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異世界ではレベルが上がるほど禁止事項が増えるらしいが、俺だけ禁止を奪うたびに最強になる  作者: 藤崎聖子


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第七章 自由教会

自由都市ノクティアには、門がなかった。


 城壁もない。


 街道から続く石畳が、そのまま白い家々の間へ伸びている。


 入口に立つ看板には、一文だけ。


【ここへ入ることを、誰も禁じない】


「怪しい」


 リゼが言った。


「入る前から?」


「歓迎を大きく掲げる場所ほど、裏口が狭いの」


「経験則か」


「教会に三年追われた経験則」


 反論しにくい。


 俺たちは人の流れへ混ざり、街へ入った。


 最初に目についたのは、走る老人だった。


 白い髭を風になびかせ、通りを何度も往復している。転びそうになっても笑い、また走る。


「あの人の禁止、《走ってはいけない》だったみたい」


 ミミが言う。


 胸に、解除済みの薄い痕跡が見えるらしい。


「仲間だな」


「兎と?」


「最初に回収したのが同じ禁止だった」


 広場では、女が両腕で赤ん坊を抱いている。


「名前を呼んでもいいのね」


 何度も子供の名を呼び、そのたび泣いていた。


 噴水の横では、盲目だった少年が色を覚えている。


 食堂の前では、《満腹になってはいけない》を解除された人々へ無料のスープが配られていた。


 誰もが、自由教会へ感謝している。


「ベイルみたいな人間ばかりじゃないんだね」


 ドルドが、走る老人を見送る。


「当たり前だ」


 グレンが答える。


「組織が悪事を働いたからといって、所属する全員が同じではない」


「王国にも、いい騎士はいた?」


「いた」


「悪い騎士は?」


「いた」


「便利な答えだね」


「事実だ」


 グレンは真面目だった。


 俺たちが街を歩いても、誰も手配書を気にしない。


 王国の命令は、ここでは効力を持たないらしい。


 代わりに、教会の白い外套を着た案内役が声をかけてきた。


「八幡ハヤト様ですね」


「似顔絵で分かった?」


「教皇猊下から伺っています」


 若い男は、俺たち全員へ一礼した。


「歓迎します。お部屋と食事をご用意しました。謁見は明日の正午です」


「今すぐじゃないのか」


「猊下は本日、百二十名の解放を執り行っています」


 教皇自ら。


 しかも百二十人。


「人気者だな」


「この街の住民の半数は、猊下に救われた者です」


 案内役の声には、信仰ではなく実感があった。


 彼自身も救われた一人なのだろう。


「俺たちは監視される?」


「希望されるなら」


「普通は嫌がるものだ」


「この街では、監視も拒否できます」


 何を聞いても、自由という答えが返ってくる。


 できすぎていた。


    * * *


 用意された宿は、きれいだった。


 五人分の個室。


 温かい風呂。


 食堂には、好きなだけ取れる料理が並んでいる。


 ミミは皿を三枚重ねた。


「食べられる?」


 リゼが聞く。


「食べてはいけない?」


「違う。残すともったいないから」


「全部食べる」


 宣言どおり、食べた。


 ドルドも同じ量を食べ、二人でデザートの最後の一個を譲り合っている。


 グレンは肉を切りながら、食堂全体を観察していた。


「兵士がいない」


「平和ってことじゃない?」


「これだけの都市に治安を守る者がいないのは不自然だ」


「教会の解放師がいる」


 リゼが窓を見る。


 白い外套が通りを歩いている。


「戦闘能力も高い」


「それは兵士と呼ばないのか」


「呼び方を変えただけね」


 食事を終え、街を調べることにした。


 教皇へ会うまで待つ約束はしていない。


 救護院。


 解放記録所。


 術式研究塔。


 表向きの施設は、誰でも見学できた。


 解放記録所には、助けられた者の名前と禁止が壁一面に並んでいる。


 五万二千八百六十一人。


 俺がこれまで回収した数とは比べものにならない。


「俺より、ずっと救ってる」


 口にすると、リゼがこちらを見る。


「悔しい?」


「少し」


「正直ね」


「俺が特別だと思ってたのかもしれない」


