EP 14
「限界突破の魔導重火器と、調達係の最終承認」
頭上に展開された光の輪が、夜の闇を切り裂くように激しく明滅した。
空気がビリビリと震え、次元の壁をこじ開けるような空間の軋みが響く。
【システム通知:特例与信枠の承認を確認】
【発注処理を強制実行します】
直後、ズドォォォォンッ! と凄まじい地響きと共に、俺の目の前に巨大な金属製のコンテナが落下してきた。
無機質なオリーブドラブ色に塗装された、地球の軍事用規格とおぼしき長方形の箱。
その表面には、『魔導誘導バズーカ(対重装甲弾頭)』という無骨なステンシル文字が印字されていた。
「な、なんやあれ……! 空から鉄の箱が降ってきよったで!?」
ニャングルが目をひん剥いて叫ぶ。
「陸人様!? 何をするおつもりですの!」
リーザが悲鳴のような声を上げた。
俺は答えることなく、コンテナのロックレバーに手をかけた。
ガコンッ、と重たい音を立てて蓋が開く。
中には、緩衝材に包まれた無骨な円筒形の重火器が鎮座していた。地球の対戦車用バズーカをベースに、この世界の魔導回路を無理やり後付けで融合させたような、異形のキメラ兵器。
俺はそれを両手で掴み、気合いと共に持ち上げた。
「……っ、重てぇな」
顔をしかめる。ただの二十八歳のサラリーマンの腕力には、あまりにも過酷な重量だ。腕の筋肉が悲鳴を上げ、スーツの袖がパツンと張る。
それでも、俺は歯を食いしばってその鉄の筒を右肩に担ぎ上げた。
『ピィィィィィッ!』
自己修復を終えた死蟷螂機が、眼前に現れた異物を排除すべく、俺に向かって巨大な鎌を振り上げた。
五メートルを超える鋼鉄の巨体が、地響きを立てて突進してくる。
逃げ場はない。距離はわずか数十メートル。
普通の人間なら、恐怖で腰を抜かしているだろう。
だが、俺の頭の中は驚くほど冷え切っていた。炎上したプロジェクトの最終盤、もう後戻りができないと悟った時の、あの極限の集中状態だ。
俺はバズーカのグリップを握りしめ、側面に付いている魔導照準器を覗き込んだ。
網膜に、半透明の赤いターゲットマーカーが浮かび上がる。
システムが自動で敵の弱点——イグニスが砕き、フェイトが斬り裂き、今は無理やり金属糸で繋ぎ止められている胸部の『コア』——をロックオンした。
「陸人! 逃げてッ!」
キャルルが絶叫する。
マンミアも、フェイトも、もはや立ち上がる力すら残っていない。
「——俺はただの資材調達係だ。戦うのは専門外なんだが」
俺は照準を合わせながら、静かに、誰に言うともなく呟いた。
「壊されたステージの代金。荒らされた農地の補償。それから、うちの連中に無給で残業させた分の割増賃金。……きっちり請求させてもらうぞ」
ピピッ、と照準が完全に赤く固定された。
ネクロマンティスの大鎌が、俺の頭を刈り取ろうと振り下ろされる、そのコンマ一秒前。
「納品だ。受け取れ」
俺は、迷いなくトリガーを引いた。
ドガガガアアアンッ!!!
腹の底を殴りつけるような、凄まじい爆発音が広場を揺るがした。
バズーカの砲口から、魔法陣を纏った対重装甲弾頭が、推進の炎を噴き上げて射出される。
魔導誘導された弾頭は、空中で鋭く軌道を変え、ネクロマンティスの振り下ろした鎌の隙間をすり抜けて、胸部のコアへと正確に吸い込まれた。
一瞬の静寂。
そして。
ズギュウゥゥゥゥンッ……バゴォォォォォォォンッ!!!
