EP 10
「経費で落ちない回転寿司と、強欲な査察官」
ポポロ村のメインストリートにポツンと建つ『太郎回転寿司握り』。
村がバズる前から細々と営業していたこの店は今、かつてない異常事態に見舞われていた。
「大将! マグローザの大トロ、あと二十皿追加ですのぉぉっ!」
「へ、へいよっ!」
カウンター席の端。積み上げられた皿のタワー(推定六十枚超え)の影から、芋ジャージ姿のリーザが目を血走らせて叫んでいる。
彼女の特異スキル『貧乏神』による飢餓状態の胃袋は、バズの恩恵で奢りとなった高級寿司を前にリミッターを完全に破壊していた。
「ちょっとリーザ! あんた食べ過ぎ! 私のサーモサモンまで取らないでよ!」
「早い者勝ちですの! アイドルは食える時に食っておかないと、明日にはダンボールハウス生活に逆戻りするかもしれないんですの!」
「どんな極限のアイドルよ!」
キュララがスマホ型魔導石で『大食い人魚、回転寿司を制圧なう☆』と動画を撮りながらツッコミを入れる。
二人の騒がしいやり取りを横目に、俺はレーンから流れてきたカッパ巻きを一つ口に放り込み、手元の伝票に目を落とした。
「……すでに銀貨二百枚(約二十万円)を超えている。俺の給料の数ヶ月分だぞ。どこの世界に、回転寿司で六本木の高級フレンチ並みの会計を叩き出す奴らがいるんだ」
俺は微糖の缶コーヒー(持ち込み)で寿司を流し込みながら深くため息をついた。
「まぁええやないか、陸人。今日の村の売り上げに比べりゃ、ハナクソみたいな額やで」
隣の席では、ニャングルが熱燗を傾けながら上機嫌に笑っていた。
「顔面パンチのグッズも、偽金キーホルダーも完売。屋台の芋シチューは原価の十倍で飛ぶように売れた。……笑いが止まらへんわ」
確かに、今日のポポロ村に落ちた外貨は凄まじい額だ。
俺のシステム画面に表示されている『村のGDP(国内総生産)』の数値も、かつてない右肩上がりのグラフを描いている。
だが、俺の心は晴れなかった。
——【緊急クエスト A-058:依頼主(■■■■)】
先ほどのキメラ襲撃イベント。あのバグのような黒塗りの依頼主が、どうしても引っかかる。
逃げた火原と鮫島の背後に、もっと巨大な『組織』の影を感じるのだ。
「……社長。少し警戒レベルを上げたほうがいいかもしれない」
俺は、お茶をすすっていた村長のキャルルに声をかけた。
「キメラの残骸はニャングルに回収させたが、アバロン魔皇国の密輸品がこんな田舎村にピンポイントで持ち込まれるのは不自然だ。それに、村がこれだけ急激に豊かになれば、必ず『お上』が嗅ぎつけてくる」
前世でもそうだった。
地方の中小企業が急に利益を上げると、必ずどこからともなく税務署や親会社の監査が飛んでくる。出る杭は打たれるのが、資本主義の——いや、この異世界の絶対的なルールだ。
「お上、ですか……」
キャルルが犬耳をピクリと動かし、不安げに目を伏せる。
その不安は、翌朝、最悪の形で的中することになる。
◆
翌朝。
ポポロ村の入り口にある広場に、四頭立ての豪奢な馬車が乗り付けていた。
ルナミス帝国の国章が刻まれたその馬車から降りてきたのは、嫌味なほど香水の匂いを漂わせた、片眼鏡の痩せこけた男だった。
その後ろには、帝国の正規兵が十名ほど、重装備で控えている。
「ふん、ここが最近、ネット(魔導通信網)とやらで騒がれているポポロ村か。随分と泥臭い辺境だな」
男はハンカチで鼻を覆いながら、出迎えたキャルルたちを見下した。
「私はルナミス帝国・地方統括局の特任査察官、ゼクス。ポポロ村の代表は貴様か、犬耳の小娘」
「……はい。私が村長のキャルルです」
キャルルが一歩前に出る。その後ろには、俺とマンミア、そして野次馬のキュララとリーザが立っていた。
「単刀直入に言おう。我が帝国の領地内において、無許可での大規模な商業活動、および魔導通信網を用いた不当な集客行為が行われているとのタレコミがあった」