 レベル0。


 禁則回収。


 神像すら目を閉じる存在。


 何か大きな役割があるように見える。


 目の前の記録は、特別な俺が来る前から、ほかの人間が救済を続けてきた証拠だった。


「教会が正しいなら、それでいい」


「本当に?」


「俺が役立たずでも、人が助かるなら」


 召喚施設で言われた言葉を、自分から使う。


 前とは少し意味が違った。


 リゼは壁の記録を見上げた。


「教会は人を救った。私を売ろうとした。ドルドの家族を殺した。全部、本当」


「どれか一つに決めなくていい?」


「決めたら、見なくて済むものが増える」


 彼女は自分へ言っているようだった。


 記録所を出る。


 日が沈み、通りに魔法灯がともり始めていた。


 宿へ戻る途中、細い路地から物音が聞こえた。


 何かを引きずる音。


 続いて、低いうなり。


 ドルドの耳が立つ。


「人の声」


 路地へ入る。


 奥に、一人の男がうずくまっていた。


 背中から、透明な腕が何本も伸びている。腕は壁や地面をつかみ、本人の意思と関係なく身体を引っ張っていた。


「助けて」


 男が顔を上げる。


 目からも透明な指が伸びている。


「止められない」


 胸には解除痕。


【触れてはいけない】


 かつてあった禁止だ。


 解除されたことで、触れる能力が制限なく戻った。身体の表面だけでなく、魔力が触手となり、周囲すべてへ触れようとしている。


「近づかないで!」


 男が叫ぶ。


 透明な腕がこちらへ伸びる。


 グレンが剣の腹で払い、ドルドが壁を盾にする。


「本人を傷つけず止める」


 リゼが地面へ魔法陣を描く。


「《感覚遮断結界》!」


 男の周囲へ膜が張られる。


 透明な腕は膜へ触れると力を失った。


 俺は解除痕へ手を向ける。


「禁止を戻せるかもしれない」


「嫌だ」


 男が即座に答えた。


「また、何にも触れられなくなる」


「今は暴走してる」


「訓練すれば制御できるって言われた」


「誰に」


 白い光が路地へ差す。


 教会の解放師が四人現れた。


「ご協力ありがとうございます」


 先頭の女が穏やかに言う。


「あとは私どもが保護します」


「この人をどこへ?」


「療養院です」


「見学した救護院とは別?」


 女の笑みが一瞬止まる。


「専門施設です」


 男へ白い布をかぶせる。


 透明な腕ごと小さく畳み、荷車へ乗せた。


「場所を教えて」


「患者の安全上、非公開です」


「本人は行きたい?」


 男が答える前に、白い布が口を覆う。


「治療には同意済みです」


 荷車は路地の奥へ消えた。


 地面に、一枚の札が落ちている。


【解放後異常・第三区収容】


 リゼが拾った。


「第三区」


「少なくとも三つある」


 グレンが荷車の跡を見る。


「表の記録所には、一つも書かれていなかった」


 救った人数は五万。


 そのうち何人が、解放された力に飲まれたのか。


 教会は数えている。


 公表していないだけだ。


    * * *


 荷車の跡は、都市の地下へ続いていた。


 石畳の継ぎ目に、同じ白い粉が残っている。


 粉を追い、廃礼拝堂へ着いた。


 祭壇の下に階段がある。


「入るの?」


 ミミが聞く。


「入りたくないなら、宿で待ってていい」


「一緒に行きたい」


「なら行こう」


 階段を下りる。


 地下には、長い廊下が伸びていた。


 左右の鉄扉から、声や物音が聞こえる。


「開けて」


「眠れない」


「力を返して」


「力を止めて」


 矛盾する願いが、扉の数だけある。


 小窓をのぞく。


 炎になった女。


 時間を巻き戻し続ける老人。


 自分の影へ食われる子供。


 禁止を解除され、能力だけが戻り、本人の身体も心も追いついていない。


「ドルドの要塞と同じ」


 リゼが言う。


「違う」


 ドルドが扉へ触れる。


「ここには治療してる人もいる。薬も食事もある」


 廊下の先で、解放師が患者へ声をかけている。暴走を抑える訓練も行われていた。


「助けようとしてる」


「でも、隠してる」


 俺は答える。


 自由教会が何もしていないわけではない。


 ただ、失敗を見せれば、完全解放という正しさが揺らぐ。


 だから救済の裏へしまった。


