EP 11
「逆恨みの代償と、足りない予算」
ポポロ村の裏山には、古くから『決して近づいてはならない』と禁じられた遺跡がある。
薄暗い森の奥深く。苔むした石扉の前で、あのチンピラ三人が忌々しげに地面を蹴り上げていた。
「クソッ、クソッ! なんだってんだあの気味の悪いリーマンはよ!」
リーダー格の男が、俺が叩きつけた内容証明の請求書をビリビリに破り捨てた。
「金貨五十枚だぁ? ふざけやがって。こうなったら、村の裏山にあるって噂の宝を掘り出して、あの村ごと傭兵団に焼かせてやる……!」
「せやな。それがええ。恨みはきっちり晴らさなアカンで」
不意に、背後から声がした。
チンピラたちが驚いて振り返ると、そこには豪奢な商人風の服を着た中年の男が立っていた。
足音も気配もなかった。まるで、空間を跳躍して突然現れたかのように。
「だ、誰だてめえ!」
「ワシか? ワシはただの通りすがりの商人や。……お前さんら、その扉の奥の『お宝』が欲しいんやろ? ワシが封印の解き方を教えたるわ」
男——犯罪結社ナンバーズのNo.3、ギリルクは、底知れぬ笑みを浮かべた。
「その代わり、中から出てきたもんは、たっぷりあの村で暴れさせえよ」
「へ、へへっ。任せとけって! お宝は俺たちのものだ!」
欲に目が眩んだチンピラたちは、ギリルクの指示通りに石扉の仕掛けを動かした。
ゴゴゴゴォッ……! と重たい音を立てて、封印の扉が開く。
だが、暗闇の奥から現れたのは、金銀財宝ではなかった。
『ギ……ギギギ……』
闇の中で、紅い複眼が不気味に発光する。
それは、金属の装甲に覆われた身の丈五メートルにも及ぶ巨大なカマキリ——古代の神蟲魔大戦の遺物、『死蟷螂機』だった。
「ひっ!? な、なんだこいつは……!」
『ギチチチチッ!』
「ぎゃあああああっ!」
超周波振動を放つ鋼鉄の鎌が閃いた。
チンピラ三人の身体は、悲鳴を上げる間もなく一瞬で細切れにされ、ネクロマンティスの巨大な顎へと吸い込まれていく。
自らの逆恨みが招いた、あまりにもあっけない自滅だった。
その光景を、ギリルクは鼻で笑いながら見下ろしていた。
「ホンマ、下等なゴミは役に立つわ。さて、ポポロ村の自警団の戦力……とくと見学させてもらおうか」
◆
その頃、俺はポポロ村の広場で、ニャングルと共に午後の集計作業を終えたところだった。
広場の中央では、俺が発注した新品のアルミステージの上で、リーザがご機嫌にステップを踏みながら歌の練習をしている。
「……よし。今日の弁当事業の売上もバッチリだ。クレーム対応も済んだ」
「おおきに、陸人。あんたのオペレーションのおかげで、おばちゃんらの作業効率も三割増しや」
『ピコン』
【クエスト D-025:本日のデリバリー業務を統括せよ】
【内容:弁当の売上回収と、クレームの処理を完了する】
【報酬:1,090P】
【クエスト達成】
【1,090Pを獲得しました】
【現在の所持P:4,200P】
よし、順調だ。手持ちのポイントが四千を超えた。
これなら、リーザのステージを彩るための照明機材や、村のインフラ整備のための資材も発注できる。事業の立ち上げ期を乗り越え、いよいよ拡大フェーズに入る——。
そう思考を切り替えた、次の瞬間だった。
ズドォォォォォンッ!!
