EP 15
「領主不在の村と、クエストの発注元」
24時間営業のファミレス『ルナミスキング』——通称ルナキン・ポポロ支店の店内は、深夜だというのに異様な熱気に包まれていた。
「お肉! お肉ですのぉぉっ! パンの耳じゃない、本物の分厚いお肉ですのぉぉ!」
小豆色の芋ジャージを着たリーザが、テーブルに並べられた『ルナミスバーガー特大セット』を両手に持ち、涙とよだれを流しながら猛烈な勢いで貪り食っている。
「落ち着いて食え。誰も取らないし、追加ならいくらでも頼んでいい」
「陸人様ぁ! 一生ついていきますの! ドリンクバーのメロンソーダもおかわりしていいですか!?」
「ああ。腹壊さない程度にな」
俺は痛む右肩を庇いながら、ストローでアイスコーヒーをすすった。
死蟷螂機の襲撃から数時間。事後処理と村の被害確認を終えた俺たちは、約束通りルナキンで打ち上げを行っていた。
「親父、お袋! 見てるか! これが俺様の別荘のフルコースディナーだ! 鉄くずのバケモンも俺様の斧で真っ二つにしてやったぜ!」
イグニスがハンバーグをフォークに刺したまま、魔導通信石に向かって自撮りをしている。相変わらず背景に映る『高級フレンチ』の合成が雑で、ルナキンのドリンクバーの機械が思い切り見切れているが、本人が満足そうなので放置することにした。
「おいおい、俺の百倍モードの活躍を忘れてもらっちゃ困るぜ? ま、今日んとこは奢りのメシで手を打ってやる。店員さーん! 追加でパフェと、あと何か賭け事に使えるトランプとかない?」
「ありませんよ! フェイトさん、また体調不良になったら明日の護衛どうするんですか!」
フェイトの要求を、自警団リーダーのマンミアが慌てて制止する。
彼女はため息をつき、手元のサラダをフォークでつついた。
「はぁ……死ぬかと思いました。二十五歳、独身のまま魔獣の胃袋に入るなんて、悲惨すぎる結末でしたよ……。陸人さん、本当にありがとうございました」
「いや。俺はただ、必要な資材を必要なタイミングで納品しただけだ」
「ふふっ。相変わらず、可愛げのない人ですね」
向かいの席に座っていたキャルルが、メロンソーダのグラスを傾けながら微笑んだ。
彼女の長いウサギ耳が、嬉しそうにピクピクと揺れている。
「でも、本当に不思議です。あんな絶望的な状況で、あんな規格外の兵器をぶっ放したのに……陸人さんの心音、ずっと一定で、少しも乱れていなかったんですよ?」
「……ただの職業病だ」
「え?」
「予算ゼロ、納期ゼロの炎上案件なんて、前世で嫌というほど経験してきたからな。魔獣に殺される恐怖より、経理に領収書を突き返される恐怖の方がデカいだけだ」
「なんですかそれ」
キャルルがクスクスと笑い声を上げる。
「誰が経理やねん。ワイはただの金融屋や」
隣の席から、ニャングルがキセルを吹かしながら口を挟んだ。彼の手元には、宴会の最中だというのに算盤と分厚い台帳が置かれている。
「せやけど、陸人。あんたのそのイカれた度胸と交渉術には、ワイもすっかり丸め込まれてしもうたわ。担保なしの事業計画から始まって、最後は村全体の与信枠を無理やり引き出すとはな」
「あんたがハンコを貸してくれたおかげだ。感謝してる」
「フン。ワイは儲かる方に張っただけや。……見ぃや、これ」
ニャングルが台帳をバンッと叩く。
「あのバケモンに畑を少し荒らされたが、弁当事業の売上と、あんたがチンピラに送りつけた『内容証明』の慰謝料がゴルドスマイル銀行に振り込まれた。差し引きで、村の財政は大幅なプラスや。これなら、来月にはインフラの補修も始められるで」
「そうか。それは重畳だ」
俺はアイスコーヒーを飲み干し、ふうと息を吐いた。
理不尽な異世界に飛ばされ、有無を言わさずクエストを押し付けられてから、まだ数日しか経っていない。
だが、俺の周りには、俺の立てた無茶な事業計画に乗ってくれる『仲間』がいた。
勝手に懐いてきたわけじゃない。俺が担保を差し出し、言葉を尽くし、リスクを背負って雇用した、俺の責任下にある人間たちだ。
