EP 6
「顔面パンチの拡散と、傷害事件の収益化」
キュララの大食い配信の翌朝。
ポポロ村のメインストリートは、異様な活気に包まれていた。
「フフフ……完璧ですの。見なさい、この目も眩むような黄金の輝きを!」
ゴルドスマイル銀行ポポロ村支店の窓口で、リーザが高らかに笑い声を上げていた。
彼女がカウンターに叩きつけたのは、一枚の硬貨。
中央に丸い穴が空いた、地球の『五円玉』だ。タローソンの裏で拾ったそれを、彼女は昨晩、一睡もせずに金属磨きでゴシゴシと磨き上げ、鏡面仕上げのピカピカ状態にしていたのである。
「いらっしゃい。……なんや、魚の姉ちゃんか。今日はなんの用や」
カウンターの奥から、支店長のニャングルがキセルを吹かしながら気怠げに顔を出した。
「ふふん! 預金ですの! この新種の金貨を私の口座に入れて、利子で一生遊んで暮らしますの!」
「……は?」
ニャングルはキセルを置き、リーザがドヤ顔で差し出した五円玉をつまみ上げた。
猫耳族の鋭い五感と、ゴールドランク商人の鑑定眼が、その硬貨の成分を〇・二秒で解析する。
「……おどれ、舐めとんのか。これ、ただの真鍮やないかい」
「し、新種の金貨ですわ! ピカピカ光ってるでしょ!? 私のこの純真な瞳を見て、疑うんですの!?」
「アホちゃうか。こんなモン、銅貨一枚の値打ちもあらへんわ! ウチの銀行をコケにすなァッ!」
——ドゴォォォォンッ!!
ニャングルの右ストレートが、ノータイムでリーザの顔面に炸裂した。
「あべばぁっ!?」
凄まじい衝撃音と共に、リーザの身体が銀行のカウンターを飛び越え、宙を舞って床に激突する。
完璧なまでの顔面パンチだった。
「……あーあ。またやってるよ、あの貧乏魚」
その光景を、銀行の入り口付近で魔導ドローンカメラを構えながら眺めていた天使がいた。
キュララだ。
彼女は村の日常風景を『朝のVlog配信』として生中継している最中だった。
そして、そのカメラは、ド底辺アイドルが自作自演の偽金詐欺を働き、猫耳の銀行員に顔面を殴り飛ばされるという一連のコントを、バッチリと画角に収めていたのである。
「みんな見た〜? 今のがポポロ村の朝の日常風景でーす☆ それじゃあ、今日も一日頑張ろ〜!」
キュララは悪びれもせずピースサインを決めて配信を切った。
この何気ない十数秒のクリップ映像が、大陸の魔導通信網(SNS)で核爆発を起こすことになるとは、この時の俺は知る由もなかった。
◆
「——陸人! えらいこっちゃ! 見てみいこれ!」
午後。ポポロ・コーポの俺の部屋に、ニャングルが血相を変えて飛び込んできた。
彼が差し出した魔導通信石の画面には、今朝の『顔面パンチ事件』の切り抜き動画が再生されていた。
『【悲報】底辺みかん箱アイドル、偽金で銀行詐欺を試みワンパンKOされるwww』
そんな刺激的なタイトルが付けられた動画の再生数は、すでに一千万回を突破している。
コメント欄は完全にカオスだった。
『クッソワロタwww 顔面への入り方が綺麗すぎる』
『真鍮を金貨って言い張る度胸だけは評価する』
『この猫耳の銀行員、容赦なさすぎて推せるわ』
『ここが昨日キュララちゃんが引っ越したっていうポポロ村? ガチで魔境じゃん行ってみたーい!』
「……バズったな」
俺は微糖の缶コーヒーを置き、静かに呟いた。
昨日からじわじわと伸びていたポポロ村のトラフィックが、この動画を火種にして一気に臨界点を突破したのだ。
暴力的なまでの拡散力。だが、俺が驚いたのは動画の再生数ではない。
ニャングルのその後の対応の早さだった。
「陸人! ぐずぐずしとる暇はないで! すでに隣町から、あの動画を見た野次馬どもが馬車で押し寄せてきとる! いますぐ『関連グッズ』の発注や!」
「関連グッズ?」
「せや! 人が集まっとるのに、タダで帰すアホがおるか! ここは観光地化して、一気に外貨を搾り取るで!」
ニャングルは算盤をガシャガシャと弾きながら、俺にメモ用紙を叩きつけた。
「まずはあの『偽金(五円玉)』のレプリカキーホルダーや! それから、ワイがパンチしてるイラストのTシャツ! さらに、銀行の窓口で『パンチ体験撮影会(銀貨一枚)』のチケットも売るで!」
