第二章 村を、外に売る
「頭打ちの弁当事業と、山中の不自然な発光」
ポポロ村の村長公邸、その一室に設けた仮設オフィスで、俺は書類の束と睨み合っていた。
机の向かいには、派手な原色のスーツを着た猫耳の金融屋——ニャングルが、算盤を弾きながらキセルを吹かしている。
「……アカンな」
ニャングルがパチン、と算盤の玉を弾き飛ばすように言った。
「黒字なのは間違いない。せやけど、完全に頭打ちや。前線の兵士向けの弁当デリバリー事業、これ以上の伸びしろがあらへん」
「駐留している兵士の胃袋の数には限界があるからな」
俺は微糖の缶コーヒーを一口飲み、静かに息を吐いた。
事業の立ち上げ期は劇的な右肩上がりだった。だが、需要が一巡すれば売上は横ばいになる。商流の基本だ。
「村のGDPが伸び悩めば、俺の『調達ルート』の上限も増えない」
俺は誰にも見えない空中のウィンドウを開いた。
第一章の終わりから、発注上限は7,900Pのままだ。このポイントを消費して地球の物資を取り寄せる俺のスキル【クエスト】は、ポポロ村の経済規模に完全に連動している。
村が豊かになれば、俺の権限も拡大し、より強力な機材や重機を導入できる。
逆に言えば、今のままではこれ以上の規模拡大は望めないということだ。
「問題は、シンプルや」
ニャングルがキセルの灰をトントンと落とした。
「知名度が足りへんのや。ポポロ村なんて、三大国の国境にあるただの限界集落や。いくらメシが美味かろうが、外の人間は誰も知らん。知られてへんもんは、この世に存在せんのと同じやで」
「知名度……つまり、村を『外に売る』必要があるわけか」
特産品のポポロシガーや月光薬はあるが、それらは一部の特権階級にしか流通していない。大衆に向けた広報戦略が必要だ。
「……私の石油王。どこに行っちゃったんですの……」
ふと、部屋の隅から怨嗟のような声が聞こえた。
振り返ると、小豆色の芋ジャージを着た人魚族の少女——リーザが、体育座りをして膝を抱えていた。その顔は、この世の終わりでも見たかのように暗い。
「どうした、リーザ。またタローソンの廃棄弁当の争奪戦で野良犬に負けたのか?」
「違いますの! 私の太客が消えたんですの!」
「太客?」
「最近、路上で歌ってる姿を魔導通信石で配信してたんですの。そしたら、たまに石油王みたいなお金持ちの人が、ポンッと高い投銭をしてくれてたのに……!」
リーザは床をバンバンと叩いて悔しがる。
「ここ数日、パッタリと来なくなったんですの! どうやら、天界からやってきたみたいな、もっとキラキラしてピカピカ発光してる別のチャンネルに吸い取られてるみたいで……! ギギギギギ……私の五円玉がぁ……!」
「アイドルが歯ぎしりをするな」
俺は静かにツッコミを入れた。
地下アイドル(自称)の分際で、いっちょ前に顧客の奪い合いに負けているらしい。まあ、彼女の歌は良くも悪くも強烈すぎる。大衆ウケするタイプではない。
「陸人さーん! お疲れ様です!」
そこへ、バンッと勢いよくドアが開いた。
村長のキャルルだ。動きやすいパーカーにショートパンツ、足元は特注の安全靴といういつもの出で立ちだが、今日は手になぜか大きな網を持っている。
「息抜きに、ポポロ山へ狩りに行きませんか?」
「狩り?」
「はい! 最近、山の魔獣……『トライバード』の群れが活発に動いてるんです。肉も卵も取れるし、羽毛も高く売れる三徳鳥ですよ。今なら餌の食いつきがいい時期なので、罠を張れば大漁間違いなしです!」
キャルルが長いウサギ耳をピコピコと揺らしながら笑う。
トライバードか。確かに、あれが大量に手に入れば弁当のメニューの幅が広がる。原価率を少しでも下げるのは、利益率向上の鉄則だ。
「……お肉ですの!?」
体育座りをしていたリーザが、ガバッと顔を上げた。
「天然の鶏肉! 卵! それなら私も行きますの! 労働の後のタダ飯は最高ですの!」