この関係性は、悪くない。
「すんませーん、お会計」
俺が立ち上がり、伝票をレジへ持っていく。
支払いは、ニャングルから預かっている事業用の経費から銅貨と銀貨で支払った。
『ピコン』
【クエスト E-035:祝勝会を無事に終えよ】
【内容:仲間の労をねぎらい、支払いを済ませる】
【報酬:50P】
【クエスト達成】
【50Pを獲得しました】
【現在の所持P:1,250P】
相変わらずの安い報酬だが、今はこれでいい。
店を出ると、ポポロ村には静かで涼しい夜風が吹いていた。
リーザたちは「お腹いっぱいですの~」と満面の笑みで帰路につき、フェイトとイグニスも肩を組んで駐屯地へと戻っていく。
俺は一人、ポポロ・コーポの前に残り、ポケットからポポロシガーを取り出して火を点けた。
紫煙をくゆらせながら、空中にウィンドウを呼び出す。
「……どれくらい数字が変わったか、見ておくか」
表示されたのは、ポポロ村の現在の『ステータス』だ。
「人口も少し増えてるな。弁当事業の噂を聞きつけて、出稼ぎの連中が戻ってきたか。GDPも上乗せされている。……ん?」
俺は、ステータス画面の一番下にある項目に目を留めた。
そこには、こんな文字が並んでいた。
『領主:――(空席)』
「この村、領主がいないのか?」
「ええ。ポポロ村は三国がにらみ合う緩衝地帯ですから。特定の貴族や王族が領主として治めることはできないんです」
背後から声がした。振り返ると、公邸に帰ったはずのキャルルが立っていた。
彼女は俺の隣に並び、星空を見上げる。
「だから、私が村長として実務を回しているんですが……しょせんはただのまとめ役です。村を守るための政治的な力や、決定権を持つ『領主』はずっと空席のままなんですよ」
「……社長不在の会社みたいなもんか。そりゃあ、経営も傾くわけだ」
俺は葉巻の灰を携帯灰皿に落とし、ステータスの空欄を見つめた。
責任を負うトップがいない組織は脆い。今は俺の調達ルートで回っているが、いずれ根本的な解決が必要になるだろう。
「……いつか、埋まるといいですね」
キャルルが、ぽつりと呟く。
その視線が、どこか期待を込めたように俺の横顔に向けられている気がしたが、俺はあえて気づかないフリをしてウィンドウを閉じた。
「さて。明日も早い。俺たちはまだ、事業を立ち上げたばかりだからな」
「はいっ。よろしくお願いします、陸人さん!」
◆
その頃。
ポポロ村からはるか遠く離れた天界——『セレスティア』の一角。
散らかったこたつ部屋の中で、ピンク色のジャージを着た世界神・ルチアナは、缶チューハイを片手に寝転がっていた。
「あーっはっはっは! なにこれ、最高じゃないの!」
彼女の手元にある『エンジェルすまーとふぉん』の画面には、陸人がネクロマンティスをバズーカで吹き飛ばす映像がリプレイ再生されていた。
「まさかAランクの事案を、村の資産を借金して強制クリアするなんて! どんだけ社畜根性が染みついてんのよ、あいつ。しかもあの後、きっちり経費で打ち上げまでしてるし」
ルチアナはポテトチップスをボリボリと齧りながら、満足げにスマートフォンをスクロールする。
陸人は、自分に『クエスト』を出すシステムが、自動化された無機質なプログラムだと思い込んでいる。
だが、現実は違う。
「——あーあ」
ルチアナは、空になった缶チューハイをゴミ箱に放り投げ、悪戯っぽく唇の端を歪めた。
「あの子のクエスト、誰が発行してると思ってんのよ」
画面の向こうで、新たなポイントと機材の計算を始める陸人の姿を見つめながら、駄女神は次なる『無茶振り(クエスト)』の構想を練り始めていた。
(第一章 了)
【ポポロ村ステータス】第一章 終了時
人口 1,043人(+43)
GDP 7億9,000万円(+1億2,000万)
発注上限 7,900P(+1,200)
自警団 5名
領主 ――(空席)
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