EP 4
「赤スパの石油王と、貧乏魚の宣戦布告」
「……少し照明の角度を下げるぞ。逆光で顔に影が落ちてる」
「あ、もうちょっと右! そうそう、そこの角度が一番盛れるの! さすがプロデューサー、分かってるぅ〜!」
ポポロ・コーポ一階、空き部屋だった104号室。
俺は脚立に上り、地球のカタログから発注した『配信用LEDリングライト』と『高音質コンデンサーマイク』のセッティングを行っていた。
月収二億のメガ・ゴッドチューバー、キュララ・アルセルラの新スタジオ構築作業である。
『ピコン』
【クエスト D-040:新規スタジオの配信環境を構築せよ】
【内容:要求された撮影機材を的確に配置する】
【報酬:200P】
【クエスト達成】
【200Pを獲得しました】
【現在の所持P:1,400P】
よし。手持ちのポイントで機材を立替発注し、きっちりクエスト報酬でペイした。
前世で社内イベントのPA機材を一人でセッティングさせられた経験が、まさか異世界で天使の配信スタジオ作りに活きるとは思わなかった。
「準備完了だ。いつでもいけるぞ」
「おっけー! それじゃあ、ポポロ村からの記念すべき初回配信、スタートッ!」
キュララが魔導通信石のカメラに向かって、とびきりのアイドルスマイルを作った。
頭上の光輪が、カメラのオンに合わせてキュイーンと鮮やかに発光する。
「全大陸のみんな〜! お待たせっ! あなたのハートをスナイプする、キュララちゃんだよ〜☆ 今日はなんと、帝都を飛び出して新しい拠点にお引っ越ししましたっ!」
空中に投影された魔導モニターに、すさまじい速度でリスナーのコメントが滝のように流れ始めた。
『キュララちゃん移住!?』『どこそこ? 背景がボロいアパートに見えるんだけど草』『また新しい銃買った?』
同接(同時接続者数)のカウンターが、開始数分で五十万人を突破している。とんでもないトラフィックだ。
「えへへ、ここはね、ルナミス帝国と獣人王国の国境にある『ポポロ村』ってとこ! 村長さんがめちゃくちゃ可愛いウサギ耳の女の子なんだけど、怒るとマッハで蹴り飛ばしてくるんだよ〜。あとね、畑のキャベツが軍の不倫ネタを喋るの! ウケるでしょ?」
キュララが村の特異性を面白おかしくプレゼンし始めた。
背後で腕組みをして見学していたニャングルが、キセルを咥えたまま震える声で呟いた。
「……エグい集客力やで。ワイがどんだけチラシ配っても届かん層に、一瞬で村の名前が拡散されとる。これがインフルエンサーの力っちゅうやつか」
「ああ。村の知名度は、これで確実に大陸全土へ広がる」
俺は静かに頷いた。
その時だった。
魔導モニターの画面全体が、突如として真っ赤に染まった。
高額の投げ銭——通称『赤スパチャ』のエフェクトだ。
『ユーザー:砂漠の黒き血・石油王』
『金額:金貨100枚(100万円相当)』
『コメント:キュララちゃん、新スタジオ移転おめでとう! 引越し祝いに、今からそっちへルナ・イーツで高級マグローザの特上寿司桶を出前するよ! 住所公開して!』
「わぁっ! 石油王さん、いつも赤スパありがとう〜♡ お寿司めっちゃ嬉しい! ええと、住所はポポロ村の……」
キュララがカメラに向かって投げキッスを飛ばした、次の瞬間。
部屋の入り口から、地獄の底から響くような怨嗟の叫び声が轟いた。
「——せ、石油王ぉぉぉぉぉッ!?」
ドバンッ! とドアを蹴り開けて乱入してきたのは、小豆色の芋ジャージを着た人魚の少女——リーザだった。
彼女は目を血走らせ、モニターに表示された『石油王』のアイコンを指差してワナワナと震えている。
「そのアイコン! その名前! 間違いないですの! 路上で歌ってた私に、一度だけ金貨を投げようとして(※貧乏神スキルのせいで途中でドブに落ちて消えたが)、それ以来ずっと私の配信を『君の歌は面白いね』って見てくれていた、私の、私の唯一の太客ですのぉぉ!!」
「……」
俺は頭を抱えた。どうやら昨夜、リーザが「太客を吸い取られた」とブツブツ言っていたのは被害妄想ではなく、事実だったらしい。
「私の……私のお寿司……! じゃなくて、私の石油王を取ったのはお前かあああッ!!」
リーザがみかん箱の破片を握りしめ、キュララに向かって猛然と飛びかかった。
「きゃっ!? ちょっと、配信中に入ってこないでよ!」
キュララがヒラリと身をかわし、リーザは顔面からフローリングにズサーッと滑り込んだ。
キュララは冷ややかな目で、床に這いつくばる芋ジャージの少女を見下ろした。
「な〜に、この貧乏魚。太客を取られた? 勘違いしないでよね。リスナーはより魅力的なコンテンツに課金する自由があるの。それが資本主義のアルゴリズムってやつでしょ? 悔しかったら、私よりバズってみなさいよ」
「ギギギギギ……ッ! 言いましたわね、このアホ毛天使! アンタのその余裕な顔、絶対に引き攣らせてやりますのぉぉ!」
二人の間に、バチバチと青白い火花が散った。
俺はため息をつき、手近にあったダンボール箱を二人の間にドンッと置いて物理的に距離を離した。
「静かにしろ。本番中だぞ」
「陸人様! プロデューサーなら私の味方をしてくださいの!」
「俺は村の利益になる方の味方だ」
俺は冷静に算盤を弾いていた。
リーザの言う通り、太客を奪われたのは不憫だ。だが、キュララが稼ぎ出した金貨一百枚のスパチャは、設定上ニャングルの『ゴルドスマイル銀行ポポロ支店』の彼女の口座に振り込まれる。
つまり、この村に一瞬で百万円の外貨が落ちたということだ。
「(……すさまじい効率だ。俺が弁当事業でコツコツ稼ぐより、よっぽど手っ取り早い)」
俺が内心で唸っていると、キュララはカメラに向かってニッコリと微笑んだ。
「あはは、ごめんねみんな〜! うちの新しいペットの魚が暴れちゃって! それじゃあ、引っ越し祝いのお寿司が届くまでの間、新企画の発表をしちゃいましょう!」
キュララはバンッと効果音を口で鳴らし、フリップ代わりのスケッチブックを掲げた。
「明日の配信は——『限界突破! 下級天使が豚神屋の激重カツ丼、10杯大食いに挑戦してみた!』をお送りしまーす!」
モニターのコメント欄が『マジで!?』『あの細い体で!?』と一気に沸き立つ。
俺は思わず眉をひそめた。
天使の胃袋の構造は知らないが、昨日彼女が食べていた量はごく普通の少女のものだった。どう考えても、ドカ盛りのカツ丼を十杯も食えるわけがない。
不意に、キュララがカメラの死角で、床にへたり込んでいるリーザに向かって「ニヤリ」と邪悪な笑みを向けた。
「ねえ、そこの貧乏魚。お腹、空いてない?」
「……へ?」
「私の太客を奪い返したいなら、まずは私に『協力』して稼がせてみなさいよ。お駄賃として、カツ丼くらいならお腹いっぱい食べさせてあげるからさ」
リーザの喉が、ゴクリと大きく鳴った。
アイドルのプライドと、極限の飢餓感。
二つの天秤が激しく揺れ動く中、ポポロ村からの初配信は、同接百万人という驚異的な数字を叩き出して終了したのだった。
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