「お前は食うことしか頭にないのか」
俺は呆れながらも、立ち上がってスーツの埃を払った。
『ピコン』
その時、脳内に電子音が鳴り響き、半透明のウィンドウが浮かび上がった。
【クエスト C-036:ポポロ山でトライバードを5羽捕獲せよ】
【内容:罠を用いて対象を無傷で捕獲する】
【報酬:1,500P】
「……なるほどな」
俺はウィンドウを指でスワイプして閉じた。
1,500P。ただの狩りにしては、なかなか美味しい報酬だ。これも村の食料事情に直結するからだろう。
「ちょうどいい。行くか」
「はいっ! 私がとびきりの狩場へ案内しますね!」
キャルルが嬉しそうに俺の腕を引っ張る。
ニャングルは「ワイは留守番しとるわ。泥臭いのは性に合わん」と算盤に戻っていった。
◆
ポポロ山は、村のすぐ裏手にそびえる休火山だ。
獣道を進み、少し開けた中腹の広場に到着した。静かな森の空気が心地よい。
「このあたりが、トライバードの通り道です」
キャルルが小声で教え、茂みの奥を指差した。
俺は頷き、空中のウィンドウからカタログを開く。
『高張力ワイヤーネット(大型獣捕獲用):200P』
『自動巻き上げ式小型ウインチ:300P』
『強力粘着テープ:10P』
現在の所持ポイントから経費を払い、パチン、パチンと音を立てて足元に地球の物資を呼び出した。
木と木の間にワイヤーネットを張り、ウインチを固定して即席のトラップを構築する。俺は元土木・建築系の資材調達もやっていたので、この程度の機材の扱いは朝飯前だ。
『ピコン』
【クエスト E-037:捕獲用の罠を設置せよ】
【内容:効果的な罠を構築する】
【報酬:50P】
【クエスト達成】
【50Pを獲得しました】
【現在の所持P:1,200P】
地味な作業にも、しっかり報酬が出る。このシステムの唯一の良心だ。
罠の中央に、キャルルが持ってきた特製の人参クッキーを砕いて撒く。
あとは、茂みに隠れて待つだけだ。
「それにしても、村の知名度を上げる方法か」
息を潜めながら、俺は先ほどのニャングルとの会話を反芻した。
「観光名所を作るか、特産品を大々的にブランディングするか。だが、それには莫大な初期投資と広告宣伝費がいる。今の村の予算じゃ、ローカル誌の隅に広告を出すのが関の山だ」
「陸人様、難しい顔をしてるとシワが増えますの」
リーザが隣でよだれを拭いながら言う。
「それより、早くお肉が来ないか楽しみですの。焼鳥、唐揚げ、親子丼……じゅるり」
「静かにしろ。来るぞ」
バサバサッ、と上空から羽音が聞こえた。
木々の隙間から、丸みを帯びた大きな鳥のようなシルエットが降下してくる。
トライバードだ。
俺は手元のウインチの起動スイッチに指をかけた。
罠の中心に降り立ち、餌をついばみ始めた瞬間に、ワイヤーネットを巻き上げて一網打尽にする。完璧な算段だ。
だが——。
「……ん?」
俺は目を細めた。
罠の方向から、何か妙なものが放たれている。
光だ。
トライバードという魔獣は、虹色にピカピカと発光する生態を持っていたか?
「なぁ、キャルル。あいつら、あんなネオンサインみたいに光るのか?」
「……いえ、そんな話は聞いたことがありません。それに、あの光、なんだか神聖な気配が……」
キャルルも不思議そうに首を傾げた。
ピカピカ、キラキラ。
茂みの奥で、無駄に派手な光輪のようなものが明滅している。
しかも、よく見るとその光の下には、淡い桜色のツインテールと、真っ白な羽が——。
「鳥は鳥でも、ずいぶんと変な鳥が降りてきたな」
俺は静かにスイッチから指を離した。
未知の状況だ。だが、俺のカンが告げている。
この妙な発光体が、ポポロ村の運命——そして俺の『クエスト』の限界を、大きく狂わせることになるのだと。
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