EP 8
「長すぎる変身バンクと、賽銭箱の吸引力」
ポポロ村の路地裏を駆け抜け、村の入り口付近へと続く大通りへ出たところで、逃走劇はあっけなく幕を閉じた。
「——そこまでです。大人しく投降しなさい」
立ちはだかっていたのは、巨大なパイルバンカー付きのシールド『アグニ』を構えたケンタウロスの女性、自警団リーダーのマンミアだった。
俺が魔導通信石で先回りして連絡を入れておいたのだ。
「ひぃぃっ! け、ケンタウロスの重装兵!?」
「クソッ、退路が塞がれたぞ!」
火原と鮫島、そして数人の小悪党たちの足がピタリと止まる。
後ろからは俺がゆっくりと距離を詰めていた。完全に挟み撃ちだ。
「おい、鮫島! テメエの偽装スキルでなんとかしろ!」
「無茶言わないでよ! ボクのスキルはステータスの文字を変えるだけで、本物の暴力には1ミリも勝てないんだから!」
青スーツの鮫島が半泣きで火原の背中に隠れる。
だが、追い詰められた鼠は時に猫を噛む。
彼らに付き従っていた小悪党の一人が、血走った目で懐から不気味な紫色の『魔獣カプセル』を取り出した。先ほど路地で売りさばこうとしていた粗悪なレプリカではない。密輸された本物のアバロン魔皇国産のカプセルだ。
「ふ、ふざけんな! ドンガンの地下鉱山で一生タコ部屋なんて御免だ! こうなったら、ひゃははは、皆道連れだぁぁッ!」
男が狂ったように叫び、魔獣カプセルを地面に思い切り叩きつけた。
パァァァンッ!
毒々しい煙が吹き上がり、空間が歪む。
現れたのは、ライオンの頭、山羊の胴体、毒蛇の尻尾を繋ぎ合わせたような、醜悪極まりない合成魔獣だった。
体長は五メートル近い。その全身から、圧倒的な殺気と魔力が立ち上っている。
『ピコン』
【クエスト E-050:暴走したキメラを足止めせよ】
【内容:村への被害が拡大する前に敵の動きを封じる】
【報酬:100P】
「やばっ、ガチのバケモン出たじゃん! みんな、下がって!」
その時、村の広場の方から呑気な声が響いた。
魔導ドローンカメラを連れ、スマホ片手に駆けつけてきたキュララだ。その後ろには、なぜか小豆色の芋ジャージを着たリーザと、村長のキャルルも続いている。
「わあ、すっごい大迫力! これ絶対撮れ高になるやつ! みんな、チャンネル登録よろしくね!」
キュララはカメラに向かってピースサインを決めると、一歩前に進み出た。
「聖なる光よ、私に力を! ホーリー・メイクアップッ☆」
キュララがポーズを決めると、彼女の足元に魔法陣が展開され、眩い光の粒子が舞い上がった。
どこからともなく、キラキラとした変身用BGMが流れ始める。
……十秒経過。
光の帯が彼女の身体を包み込み、リボンやフリルがゆっくりと形成されていく。
……二十秒経過。
彼女は光の中でクルクルと回転し、カメラ目線でウインクを飛ばしている。
……三十秒経過。
まだ変身している。
「……長いな」
俺は思わず呟いた。
「なんやアレ、舐めとんのか! 隙だらけやないかい!」
合流したニャングルも算盤を抱えながら呆れ果てている。
実戦において、数十秒も無防備な状態でポーズを決めるなど自殺行為だ。案の定、キメラは苛立ったように咆哮を上げ、光り輝くキュララに向かって突進を開始した。
「アホ毛天使だけに美味しいところは持っていかせませんの!」
突進するキメラの前に、リーザが飛び出した。
彼女は両手を広げ、己のユニークスキル『貧乏神』を解放する。
「お賽銭型掃除機、ダイソ〜〜ンッ!」
リーザの前に、異空間から古びた木製の『賽銭箱』と、掃除機の吸引ノズルが出現した。
ノズルがキメラに向けられた瞬間、キメラの身体を覆っていた禍々しい魔力と闘気が、文字通り『ズゴゴゴゴ!』という音を立てて賽銭箱の中へ強制吸引されていく。
「グルルォォ……!?」
突然ステータスを吸い取られ、キメラの動きがガクンと鈍った。
「よし、今です!」
その隙を見逃さず、キャルルがマッハの速度で地を蹴った。
彼女の足元には、俺が発注したタローマン特注の鋼鉄先芯入り安全靴。
「——月影流ッ!」
キャルルはキメラの懐に潜り込むと、両手のダブルトンファーで敵の前足を弾き飛ばし、そのまま無防備になった顎下へ強烈な膝蹴りを突き上げた。
「——顎砕きッ!」
ゴギャァッ!
重低音と共に、五メートル近いキメラの巨体が宙に浮き、数メートル後方へ吹き飛ばされて地面に激突する。
『ピコン』
【クエスト E-050達成:暴走したキメラを足止めせよ】
【100Pを獲得しました】
【現在の所持P:9,350P】
「やりました!」
「ふふん、私のサポートのおかげですの!」
キャルルとリーザがハイタッチを交わす。
だが、俺の視界の端で赤く明滅し続ける『緊急クエスト A-058』のウィンドウは、まだクリア判定を出していなかった。
『グォォォォォォォッ!!』
土煙の中から、キメラが赤黒い血を吐きながら立ち上がった。
顎を砕かれたというのに、その傷口からはブクブクと肉芽が膨れ上がり、異常な速度で自己再生を始めている。アバロン魔皇国の裏ルートに流れるような違法魔獣だ。リミッターが外れた暴走状態に陥っている。
「嘘、再生してる……!」
キャルルがトンファーを構え直すが、先ほどの一撃で彼女もかなり体力を消耗している。
キメラは狂乱状態となり、大きく息を吸い込んだ。ライオンの口の奥で、周囲を消し炭にする極大の魔力ブレスが圧縮され始めている。
あれを撃たれれば、背後にある村の防壁ごと吹き飛ぶ。
「おい、キュララ! いつまで着替えてる!」
俺が怒鳴ると、光の繭の中から呑気な声が返ってきた。
「あともうちょっと〜! 今、ブーツのヒモを結んでるから〜!」
「遅すぎる」
俺はスーツのネクタイを緩め、静かに息を吐いた。
キャルルの打撃も、リーザのデバフも効果はあった。だが、決定打にはならない。
この暴走したキメラを完全に消滅させるには、圧倒的な、それこそ理不尽なまでの物理的破壊力が必要だ。
俺は空中のカタログを開き、『拠点防衛用・対戦車重火器』の項目をスワイプした。
【現在の所持P:9,350P】
村のバズ効果でポイントはかなり貯まっていたが、Aランクの魔獣を一撃で粉砕する特装兵器を買うには、まだ桁が足りない。
「……仕方ない」
俺は迫り来る死の予兆を前にしても、不思議なほど頭が冷えていた。
赤く明滅するウィンドウを睨みつけ、システムに隠された『裏ルート』の操作パネルを呼び出す。
キメラの喉の奥で、破壊の光が臨界点に達しようとしていた。
読んでいただきありがとうございます。
面白いと思っていただけましたら、★評価やブックマークで応援していただけると励みになります。