「……お前、自分の傷害事件をグッズ化する気か」
「アホ! 炎上は薪や! 燃えとるうちにくべな意味がないんじゃ! アイツ(リーザ)にも撮影会のサンドバッグ役として日当払うたるから、文句は言わせん!」
「やりますの! 日当が出るなら何発でも殴られますのぉぉ!」
いつの間にか部屋に侵入していたリーザが、鼻血を出したまま親指を立てた。アイドルの矜持はどこに行ったんだ。
『ピコン』
俺の視界に、新たなウィンドウがポップアップした。
【クエスト C-045:突発的なバズを収益化せよ】
【内容:急増する観光客に対応するための物販とインフラを整備する】
【報酬:3,000P】
「なるほど、そういうことか」
俺はネクタイを締め直し、小さく笑った。
悪名だろうが炎上だろうが、集客は集客だ。それに、ニャングルの言う通り、トラフィックを金に換える導線がなければ意味がない。
「わかった。グッズの生産ラインと、観光客用の仮設トイレ、それに交通整理のカラーコーンを発注する。ニャングル、お前は屋台の手配をして弁当を売りさばけ」
「任しとき! 村の芋シチュー、観光価格で完売させたるわ!」
その日の午後から、ポポロ村は前代未聞の観光ラッシュに見舞われた。
「ここがあのワンパン銀行か!」
「すいませーん、記念にパンチしてくださーい!」
「偽金キーホルダー、一つちょうだい!」
ルナミス帝国や獣人王国から、キュララの配信を見た若者たちや物見遊山の冒険者が次々と押し寄せてくる。
ニャングルは窓口で「ハイ、銀貨一枚な!」と現金を回収しながら、観光客相手に寸止めのパンチを繰り出し、記念撮影に応じている。
リーザは「私を殴った拳ですの! 縁起物ですの!」と叫びながら、俺が発注した五円玉のレプリカグッズを飛ぶように売り捌いていた。
村の経済が、目に見えて急回転し始めている。
俺は村の広場の隅で、その狂騒を眺めながら空中のシステム画面を開いた。
【ポポロ村GDP推移:急上昇中】
【経済規模の拡大に伴い、与信枠(発注上限)を拡張します】
『ピコン』
【クエスト C-045達成:突発的なバズを収益化せよ】
【3,000Pを獲得しました】
【現在の所持P:4,450P】
【発注上限:7,900P → 9,200P】
「……数字が、動いた」
俺は思わず拳を強く握りしめた。
第一章の終わりからピタリと止まっていた『発注上限』のバーが、目に見えて右に伸びている。
キュララというメガインフルエンサーを村に引き入れ、その発信力を利用して村の知名度を上げる。
人が来れば金が落ちる。金が落ちれば村が豊かになる。
村が豊かになれば、俺の【クエスト】で取り寄せられる地球の物資のグレードが上がる。
「(間違いない。この村を『外に売る』ことが、俺の戦力を強化する最短ルートだ)」
俺は確信を得て、深く息を吐き出した。
これで、いざという時に切り札となる『強制受注』への依存を減らし、純粋な資金力で高ランクの兵器や機材を常備できるようになる。
だが、光が強くなれば、当然その影もまた濃くなる。
バズによって村に押し寄せたのは、ただの陽気な観光客だけではなかった。
「……おい、鮫島。ここが噂のポポロ村らしいな。随分と景気が良さそうじゃねえか」
「そうだねぇ、火原さん。田舎のくせに情報弱者のカモがいっぱい歩いてるよ。これなら、例の『商品』も飛ぶように売れそうだねぇ」
村外れの暗がり。
泥だらけのニッカポッカを履いたガテン系の男と、テカテカの青スーツを着た胡散臭い男が、人の波に紛れてポポロ村の境界をまたいでいた。
その手には、アバロン魔皇国の闇ルートで密輸されたという、不気味な紫色の『魔獣カプセル』が握られている。
村の急激な知名度上昇は、同時に『悪意』のターゲットにされるリスクをも跳ね上げていたのだ。
俺の与信枠が拡張されたその日の夕暮れ。
次なる理不尽なトラブルが、静かに村の内部へと侵食し始めていた。
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