EP 9
「無茶な依頼と、遅すぎた変身バンク」
キメラのライオンの顎の奥で、赤黒い破壊の光がチリチリと音を立てて収束していく。
周囲の空気が焦げ、息をするだけで肺が焼けるような熱気が広場を覆い尽くそうとしていた。
あれが放たれれば、キャルルたちはおろか、背後にある村の防壁や民家までが跡形もなく消し飛ぶ。
「みんな、私の後ろに下がって!」
自警団リーダーのマンミアが、巨大なパイルバンカー付きのシールド『アグニ』を地面に突き立て、防御態勢を取る。
だが、その盾を持つ彼女の腕が微かに震えていた。防ぎきれる保証はどこにもない。
「陸人様! 早く逃げますの!」
リーザが俺の袖を引っ張るが、俺はその場から一歩も動かなかった。
逃げる場所などない。それに、俺がこの村を見捨てるという選択肢は、俺の事業計画書には一行も書かれていない。
視界に展開された赤いウィンドウを睨みつける。
【緊急クエスト A-058:ポポロ村を襲うキメラを撃退せよ】
【報酬:60,000P】
現在の俺の手持ちポイントは9,350Pだ。
あの理不尽な暴走キメラを文字通り『消滅』させるためには、地球の軍事規格すら超える高ランクの特装火器が必要になる。
カタログを素早くスクロールし、最適な納品物をロックオンする。
『多目的・無反動対装甲砲(対消滅弾頭搭載型):40,000P』
値段を見た俺は、静かに鼻で笑った。
「予算超過、権限不足、おまけに納期はコンマ数秒か。相変わらず、無茶を押し付けてくるクソみたいな取引先だ」
俺はネクタイを緩め、システムの隠しコマンドである『特例承認ルート』のパネルを呼び出した。
第一章の時、死蟷螂機を倒すために使った禁じ手だ。あの時は村の全財産を担保にレバレッジをかけて、無理やり与信枠をこじ開けた。
だが今は違う。
キュララというメガインフルエンサーの参入と、それに伴うバズ現象により、ポポロ村のGDPはたった一日で爆発的に跳ね上がっていた。
俺が背負う『村の信用(与信枠)』は、すでに数万ポイントの赤字を余裕で吸収できるほどに分厚くなっている。
【警告:所持ポイントが不足しています】
【特例措置:ポポロ村の拡大された総資産を与信枠として適用し、『強制受注』を実行します】
【代償として、次回の報酬から高率の利息が天引きされます。実行しますか?】
画面に警告の文字がポップアップする。
「……知ってるよ」
俺は、迫り来るキメラの破壊光線を真っ直ぐに見据えながら、静かに、だが確かな怒りを込めて言い放った。
「無茶な依頼を通すのが、俺の仕事だ」
——受注。
承認ボタンをタップした瞬間、世界が切り裂かれるような甲高い電子音が響き渡った。
キメラが咆哮を上げ、赤黒い極大のブレスを放とうとした、まさにそのタイミング。
ズドォォォォォンッ!!
俺の目の前の空間に光の魔法陣が展開され、空から巨大なオリーブドラブ色の金属コンテナが落下してきた。
コンテナは地面を深く抉り、自動でロックが解除される。
俺は一切の無駄な動きなくコンテナに手を突っ込み、中に鎮座していた無骨な鉄の筒——多目的・無反動対装甲砲を引きずり出した。
重さ数十キロはある極太の砲身だ。スーツの肩が軋み、腕の筋肉が悲鳴を上げるが、気合いで右肩に担ぎ上げる。
「なっ……陸人さん!? その武器は一体……!」
マンミアが驚愕の声を上げる。
「下がってろ。納品の確認だ」
俺はグリップを握りしめ、魔導照準器を覗き込んだ。
キメラの大きく開かれた口——その喉の奥で赤く輝くブレスの収束点に、照準の赤いターゲットマーカーがピタリと重なる。
ドバババァァァッ!
キメラの口から、ついに極大のブレスが放射された。
俺は息を止め、静かに引き金を引いた。
「納品完了だ」
ドガガガアアアンッ!!!
凄まじい爆発音と共に、無反動砲の砲口から対消滅弾頭が射出された。
魔法陣を纏った砲弾は、キメラが放った赤黒いブレスを正面から真っ二つに引き裂きながら、超音速で喉の奥へと吸い込まれていく。
一瞬の静寂。
カッ……!!