「誰?」


 背後から女の声。


 振り返ると、黒い髪の女が立っていた。


 白い外套ではない。


 灰色の服に、銀の腕輪。


 年はリゼより少し上。右目に細い傷がある。


「見学者」


 俺が答える。


「第三区は非公開よ」


「だから見に来た」


「正直なのね」


 女は腕輪へ触れる。


 廊下の扉が一斉に閉じた。


「八幡ハヤト。教皇がお待ちよ」


「明日の正午じゃ?」


「予定が変わった」


「あなたは」


「セイラ・ノクス。自由教会救済部門の責任者」


 表示が浮かぶ。


【レベル:67】


【能力:無傷結界/痛覚分配/救命転移】


【禁止事項:67】


 一つだけ、胸に深く刻まれている。


【誰かを救ったと思ってはいけない】


「ずいぶん苦しい禁止だな」


 俺が言うと、セイラの右目が細くなる。


「見えるの」


「ああ」


「なら分かるでしょう。私は誰も救っていない」


「壁の記録には五万人ってあった」


「教会の数字よ。私のものではない」


「ここで治療してる人は?」


「私が解放して、壊した人たち」


 扉の向こうから、泣き声が聞こえる。


「救った数に入れる気はない」


「一人も?」


「一人も」


 禁止がそう言わせている。


 同時に、彼女自身もそう信じている。


「教皇のところへ行く前に、この施設を公表して」


「できない」


「どうして」


「市民が解放を恐れる」


「恐れるかどうかも、知ってから決めることだ」


「真実を伝えて、救われるはずの人が禁止を選んだら?」


「それも本人の選択」


「苦しむと分かっていて?」


「あんたが代わりに決めるよりはいい」


 セイラの腕輪が光る。


「あなたも、力で命令するのでしょう」


「する」


「同じじゃない」


「だから、間違えたら仲間に止めてもらう」


 リゼたちを見る。


「一人で正しいと思わないようにしてる」


「甘い」


 廊下の床が消えた。


 俺たちは、白い空間へ落ちる。


    * * *


 着地した場所は、円形の闘技場だった。


 観客席はない。


 床へ、何十人もの患者が眠っている。


 セイラが中央へ降り立つ。


「ここでは、誰も傷つかない」


 銀の腕輪から結界が広がる。


 俺たちの身体が薄い膜に包まれた。


「教皇の命令?」


「私の判断よ」


「なら、やめることもできる」


「あなたたちが第三区を公表すれば、治療中の患者が見世物になる」


「隠したままなら、失敗した人数すら選ぶ材料にならない」


「交渉は終わり」


 セイラが指を鳴らす。


 床で眠る患者の一人が目を開けた。


 身体が炎へ変わる。


 次の一人は巨大な影を放つ。


 三人目は周囲の重力を反転させた。


「患者を戦わせるのか!」


「違う。私が力を借りる」


 能力だけがセイラへ集まる。


 本人の身体は眠ったままだ。


 炎が俺たちを囲む。


 グレンの斬撃が火を割る。


 リゼが重力を相殺し、ドルドが影を押さえた。


 ミミは転移で患者たちを場外へ運ぼうとする。


「動かせない」


 結界が位置を固定している。


「傷つけずに勝つための闘技場」


 グレンがセイラへ走る。


 剣の腹で腕輪を狙う。


 セイラは避けない。


 刃が触れた瞬間、衝撃だけが患者の一人へ移った。


 眠る男の胸がへこむ。


「グレン、止めて!」


 リゼが叫ぶ。


 グレンは剣を引いた。


 セイラの《痛覚分配》。


 攻撃すれば、守ろうとする患者が傷つく。


「最低だな」


 俺が言う。


「同意は得ている」


「起きてる本人に聞かせろ」


「彼らは、私に救われたと思っている。恩を返したいと」


「あんたは救ってないと思ってるのに?」


 セイラの表情が揺れた。


 胸の禁止が強く光る。


「黙って」


「患者には恩を返させる。自分は救ったことを認めない。都合がいいな」


「黙れ!」


 炎と影が同時に襲う。


 俺は《走ってはいけない》で炎の広がりを止める。


 リゼが影を光で薄める。


 セイラは次々に患者の能力を借りる。


 一度も自分の力で攻撃しない。


 誰かを救ったと思えない。


 誰かを傷つけたとも思いたくない。


 結果だけを、すべて他人へ分けている。


「セイラ!」


 場外から声がした。