太陽が地上に落ちたかのような、目眩しの閃光と爆炎が弾け飛んだ。
弾頭はネクロマンティスの強固な外殻を容易く貫通し、内部で大爆発を起こす。
自己修復プログラムなど追いつくはずもない。古代の殺戮兵器は、断末魔の機械音すら上げる間もなく、内側から完全に粉砕され、黒焦げのスクラップとなって四散した。
「……ぐっ、痛えぇッ!」
俺は反動で吹き飛ばされ、無様に地面を転がった。
肩の関節が外れそうなくらい痛い。スーツは泥まみれで、ワイシャツのボタンも千切れてしまった。
やはり、素人が撃つもんじゃない。
痛む肩を押さえながら、ゆっくりと立ち上がる。
煙が晴れた広場の中央には、黒焦げになった巨大な残骸と、すり鉢状のクレーターだけが残されていた。
完全沈黙。
どこからも、あの不気味な機械音は聞こえてこない。
『ピコン』
【緊急クエスト A-055達成:村の殲滅を阻止せよ】
【50,000Pを獲得しました】
目の前に、待ち望んだクリア通知が浮かび上がる。
だが、その直後、文字は無情な赤色へと反転した。
【特例与信枠の相殺処理を実行します】
【発注額:50,000P + 強制受注手数料(利息):3,000P】
【現在の所持P:1,200P】
「……マジかよ。暴利にも程があるだろ」
俺は呆れてため息をついた。
命懸けでAランクのバケモノを倒して得た五万ポイントが、借金の返済と理不尽な手数料で一瞬にして消し飛んだ。残ったのは、すずめの涙ほどのポイントだけだ。
だが、まあいい。
あのまま全滅するよりは、はるかに安い出費だ。
「陸人ぉぉぉぉぉっ!!」
気づけば、ニャングルが算盤を放り投げて俺に飛びついてきていた。
その後ろから、リーザが泣き顔で突進してくる。
「陸人様! 陸人様ぁぁ! 死んじゃったかと思いましたのぉぉ!」
「おい、痛い痛い。肩にすがるな、打撲してんだ」
俺がリーザを引き剥がしていると、自警団の面々も足を引きずりながら集まってきた。
「へへっ……。やるじゃねえか、調達係。あの鉄くずを、一撃で消し飛ばしやがるとはな」
フェイトがミスリル大剣を杖代わりにしながら笑う。
「俺様の手柄が横取りされたが……まあ、今回だけは譲ってやるぜ。実家には俺様が倒したことにしておくからな!」
イグニスが憎まれ口を叩きながらも、親指を立てた。
キャルルとマンミアも、安堵の涙を浮かべて座り込んでいる。
「みんな、無事でよかった……。陸人さん、本当に、なんとお礼を言えばいいか……」
キャルルが深く頭を下げる。
俺は泥を払い、ネクタイをポケットに突っ込みながら首を振った。
「礼なら、現金か現物で頼む。うちの経理がうるさいんでな」
「アホ! ワイのせいにすな!」
ニャングルが俺の背中をバシッと叩いた。
夜風が、硝煙の匂いを運んでいく。
村の施設に大きな被害はない。明日からの弁当事業も、問題なく再開できるだろう。
俺の右肩はズキズキと痛むし、スーツはボロボロだ。所持ポイントもすっからかんになってしまった。
だが、不思議と気分は悪くなかった。
「……おい。仕事は終わったんだ。いつまでもこんな泥だらけの広場にいないで、打ち上げに行くぞ」
「打ち上げ、ですか?」
「ああ。村を守り切ったんだ。残業代は出せないが、飯くらいは奢ってやる」
俺がそう言うと、リーザの瞳がパァァァッ! と輝いた。
「ほ、本当ですかの!? じゃあ、ルナキンのハンバーグ! それからパフェも頼んでいいですかの!?」
「ああ、好きに食え。経費で落とす」
歓声を上げる仲間たちを引き連れて、俺たちは24時間営業のファミレス『ルナミスキング』へと歩き出した。
長かった、本当に長かった異世界での一日が、ようやく終わろうとしていた。
——だが、俺たちの見えない場所で、この理不尽な『クエスト』の元凶が、面白そうにグラスを傾けていることなど、俺はまだ知る由もなかったのだ。




