EP 7
「情報商材屋のメソッドと、未来を予知する依頼書」
キュララの配信がもたらしたバズは、ポポロ村に莫大な外貨を落とす一方で、予想通りの『副作用』をもたらしていた。
人が集まるところには、金が集まる。
そして金が集まるところには、必ずそれを掠め取ろうとするハエが群がってくる。
「……おい、あそこの路地裏。またガラの悪いのが溜まってるぞ」
「ホンマやな。観光客に紛れて、治安の悪い連中が入り込みよった。自警団のマンミアはんも、見回りだけで手一杯や」
タローソンの前で微糖の缶コーヒーを飲みながら、俺は隣のニャングルと共に村外れの薄暗い路地へと視線を向けた。
村の知名度が上がり、外からの出入りが激しくなった結果、怪しげな行商人やチンピラが入り込むようになったのだ。
村のコンプライアンス維持も、調達係である俺の仕事の一環だ。俺は空き缶をゴミ箱に捨て、路地へと足を踏み入れた。
『ピコン』
【クエスト E-048:村内の不審な動きを偵察せよ】
【内容:治安悪化の原因を特定する】
【報酬:50P】
半透明のウィンドウを横目に、足音を殺して路地の奥へと進む。
そこでは、数人の柄の悪い小悪党や駆け出しの冒険者たちを相手に、二人の男が怪しげな実演販売を行っていた。
「いいかい、みんな! まだ自分の剣を振ってゴブリン狩りで消耗してるの? 時代は『不労所得』だよ。ボクのサロンに入れば、三ヶ月で誰でも月収金貨百枚のトップ冒険者になれるメソッドがあるんだよね!」
胡散臭いテカテカの青スーツを着た男——鮫島が、前世の六本木にいそうな情報商材屋の口調で熱弁を振るっている。
その隣には、ドロドロのニッカポッカを履き、首に物騒な機械の首輪をつけたガテン系の男——火原が、腕を組んで凄みを利かせていた。
「おうおうおう! 見てみろや、この『魔獣カプセル』をよ! 投げるだけで最強の使い魔が飛び出して、テメエらの代わりに敵をミンチにしてくれる魔法のアイテムだ! アバロン魔皇国の闇ルートから特別に引っ張ってきてやったんだぞ!」
「サロン生限定で、今ならこのSSR神話級魔獣入りカプセルを、特別に金貨五枚で譲っちゃうよ! ほら、鑑定水晶でステータスを見てごらん!」
鮫島が紫色のカプセルを水晶に当てると、『SSR・攻撃力+5000・神話級』という眩い文字が空中に浮かび上がった。
それを見た駆け出し冒険者たちが「すげえ!」「これで俺も英雄だ!」と歓声を上げ、なけなしの金貨を差し出そうとしている。
「ちょっと火原さん、カプセルの見栄えが悪いよ! もっとちゃんと複製できないの!?」
「あぁん!? 贅沢言ってんじゃねえぞ! こちとら気泡が入らねえように、気合いで練ってコピーしてんだよ! 文句あんならテメエで作ってみろや!」
「ひっ……! 暴力反対! ボクの偽装スキルがなきゃ、アンタの作ったもんなんてただの粘土玉じゃないか!」
……なるほど。構造は理解した。
ニッカポッカの男がオリジナルのアイテムを『劣化複製』し、青スーツの男がその表面のステータスだけを『偽装』している。
粗悪品にハッタリのラベルを貼って売りつける、古典的だが悪質な抱き合わせ商法だ。
「おい、そこのお前ら」
俺は路地の影から歩み出た。
「その『SSR・神話級魔獣カプセル』とやら。クーリングオフは適用されるのか?」
「あぁ? なんだテメエ、冷やかしなら引っ込ん——」
火原が凄もうと振り返り、俺のスーツ姿を見て訝しげに眉をひそめた。
「……おい鮫島。なんだこのリーマンみたいな野郎は。こんな田舎村にスーツなんざ着てる奴がいるのかよ」
「し、知らないよ! だけど、ボクたちのビジネスを邪魔する気なら容赦しないよ! こっちにはSSRのカプセルがあるんだからね!」
鮫島が威勢よく叫ぶが、その足は小刻みに震え、火原の背中に隠れようとしている。典型的なチキンだ。
「SSRね」
俺は歩み寄りながら、彼らが並べているカプセルの一つを手に取った。
軽く振ってみる。カラカラと、ひどく安っぽい音がした。