村の裏山の方角から、大地を揺るがすような轟音が響き渡った。
「ひゃうっ!?」
ステージの上でリーザがバランスを崩し、しゃがみ込む。
「なんや!? 地震か!?」
ニャングルが算盤を抱きしめて周囲を見回す。
「陸人さん! 村長!」
土煙を上げて広場に駆け込んできたのは、自警団リーダーのマンミアだった。彼女のケンタウロス特有の馬の脚は、激しい疾走で砂まみれになっている。
公邸から飛び出してきたキャルルも、トンファーを構えて合流した。
「マンミアさん、何があったんですか!?」
「裏山の、古代遺跡の封印が破られました! 内部から、所属不明の巨大な魔獣が——上空から来ますッ!」
バサバサバサッ! と、空気を切り裂くような羽音が頭上から降り注いだ。
太陽の光を遮るように現れたのは、巨大な鋼鉄のカマキリだった。
ネクロマンティス。全身が機械と虫の融合体で構成された、悪夢のような兵器。
そいつが村の入り口付近に広がる太陽芋の畑に降り立つと、振動する巨大な鎌を一振りした。それだけで、大切に育てられた農作物が暴風に煽られたように吹き飛び、土ごと抉り取られる。
「俺たちの畑がぁぁぁっ!」
農家のおじさんたちが絶望の声を上げる。
「退避してください! 自警団、前へ!」
マンミアの号令と共に、駐屯地からイグニスとフェイトが駆けつけてきた。
「チィッ、なんだあのデカブツは! 俺様の弁当の配達ルートを荒らすんじゃねえ!」
イグニスが巨大な両手斧『ドレッド・ブレイカー』を構える。
「……おいおい、マジかよ。今日は親戚の亀の三回忌で有給のはずだったんだがな……」
フェイトは舌打ちをしながら、コイントスをしてミスリル大剣を抜いた。
だが、相手は古代大戦の殺戮兵器だ。
ネクロマンティスが甲高い鳴き声を上げると、その口から強烈な酸の液弾が発射された。
「危ないッ!」
マンミアがパイルバンカー付きのシールドを構えて弾くが、強酸は分厚い盾の表面をジュウジュウと溶かし始めた。
これは、マズい。
村の被害額もさることながら、自警団の命に関わる。
俺がスーツのポケットからポポロシガーを取り出し、歯に咥えた時だった。
『ピコン』
『ピコン』
『ピピピピピピピッ!!』
これまで聞いたこともないような、けたたましい警告音が脳内に鳴り響いた。
目の前に展開されたウィンドウは、普段の半透明なブルーではなく、血のような赤色に染まっていた。
【緊急クエスト A-055:村の殲滅を阻止せよ】
【内容:古代兵器『死蟷螂機』を完全破壊し、ポポロ村を防衛する】
【報酬:50,000P】
「Aランククエスト……」
報酬五万ポイント。これまでの依頼とは桁が違う。
だが、裏を返せば、それだけ絶望的な難易度だということだ。
俺は即座にウィンドウをスワイプし、『発注カタログ』のAランクタブを開いた。
あの鋼鉄の装甲を撃ち抜くには、この世界の剣や魔法では時間がかかりすぎる。圧倒的な火力が必要だ。
『魔導誘導バズーカ(対重装甲弾頭):50,000P』
『拠点防衛用・対空魔砲:80,000P』
カタログには、現在の脅威を排除するための最適解が並んでいる。
しかし、その価格の右側にある俺のステータス表示を見て、俺は奥歯をギリッと噛み締めた。
【現在の所持P:4,200P】
桁が一つ足りない。
弁当事業で稼ぎ出し、村のGDPを上げたことで『発注上限』は解放されつつあるが、手元にあるキャッシュ(P)が圧倒的にショートしている。
「……クソッ」
前世でも、最高の資材と解決策が目の前にあるのに、会社の予算が下りずに諦めたことが何度あったか。
だが、今は違う。ここで諦めれば、取引先が怒るだけでは済まない。
村の人間が死ぬ。俺がプロデュースすると決めた、あの芋ジャージの少女のステージが奪われる。
「予算が、足りねぇ……!」
絶望的な戦力差の中、俺は赤く点滅するウィンドウを睨みつけながら、静かに、だがかつてないほどの焦燥感を覚えていた。
読んでいただきありがとうございます。
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