ゼクスが冷たい声で言い放つ。
「よって、本日よりポポロ村の全商業施設を『差し押さえ』とし、過去三ヶ月分の利益の九割を『特別流行税』として徴収する」
「き、九割!? そんな無茶苦茶な!」
キャルルが毛を逆立てて抗議する。
「そもそも、私たちは帝国の商業ギルドにちゃんと登録して——」
「黙れ! 辺境の亜人が帝国に意見するか!」
ゼクスが鞭を振り上げる。
その背後から、見覚えのある二つの人影が、ニヤニヤと笑いながら姿を現した。
「ひゃはは! だーから言ったろ、この村は今、不当な利益を溜め込んでるってなァ!」
「査察官殿の言う通りだ! キメラの不法投棄までやってる危険な村なんだ、徹底的に絞り上げてくださいよぉ!」
ドロドロのニッカポッカを着た火原と、青スーツの鮫島だった。
昨日逃げ出したあの小悪党ども、どうやら帝国の役人に泣きついて、自分たちの罪をポポロ村になすりつけたらしい。
「……なるほど。クズがクズを呼んできたわけだ」
俺はスーツのポケットに手を突っ込み、ゆっくりと前へ出た。
「なんだ貴様は。ただの人間が、査察官である私に口出しする気か?」
ゼクスが片眼鏡の奥の目を細める。
「俺はこの村のプロデューサー兼、財務顧問の陸人だ。……査察官殿。特別流行税とやらの法的根拠を見せてもらおうか。帝国の税法第4章2項には、突発的な利益に対する課税は、事前通告から三十日の猶予が設けられているはずだが?」
前世で税務調査の対応を腐るほどやってきた俺だ。昨夜のうちに、帝国の六法全書(魔導書版)には一通り目を通し、暗記している。
「なっ……! 辺境の平民が、帝国の法律を空暗記しているだと……!?」
ゼクスが怯んだように一歩後ずさった。
俺は冷たい目で鮫島と火原をねめつける。
「それに、そこの二人は昨日、粗悪な偽造魔獣カプセルを販売しようとした詐欺未遂の現行犯だ。その証拠の音声データも残っている。査察官殿が彼らの虚偽の申告を真に受けて差し押さえを強行するなら、それは『不当な権力行使』として、帝都の監察局に直訴させてもらうが?」
「ひぃっ!?」
鮫島が青ざめ、火原の影に隠れる。
だが、ゼクスはギリッと歯を食いしばり、顔を真っ赤にして怒鳴り散らした。
「ええい、黙れ黙れ! 法の解釈など、現場の査察官たる私のさじ加減一つだ! この村が不当な利益を得ているのは事実! 逆らうなら、武力を持って制圧するまで!」
ゼクスの合図と共に、後ろに控えていた十名の帝国兵が、一斉に槍と魔法の杖を構えた。
マンミアが盾を構え、キャルルがトンファーを抜く。一触即発の空気が広場を包み込む。
『ピコン』
【クエスト C-060:悪徳査察官による不当な差し押さえを阻止せよ】
【内容:帝国兵を無力化し、村の資産を防衛する】
【報酬:5,000P】
「……やれやれ。結局、異世界だろうが地球だろうが、話が通じない無能な役人は、物理的に黙らせるしかないってことか」
俺はネクタイを緩め、システム画面を開いた。
昨日のキメラ討伐で使った『特例承認』の残金——26,350Pが、燦然と輝いている。
「武力制圧? 結構だ。だが、相手の『資本力』を見誤るなよ」
俺は空中のカタログから、『対人制圧用非致死性兵器』の項目をタップした。
「キュララ、リーザ。カメラを回せ。帝国の横暴を、全大陸のネットに生配信してやる」
「オッケー! 緊急生放送、スタートしちゃいまーす☆」
「悪徳役人の炎上動画で、さらに荒稼ぎですのぉぉ!」
ポポロ村を舞台にした、悪徳国家権力との『コンプライアンス(物理)バトル』が、今、ネットの海へと放たれようとしていた。
読んでいただきありがとうございます。
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