見つけると、ふわりと微笑みながら歩み寄ってきた。
「道をお尋ねしてもよろしいでしょうか?」
「構わないが。ここはポポロ村の村外れだ。どこに行きたいんだ?」
「ポポロ村! まあ、やっと着きましたのね!」
少女はパァッと顔を輝かせた。
「私、キャルルさんとリーザさん、それにキュララさんをお尋ねして、帝都から参りましたの。でも、少し道を間違えてしまったようで……」
「……帝都から?」
俺は眉をひそめた。
帝都ルナミスからポポロ村までは、主要な街道を通って馬車で数日の距離だ。だが、彼女が出てきたのは、道など存在しない原生林のど真ん中である。
「途中で『近道はこちら』という風の声を聴きまして、まっすぐ歩いてきたはずなのですけれど。気づいたら砂漠に出たり、雪山を越えたりと、すっかり遠回りをしてしまいましたわ」
……致命的な方向音痴らしい。直線を歩いているつもりで大陸を横断でもしてきたのだろうか。
「キャルルやリーザの知り合いか。それなら、村長公邸に案内する。こっちだ」
「まあ、ありがとうございます! 殿方はとてもお優しいのですね」
少女はにっこりと笑うと、おもむろに足元の小石を拾い上げた。
「親切にしていただいたお礼ですわ。どうぞ、お受け取りくださいな」
彼女がその小石を優しく撫でると、一瞬にして眩い黄金色の輝きが放たれた。
ずっしりとした重みを持つ、純金の塊。
「……錬金術か」
「はい。このくらいの金塊でしたら、いくらでもお作りできますの。遠慮なさらずに」
俺は目を細めた。
前世の商社の勘が、全力で警鐘を鳴らしている。
錬金術による物質変換は、基本的には一時的なものだ。恒久的な変換には莫大なマナを消費するか、特別な触媒が必要になる。道端の石をノーコストで永遠に純金に変えられるなら、この世界の経済はとうの昔に崩壊している。
おそらく、数日後にはただの石に戻る『偽金』だ。
「気持ちだけ受け取っておく。俺は歩合制のプロデューサーなんでね、正当な労働対価以外の報酬は受け取らない主義なんだ」
俺は丁重に、かつきっぱりと辞退した。
「あら、そうなのですか? 残念ですわ」
少女は不思議そうに小首を傾げ、金塊をポイッと草むらに捨てた。
『ピコン』
その瞬間、俺の視界に半透明のウィンドウがポップアップした。
【クエスト E-061:道に迷ったエルフの少女を案内せよ】
【内容:対象を安全に目的地へ誘導する】
【報酬:50P】
【クエスト達成】
【50Pを獲得しました】
【現在の所持P:11,450P】
簡単な案内クエストだ。俺は特に気にも留めず、ウィンドウをスワイプしようとした。
だが、そのすぐ下にもう一つ、赤い縁取りのウィンドウが明滅しているのに気づいた。
『ピコン』
『ピピピピッ!』
【警告:対象『ルナ・シンフォニア』との接触を確認】
【緊急クエスト A-062:■■■■の暴走を未然に防ぎ、村の経済とコンプライアンスを死守せよ】
【報酬:計測不能】
「……計測不能?」
俺は足を止めた。
【クエスト】のスキルが報酬額を算定できないなど、今まで一度もなかったことだ。
対象の名前はルナ・シンフォニア。そして、報酬が計測不能になるほどの、何らかの『暴走』のリスク。
「どうかされましたの?」
ルナが、純度一〇〇パーセントの無垢な瞳で俺を見上げてくる。
「いや、なんでもない。行こう」
俺たちは村のメインストリートへと向かって歩き出した。
すれ違う村人たちが、ルナの浮世離れした美しさに振り返る。だが、彼女の異常性は外見ではなく、その内面——圧倒的な『善意』にあったのだと、俺はすぐに思い知ることになる。
「今日はちょっと寒いねー」
すれ違った村の子供が、母親の手を引きながら何気なく呟いた。
秋の気配が近づき、少し肌寒い風が吹いていたのだ。
その言葉を聞いた瞬間、ルナの顔に「使命感」のようなものがパッと灯った。
「まあ、可哀想に。子供が寒さに震えるなんて、見過ごせませんわ」
「おい、何をする気だ」
俺が嫌な予感を覚えて声をかけると、ルナは手にした『世界樹の杖』を天高く掲げた。
「私が、この村を暖めて差し上げますわ! 出でよ、業火の精霊——『火炎龍』!!」
杖の先端から、空間が歪むほどの超高密度の魔力が膨れ上がった。
次の瞬間、空を覆い尽くすほどの巨大な炎の龍が具現化し、ポポロ村の背後に広がる原生林に向けて、今まさに極大の火炎ブレスを放とうと——。
「……待て」
俺は静かに、だが強烈な殺気を込めてルナの杖を掴み、強制的に下へと向けさせた。
「え? な、なぜ止めるのですか?」
ルナがキョトンとした顔で俺を見る。
「村を暖めるのに、森ごと焼き払う火力を出すな。全焼するぞ」
「あら? 薪がたくさんあった方が、よく燃えて暖かいと思いましたのに」
「……」
悪意が、一ミリもない。
ただ純粋に「人を助けたい」「喜ばせたい」という善意だけで、世界滅亡級の魔法をノータイムでぶっ放そうとしているのだ。
俺はジンジンと痛み始めたこめかみを指で押さえた。
金で買えない、理屈の通じない『天然の災害』が、この村にやってきたのだ。
読んでいただきありがとうございます。
面白いと思っていただけましたら、★評価やブックマークで応援していただけると励みになります。




