EP 12
「限界突破の稟議書と、村全員の与信枠」
巨大な鋼鉄のカマキリ——『死蟷螂機』が、甲高い金属音を鳴らしながらポポロ村の防衛線を蹂躙していく。
「チクショウッ! どんだけ硬え装甲してやがるんだ!」
イグニスが空から急降下し、大火炎を浴びせながら両手斧を叩き込むが、ネクロマンティスの装甲は僅かに焦げただけで傷一つついていない。
「おいおい、コイントスの神様よぉ! なんでこういう時に裏ばっかり出るんだよ!」
フェイトはミスリル大剣を構えているものの、スキルの不発でステータスが激減しており、へっぴり腰で敵の鎌を躱すのが精一杯だ。
「二人とも、下がって! メビウス・インパクトォォッ!」
ケンタウロス族のマンミアが、重さ数百キロの巨石を鎖に巻き付けて遠心力でぶん投げる。巨石はネクロマンティスの頭部に直撃し粉々に砕け散ったが、怪物の動きを数秒止める程度の効果しかなかった。
「……あの三人がかりでも、まるで歯が立たないなんて」
キャルルが顔面を蒼白にしながら、ダブルトンファーを握りしめる。
村人たちはパニックを起こし、地下シェルターへと避難を始めている。だが、このままではシェルターのハッチごと村が更地にされるのは時間の問題だ。
「……クソッ」
俺はスーツのポケットに手を突っ込み、ギリッと奥歯を噛み締めた。
目の前に展開された赤いウィンドウには、無情にも【現在の所持P:4,200P】という数字が表示されている。
必要なのは、あの装甲を物理的に粉砕できる火力。カタログにある『魔導誘導バズーカ(対重装甲弾頭)』だ。だが、その価格は50,000P。圧倒的に予算がショートしている。
この『クエスト』のシステムは、ただの魔法じゃない。
俺が所属する組織——つまりこのポポロ村の経済規模(GDP)や、俺自身の保有資産という『信用』を担保にして、地球から物資を取り寄せる仕組みだ。
現金がなければ、どれだけ優秀な兵器がカタログにあっても、カートに入れることすらできない。
「陸人! 突っ立ってんと、なんか手ぇないんか!」
ニャングルが算盤を抱え、キセルから火の粉を散らしながら俺に怒鳴った。
「ワイの算盤が弾き出した被害総額、すでに金貨三千枚を超えとるで! このままやとウチの銀行も村も、まとめて破産や!」
「手はある。あの鉄くずを一撃でスクラップにする『兵器』を即納させる調達ルートだ」
「ホンマか!? なら早よ出さんかい!」
「出せないんだ。俺のルートは、予算の前払いが絶対条件だ。今の俺の権限と資金じゃ、あと四万五千以上の『数字』が足りない」
俺が偽らざる窮状を伝えると、ニャングルの猫耳がピクッと反応した。
彼は血走った目で俺を見上げ、そして、手元の算盤をガシャンッ! と激しく弾いた。
「アホか! 予算が足りんなら、信用創造を効かせんかい!」
「……レバレッジ?」
「ワイは金融屋やぞ! 手元に現金がないなら、かき集めて『信用』をでっち上げるんが商売やろが!」
ニャングルは懐から、金色の重厚な印鑑——ゴルドスマイル銀行ポポロ支店長印——を取り出した。
さらに、ドンッ! と重たい皮袋を俺の足元に叩きつける。
「ゴルド商会の裏金と、ワイのへそくりの金塊や! これでワイ個人の全財産、あんたの事業にフルインベストメントしたる!」
その言葉に呼応するように、キャルルが前に出た。
彼女は村長公邸から持ち出した、古びた木箱を開ける。中には、ポポロ村の村長印が収められていた。
「陸人さん! ポポロ村の向こう十年の予測税収、および私の村長手当と特許料のすべてを担保に入れます! だから、村をお願いします!」
「陸人様ぁ!」
さらに、小豆色の芋ジャージを着たリーザが、俺の足元にズサーッとスライディングしてきた。
彼女が両手で掲げたのは、ミシンで綺麗に縫い合わされた手作りの布袋だった。中からは、チャリンチャリンと銅貨や銀貨の擦れ合う音がする。
「私が昨日の夜、自警団の服を縫って稼いだお給料の全額ですの! 陸人様には、私のプロデューサーになってもらわなきゃ困るんですの!」
「俺たちの太陽芋の畑も担保にしてくれ!」
「今年の麦の収穫も、全部前借りで持ってけぇ!」
避難しようとしていた農家のおっちゃんたちまでが、鍬を振り上げて叫び始めた。
「お前ら……」
俺は、息を呑んだ。
前世の会社では、プロジェクトが炎上すれば誰もが責任を押し付け合い、予算の枠内でいかに自分が傷つかないように立ち回るかだけを考えていた。
だが、ここは違う。
村の長が、金融屋が、アイドルが、農民が。
ただの余所者である俺の「調達」という言葉を信じ、自分たちの全財産と未来の信用を、惜しげもなく俺の背中に預けているのだ。
『ピコン!』
『ピピピピピピピッ!』
俺の視界で、赤いウィンドウの数字が狂ったように回転し始めた。
【システム通知:所属組織(ポポロ村)の総資産・将来債権が、所有者(黒木陸人)の与信枠に統合されました】
【経済規模(GDP)の特例評価を適用】
【発注上限(与信枠)が大幅に拡張されます】
数字が跳ね上がる。
上限額のバーが、俺たちの背負った覚悟の重さに応じて、上限知らずに伸びていく。
……だが。
【現在の所持P:4,200P】
【現在の与信枠:50,000P】
与信枠(クレジットカードでいう限度額)はバズーカを買えるところまで広がった。だが、俺の手元にあるキャッシュ(所持P)は4,200Pのままだ。
通常の買い物なら、ポイントがなければ買えない。
しかし、俺はこの『クエスト』システムのもう一つの顔——悪魔のような裏ルールを知っている。
「……知ってるよ。無茶な依頼を通すのが、俺の仕事だ」
俺はスーツのジャケットを脱ぎ捨て、ネクタイを乱暴に引きちぎるように緩めた。
前世で、何度も上司に押し付けられてきた『納期ゼロ・予算ゼロ』の無茶振り。それを強引に解決するための、労働者の最終奥義。
与信枠(信用)を焼き切り、未来の自分に莫大な負債を負わせることで、不可能な発注を強制的に通す禁じ手。
「ニャングル、キャルル、リーザ。お前らの信用、確かに預かった」
俺は赤いウィンドウに向かって、指を突きつけた。
背後で、ネクロマンティスがマンミアの鎖を引きちぎり、イグニスを跳ね飛ばす音が聞こえる。
時間はもう、一秒もない。
「イグニス! フェイト! マンミア! あと三十秒だけ、あのバケモンの足を止めろ!」
「無茶言うな! 俺様はもうボロボロだぜ!?」
「表だ……! コインの神よ、ここで表を出してくれぇぇっ!」
「やります! 死んでも、三十秒は繋ぎますッ!」
自警団の三人が、血まみれになりながらもネクロマンティスの前に立ちはだかる。
俺は微糖の缶コーヒーを最後の一滴まで飲み干し、空き缶を地面に叩きつけた。
「さあ、限界突破の稟議を通すぞ」
読んでいただきありがとうございます。
面白いと思っていただけましたら、★評価やブックマークで応援していただけると励みになります。