音が消えたかのように、強烈な閃光が広場を真っ白に染め上げた。
対消滅弾頭がキメラの体内で炸裂し、その莫大なエネルギーが暴走状態の魔獣を内側から完全に呑み込んだのだ。
ズギュウゥゥゥンッ! という空間が削り取られるような音と共に、五メートル近い合成魔獣の巨体は、一滴の血も、一片の肉片すら残さず、完全に素粒子レベルまで分解されて消滅した。
跡に残ったのは、焦げた地面と、吹き抜ける熱風だけだった。
「……ぐっ、重てぇ……」
俺は役割を終えた無反動砲を地面に放り投げ、痛む右肩を押さえながら息を吐き出した。
相変わらず、素人が撃つもんじゃない。反動吸収機能がついていても、生身のサラリーマンにはキツすぎる。
『ピコン』
【緊急クエスト A-058達成:ポポロ村を襲うキメラを撃退せよ】
【60,000Pを獲得しました】
【特例与信枠の相殺処理を実行します:-40,000P + 利息】
【現在の所持P:26,350P】
脳内で軽快な電子音が鳴る。
強制受注の借金と利息を引かれても、まだ二万ポイント以上が手元に残った。村のGDP拡大による恩恵は計り知れない。
「り、陸人様ぁぁぁッ! かっこいいですの! さすが私のプロデューサーですの!」
リーザが涙目で突進してきて、俺の腰に抱きついた。
「やめろ、肩が痛い」
「陸人さん! 本当に、何から何まで……!」
キャルルとマンミアも、安堵の表情でへたり込んでいる。
ニャングルに至っては、すでに広場に転がっているキメラのカプセルの残骸を拾い集め、「これ魔皇国の証拠品として高く売れるで……」と算盤を弾き始めていた。たくましい奴だ。
と、その時。
広場の隅でずっとピカピカと光り続けていた『変身用の光の繭』が、ついに弾け飛んだ。
「お待たせーっ! 愛と正義のメガインフルエンサー、キュララちゃん降臨っ☆ さあ、覚悟しなさ——」
白銀の聖騎士アーマー(フリルとリボン多め)を身に纏い、二丁拳銃を構えたキュララが、完璧な決めポーズで現れた。
だが、彼女の視線の先には、焦げた地面と、のんびりと空き缶を片付ける俺たちの姿しかない。
「——って、えええええええええ!?」
キュララが目玉を飛び出させんばかりに叫んだ。
「敵は!? さっきまでそこにいた超絶撮れ高バケモンは!? どこ行ったの!?」
「終わったぞ」
俺は落ちていた魔導ドローンカメラのレンズを指差した。
「お前が靴紐を結んでいる間に、俺が処理した」
「嘘でしょおおお!? 私の変身バンク、丸々カットじゃん! せっかくの『ピンチからの逆転神作画シーン』がぁぁっ! 撮れ高が〜〜っ!」
キュララが地面に膝をつき、両手で頭を抱えて絶叫する。
カメラのコメント欄には『お着替えおつw』『主役遅刻で草』『背広の兄ちゃん何者だよww』という草(w)の弾幕が猛烈な勢いで流れていた。
「……ふふん、アホ毛天使には良いお灸になりましたの。これからは私のおこぼれで生きていくといいですの」
リーザが鼻高々に腕を組む。
「うるさい貧乏魚! 絶対に編集で私がおいしいところを持っていくように切り抜いてやるんだから!」
騒がしいヒロインたちのやり取りを背に、俺は散らかった路地裏へと視線を向けた。
キメラを召喚した小悪党たちは、あまりの光景に腰を抜かし、その場で泡を吹いて気絶していた。自警団に引き渡せば、ドンガン地下鉱山行きかマグローザ漁船行きが確定だ。
だが、肝心の『魔獣カプセル』を密売していた主犯の二人——火原と鮫島の姿は、すでにどこにもなかった。
それに、あの不気味なクエストの依頼主欄——『(■■■■)』の正体も、まだ分かっていない。
「……逃げ足だけは早いな」
俺は微糖の缶コーヒーの最後のひとしずくを飲み干した。
面倒な火種は残ったが、今日はもう十分すぎるほど働いた。
残業代が出ないのなら、せめて打ち上げで経費を落とすのがサラリーマンの権利だ。
「おい、お前ら。後片付けは自警団に任せて、飯にするぞ」
俺が声をかけると、いがみ合っていたキュララとリーザがピタリと動きを止めた。
「今日は寿司屋だ。回るやつだがな」
「お寿司ッ!?」
「行く行くー! 撮れ高の代わりに高級マグローザ奢ってよね、プロデューサー!」
夕闇が迫るポポロ村の広場に、呆れるほど呑気な歓声が響き渡った。
俺たちは連れ立って、村のメインストリートにある『太郎回転寿司握り』へと歩き出した。
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