「魔皇国の純正魔獣カプセルなら、外殻は高密度の魔晶石でコーティングされているはずだ。だが、こいつは比重が軽すぎる。魔力伝導率の低い樹脂か何かで形だけ真似た『粗悪なコピー品』だろ。中に込められた召喚術式も、劣化しきっていて正常に起動するか怪しいな」
「なっ……!?」
「それに、鑑定結果の表記だけが『SSR』になってるが、カプセル自体の魔力残量がゼロに近い。ステータス偽装の能力か何かで、文字だけを書き換えているだけだ。……違うか?」
俺の指摘に、火原と鮫島は顔を見合わせた。
前世で、パチモノ資材を納品しようとした下請け業者を詰めた時のノウハウだ。中身のないハッタリは、原価と素材の計算を突きつければ一瞬で崩れる。
「あ、あんた! 何を根拠に営業妨害を——!」
「根拠ならある」
俺は空中のウィンドウを開いた。
『魔導通信石・録音特化型(ボイスレコーダー機能):30P』
手のひらに現れた黒い石を掲げる。
「今の商談のやり取りは、すべてこれで録音させてもらった。お前らが不良品を不当な価格で売りつけようとした証拠だ」
「なっ! て、てめえ……!」
「すでに自警団のマンミアと、村長のキャルルには連絡済みだ。キャルルは『心音による嘘発見器』だ。お前らの言い逃れは一切通用しない。……お縄につくか、ドンガンの地下鉱山で強制労働させられるか、好きな方を選べ」
俺が静かに冷たく言い放つと、鮫島の顔から血の気が完全に引いた。
「ひ、ひぃぃぃっ! け、警察!? 嘘看破!? いやだ、もうコロシアムの奴隷には戻りたくないぃぃっ!」
鮫島は即座に脱糞でもしそうな勢いで悲鳴を上げ、その場に土下座した。
「全部コイツが悪いんですぅ! ボクはただ、情報商材を売ってただけで、不良品を作ったのは火原さんで——」
「テメエッ! すぐ裏切りやがって! フザケんな!」
火原が鮫島の胸ぐらを掴んで怒鳴り散らす。
見事なまでの内ゲバだ。
『ピコン』
【クエスト E-048達成:村内の不審な動きを偵察せよ】
【50Pを獲得しました】
【現在の所持P:9,250P】
「さあ、大人しく——」
俺が一歩踏み出し、彼らの身柄を押さえようとした、その時だった。
『ピコン』
『ピピピピピッ!』
突如、俺の視界に展開されていたウィンドウが、不気味な赤色に染まり、激しく明滅し始めた。
エラー音にも似た警告音が脳内を叩く。
「……なんだ?」
俺は足を止め、空中の画面を凝視した。
そこに表示された新たなクエストの文字列を見て、俺は思わず息を呑んだ。
【緊急クエスト A-058:ポポロ村を襲うキメラを撃退せよ】
【内容:村を破壊しようとする合成魔獣を討伐し、被害を最小限に抑える】
【依頼主:(■■■■)】
【報酬:60,000P】
「キメラを撃退せよ……?」
俺は周囲を見回した。
路地裏には、内ゲバで取っ組み合いをしている火原と鮫島、そしてカモにされかけていた小悪党たちしかいない。
村のどこからも、悲鳴や爆発音は聞こえてこない。
平和な午後だ。誰も、キメラになんて襲われていない。
「……どういうことだ。まだ、何も起きていないのに」
俺のスキル【クエスト】は、所有者の『現在状況』に応じたタスクを自動生成するシステムのはずだ。
未来に起こることを予知して、先回りして依頼を出してくるような機能はない。
それに、依頼主の項目がバグのように黒く塗りつぶされているのも初めて見る現象だ。
——このクエスト、誰が発行した?
背筋に冷たいものが走る。
俺が赤いウィンドウに気を取られ、ほんの数秒だけ意識を逸らした隙を、土木作業員上がりの火原が見逃さなかった。
「……隙ありだコラァッ! 鮫島、小僧ども、逃げるぞ!」
「ひゃああっ! 待って、置いてかないでぇぇっ!」
火原が鮫島の襟首を掴み、路地の奥へと猛然と走り出した。取り巻きの小悪党たちも慌てて後を追う。
しまった、逃げられたか。
俺は舌打ちをし、すぐさま連中を追おうと走り出そうとした。
だが、俺の視界の端で赤く明滅し続ける不気味なクエストウィンドウが、この後に起こるであろう『最悪の事態』を、静かに、そして残酷に予言し続けていた。
読んでいただきありがとうございます。
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