EP 5
「大食いヤラセ配信と、バックヤードの飢餓獣」
翌日の昼下がり。ポポロ・コーポ104号室の即席スタジオは、暴力的なまでの油とタレの匂いに包まれていた。
カメラの前にズラリと並べられたのは、ルナキン・ポポロ支店に特注した『豚神屋インスパイア・超極厚マシマシカツ丼』十杯である。
「はーい、全大陸のみんな〜! 今日はポポロ村のスペシャルメニュー、限界突破のドカ盛りカツ丼十杯に挑戦しちゃいまーす!」
キュララがカメラに向かって元気にウインクを決める。
彼女の華奢な体格と、目の前に積まれた暴力的なカロリーの山の対比に、魔導モニターのコメント欄は『絶対無理だろw』『天使の胃袋どうなってんの』と早くも大盛況だ。
「それじゃあ、いただきまーす♡」
キュララが綺麗に両手を合わせ、一杯目のカツを小さく一口だけかじる。
「ん〜! お肉がサクサクでジューシー! 醤油草のタレが染みてて最高〜! これなら十杯くらい余裕かも〜!」
カメラに向かって最高のアイドルスマイルを振り撒いた、その数秒後。
「——はい、暗転!」
キュララの小声の合図と共に、俺は操作パネルを叩き、配信画面を『※スタッフが美味しくいただきます』という可愛いイラストのテロップ画像に切り替えた。音声マイクも一時ミュートにする。
その瞬間だった。
スタジオの死角に立てていた衝立の裏から、小豆色の芋ジャージが弾丸のように飛び出してきた。
「うおおおおおおッ! カツ丼! カツ丼ですわぁぁぁぁぁッ!!」
昨夜から水しか飲まず、極限の飢餓状態にまで自らを追い込んでいた人魚の王女、リーザだ。
彼女は箸など使わない。両手で丼を鷲掴みにすると、文字通りダイソンのごときバキューム力で、極厚のカツと大盛りの米麦草を己の胃袋へと吸い込み始めた。
「はぐっ、むぐっ、あむあむあむッ! お肉! 油! 炭水化物! たまんないですのぉぉ!」
「ストップストップ! 魚! アンタ食べるの早すぎ! ちゃんと最後の一口分だけ私の丼に残しておきなさいよ!」
「うるさいですの! これは私の尊い労働対価ですの! ズゴゴゴゴゴ!」
カメラの死角で繰り広げられる、醜悪極まりない残飯処理争奪戦。
俺は部屋の隅に置いたパイプ椅子に座り、ひたすら伝票の束と睨み合っていた。
「……カツ丼十杯で銀貨三十枚。照明の電気マナ代、配信のサーバー使用料、それにリーザに与える食後の陽薬茶の代金。しめて銀貨五十枚といったところか」
俺はボールペンの尻でトントンと机を叩いた。
「だが、キュララの配信に入っているスパチャの額は、開始五分ですでに金貨百枚(約百万円)を超えている。……原価率が完全にバグってるな」
仕入れコストに対し、利益率が異常すぎる。
これがインフルエンサービジネスの闇か。前世で資材の原価を数円単位で削るために頭を下げていた俺のサラリーマン時代が、ひどく虚しく思えてくる。
「むぐっ、ごふっ……げほっ!」
「おい、詰まらせるな。本番中だぞ」
喉にカツを詰まらせて白目を剥きかけたリーザに、俺は冷静にペットボトルの水を渡した。リーザはそれを一気飲みし、「ぷはぁっ! 復活ですの!」と七杯目の丼に食らいつく。
『ピコン』
【クエスト E-041:大食い企画の裏方業務を完遂せよ】
【内容:配信事故を防ぎ、やらせを完遂する】
【報酬:50P】
【クエスト達成】
【50Pを獲得しました】
【現在の所持P:1,450P】
地味な裏方仕事にもクエストの判定が出るのはありがたい。
開始からわずか五分。リーザは脅威の速度で9.8杯のカツ丼を食い尽くし、最後の丼に一口分のカツとご飯だけを残して床に転がった。
「げふぅ……満腹ですの……神様仏様キュララ様ですの……」
膨れ上がったお腹をさすりながら、満足げに笑うリーザ。昨日までの「太客を奪い返す」という気概は、完全に胃袋の彼方へと消え去っていた。
「ったく、本当に食い意地だけは一丁前なんだから。……それじゃあ、陸人。画面戻して!」
キュララが口元をナプキンで拭き、再びアイドルスマイルを装着した。
俺はスイッチを切り替え、テロップからライブ映像へと戻す。
「はーい! 見てくださいみんな〜! 最後の十杯目、あと一口でーす! んっ……もぐもぐ。ごちそうさまでしたー♡」
キュララが空っぽになった十個の丼をカメラに向けた瞬間、魔導モニターのコメント欄が爆発した。
『マジで食った!』
『あの細い体で十杯!?』
『天使の胃袋ブラックホール説』
『神食いキター!!』
赤や黄色の高額スパチャが、雨あられと画面に降り注ぐ。
「ふふっ、みんな応援ありがとう! これからもポポロ村から、美味しくて楽しい配信をいっぱい届けるからね! チャンネル登録と高評価、よろしくお願いしまーす☆」
キュララの完璧なエンディングトークと共に、配信枠は終了した。
「お疲れ様ーっ! いやー、今日の枠もめちゃくちゃ数字跳ねたね!」
キュララが大きく伸びをしながら、魔導通信石の売上画面を確認する。
「陸人、見てよこれ。今日の利益、金貨五百枚(約五百万円)いってるよ!」
「……見事なもんだ。これでまた、村のGDPに上乗せができる」
俺はため息をつきながら立ち上がった。
やらせだろうが何だろうが、稼いだ金は本物だ。村の経済を回し、俺の『調達上限』を拡張するためには、この天使の集客力を最大限に利用するしかない。
床に転がっているリーザの腹を軽く小突く。
「おい、起きろ。食うだけ食って寝るな。スタジオの片付けを手伝え」
「むにゃ……もう食べられませんの……石油王さん、お寿司のおかわりは結構ですの……」
完全に寝言をほざいている。
「仕方ない。俺が片付けるか」
俺は空になった丼を重ねながら、魔導モニターのバックグラウンドで動いているアナリティクス(視聴者分析)の画面に目を向けた。
「……ん?」
配信はすでに終了しているというのに、チャンネルの登録者数と、ポポロ村に関する検索トラフィックの数字が、じわじわと、だが確実に右肩上がりを続けている。
ただの大食い配信の余波にしては、少し異常な伸び方だ。
「おい、キュララ。この数字の伸びはなんだ? どこかのまとめサイトにでも転載されたのか?」
「えっ? うーん、特にそういう通知は来てないけど……あ、待って。SNSのトレンドワードに『ポポロ村』が入ってる!」
キュララが目ざとく画面をスクロールする。
そこには、俺たちがまだ気づいていない、別ベクトルの『バズ』の予兆が静かに息を潜めていた。
この異常な熱狂が、翌日、ポポロ村の経済と治安をさらなるカオスの渦へと巻き込むことになろうとは、俺の商社仕込みの予測モデルでも計算しきれていなかったのだ。
読んでいただきありがとうございます。
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