EP 3
「二億の配信者と、独占配信権の等価交換」
リーザの足元から突き出た黒い棘——影に潜んでいた魔獣の奇襲を、キャルルの蹴りが間一髪で弾き飛ばした。
「——月影流・鐘打ちッ!」
タローマン特注の安全靴が、黒いモヤのような獣の頭部を捉え、寺の鐘を撞いたような重低音を響かせる。
吹き飛んだ影の魔獣が、唸り声を上げて体勢を立て直そうとした、その瞬間だった。
「もー、せっかくの食レポ配信が台無しじゃないの! ホーリー・メイクアップッ☆」
背後のネットから抜け出したキュララが、無駄に派手な光の粒子を撒き散らしながら叫んだ。
白銀の聖騎士アーマーを装着するのかと思いきや、光が収まった彼女の手に握られていたのは、剣ではなく鈍く光る『九ミリ魔導自動拳銃』だった。
彼女はドローンカメラに向かってウインクを決めると、一切の躊躇なく引き金を引いた。
パンッ! パンッ! パンッ!
寸分の狂いもなく眉間を撃ち抜かれた影の魔獣は、断末魔を上げる間もなく光の粒子となって消滅した。
「ふぅ、ヘッドショット完了〜♡ みんな、ナイススパチャありがとうね!」
キュララが銃口の煙を吹き飛ばし、カメラにピースサインを送る。
「……天使が銃をぶっ放すのか」
「鎧なんて重いし肩こるし、撃たれる前に遠くから撃ち抜けば防具なんていらないでしょ?」
キュララは悪びれもせず、拳銃をホルスターに収めた。
なるほど、極めて合理的だ。俺は少しだけ、この派手な天使への評価を改めた。
『ピコン』
【緊急クエスト C-036(更新)達成:天使族の少女を保護せよ】
【3,000Pを獲得しました】
【現在の所持P:4,200P】
脳内でウィンドウが弾け、ポイントが加算される。
どうやら、あの影の魔獣が『迫り来る脅威』だったらしい。光り輝く彼女の光輪に引き寄せられた野良の魔獣だろう。
「よし。怪我がないなら、とりあえず村へ来い。お前にも聞きたいことがある」
俺はキュララを促し、不満げに彼女を睨みつけるリーザを引き剥がして、ポポロ村へと帰還した。
◆
「えーっ! なにここ、めっちゃエモいんだけど!」
ポポロ・コーポの前に立ったキュララは、木造三階建てのボロアパートを見るなり目を輝かせた。
「家賃三万円でサウナ付き!? 帝都のシェアハウスより全然いいじゃん! 私、今日からここに住むー!」
「勝手に決めるな」
俺はアパートのエントランスで、両手を広げて彼女の行く手を塞いだ。
「タダで置くつもりはない」
「えー? じゃあ敷金礼金? いいよ、いくら? 私、月に金貨二万枚(二億円)稼いでるから、このアパートごと買ってもいいけど」
キュララが余裕の笑みを浮かべて、魔導通信石の決済画面をチラつかせる。
その言葉に、同席していたニャングルの猫耳がピクンと跳ねた。
「月収二億やて……!? なんちゅう歩く金塊や……!」
「アホ毛の成金天使め……! 許せませんの……!」
パンの耳をかじりながら、リーザがギリギリと歯ぎしりをする。
「金はいらない。俺の目的は別のところにある」
俺は静かに首を振り、キュララの目を見据えた。
「お前の配信で、このポポロ村を全大陸に売れ。村のPR案件を請け負え」
「……は?」
キュララが初めて、営業スマイルを消して素の顔を見せた。
「ちょっと待ってよ。私のチャンネルの企業案件、一回いくらだと思ってるの? 金貨数千枚からだよ? それをタダでやれって言ってるの?」
「そうだ。だが、お前にも絶対に損はさせない」
俺はニャングルから分厚い台帳を受け取り、彼女の前に広げた。
「お前はインフルエンサーだ。一番欲しているのは金じゃなく、配信をバズらせるための『撮れ高』のはずだ。違うか?」
「……まあ、そうだけど。こんな辺境の村に、数字が取れるコンテンツがあるわけ——」
「あるさ。山ほどな」
俺は村の特異性を、淡々とプレゼンし始めた。
「この村には、銀河最悪の口臭でゴシップを喋り続けるニンニクがいる。包丁を入れると軍の不倫ネタを暴露するキャベツもある。地下にはドンガンのドワーフが作った核シェルター級の防空壕があり、俺の調達ルートで地球の兵器すら手に入る」
「……え?」
「さらに、キャラクターも濃いぞ。あの可愛いウサギ耳の村長は、満月になるとマッハで暴走して病院にカチコミをかけるヤンデレだ。そしてそこの芋ジャージの魚は……」
「……」
キュララの視線が、パンの耳をかじりながら恨めしそうにこちらを睨むリーザへと向いた。
「海底王国の正統なる王女だ」
「——はぁっ!?」
キュララが素っ頓狂な声を上げた。
「う、嘘でしょ!? あの『底辺みかん箱アイドル』が、シーラン国の王女!? なんでそんなのが芋ジャージでパンの耳食ってんのよ!」
「そこが面白いんだろ。どうだ? 毎日がカオスの連続だぞ」
俺はスーツのポケットに手を突っ込み、最後のカードを切った。
「俺は資材調達のプロだ。お前が望むなら、配信のセットから最新の音響機材、演出用の爆薬まで、なんだって取り寄せてやる。お前にはこの村の『独占密着配信権』をやる。その代わり、村の知名度を上げて、俺の調達上限を拡張する手伝いをしろ」
キュララの頭上で、光輪がチカチカと激しく点滅した。
彼女の配信者としての脳みそが、この村に眠る莫大なPVの可能性を高速で計算しているのだ。
数秒の沈黙の後。
キュララはパチン、と指を鳴らし、最高に邪悪で魅力的な笑顔を浮かべた。
「……乗った! その契約、悪くないわね!」
キュララが俺に右手を差し出す。俺はその手をしっかりと握り返した。
「交渉成立だ」
「なっ……! り、陸人様! なんでこのアホ毛天使を村に入れるんですの! 私の太客がさらに吸い取られちゃいますのぉぉ!」
リーザがパニックを起こして抗議するが、俺は彼女の頭をポンと叩いた。
「安心しろ。お前とこいつの対立構造も、立派なエンタメになる。プロレスはやったことないだろ?」
「プロレス!? アイドルは殴り合いなんてしませんの!」
こうして、月収二億のメガ・インフルエンサーは、ポポロ・コーポの一室に居を構えることになった。
ポポロ村の知名度を大陸全土へ轟かせるための、強力すぎる劇薬。
俺の『クエスト』の数字が跳ね上がる日は近い。
——だが。
彼女の八千万人のリスナーというネットワークが、どれほどの異常な波及効果をこの村にもたらすか。
明日行われる『ポポロ村からの初配信』で、俺はそれを身をもって思い知ることになる。
読んでいただきありがとうございます。
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