 小さな男の子が、結界をたたいている。


 背中から透明な腕が何本も伸びていた。


 路地で暴走していた男と同じ能力。


「姉さん、やめて!」


 セイラの動きが止まる。


「ルカ。部屋へ戻って」


「僕を救ったのは姉さんだ!」


「違う」


「触れてはいけないを外してくれた。能力が暴走しても、捨てなかった」


「私はあなたを壊した」


「それでも、ここにいてくれた」


 少年の透明な腕が結界へ触れる。


 膜へ細い亀裂が走る。


「僕が外へ出たいって言ったら、訓練を考えてくれた。昨日、初めて花へ触れられた」


 透明な指の一つに、小さな花びらがついている。


「全部できなかったら、救ってないことになるの?」


 セイラは答えられない。


 禁止が、救ったという言葉を拒む。


「禁止を奪って」


 俺へ言った。


「条件は」


「私は、誰かを救ったと思ってはいけない」


「それは文字だ。あんたはどうしたい」


 セイラは弟を見る。


「一人を救ったと認めたら、救えなかった何百人を忘れる気がした」


「両方、覚えてればいい」


「そんな都合のいいこと」


「都合が悪くてもできる。リゼは教会に追われたことと、教会が人を救ったことを両方見てる」


 リゼがセイラへ近づく。


「私はあなたたちを許してない」


 はっきり言う。


「でも、救われた人の喜びまで嘘にする気もない」


 セイラの目から涙が落ちた。


「私は、ルカを救った」


 胸の文字が彼女を締めつける。


 息が止まり、膝をつく。


「救えなかった人もいる」


 それでも続ける。


「どちらも、私がしたこと」


【対象が禁止からの解放を望んでいます】


「回収する」


 俺は《誰かを救ったと思ってはいけない》を奪った。


 黒い鎖が切れる。


 セイラの結界も消えた。


 患者たちの能力が身体へ戻る。


 誰も傷ついていない。


 グレンが剣を鞘へ戻した。


「勝敗は」


「私の負け」


 セイラが答える。


「敗北を認められるのは、いいことだ」


「王へ言ってる?」


「もう死んだ」


 会話が重い。


    * * *


 セイラは、第三区の記録を公開すると約束した。


 患者の名前は本人の許可がある者だけ。


 解除した禁止、戻った能力、起きた異常、治療の経過。


 成功と失敗を同じ場所へ並べる。


「教皇は許さない」


 記録を運びながらセイラが言う。


「教皇の許可が必要?」


「今までは、そう思っていた」


「これからは」


「本人たちに聞く」


 第三区の患者を広間へ集める。


 セイラが事情を説明した。


 公表してほしい者。


 名前を伏せてほしい者。


 まだ決められない者。


 答えは分かれた。


 全員が同じ自由を望むわけではない。


 その夜、都市の掲示板へ最初の記録が貼られた。


【解放成功:五万二千八百六十一】


【解放後異常:四千七百九十二】


【治療中:千百八】


【死亡:三百七十一】


 広場に集まった市民が、数字を見て黙る。


 怒る者。


 怖がる者。


 それでも解放を望む者。


 家族の記録を探す者。


 誰もが、自分の答えを出そうとしている。


「これで教会は終わるかもしれない」


 セイラが言った。


「終わったら?」


「別のやり方を作る」


「仲間になる?」


 俺が聞くと、彼女は首を振った。


「まだ。教皇と話す」


「俺たちも行く」


「明日の謁見はなくなった」


 白い鐘が鳴る。


 一度。


 二度。


 都市中の魔法灯が消えた。


 広場の中央へ、一人の男が立っている。


 いつ現れたのか分からない。


 白い髪。


 年は四十ほど。


 教皇の法衣を着ているが、王冠も杖も持っていない。


 エルメスは掲示板の数字を見上げた。


「よく公表しました、セイラ」


「罰するの?」


「なぜ」


 教皇は微笑む。


「自由には、私へ逆らう自由も含まれる」


 市民たちが安堵する。


 俺はできなかった。


 エルメスの胸には、禁止が一つもない。


 解除痕すらない。


「八幡ハヤト」


 彼が俺を見る。


「あなたを待っていました」


「カイルを知ってる?」


「ええ。彼へ神の正体を教えたのは私です」


「俺の正体も?」


「知っています」


 ミミが俺の袖をつかむ。


 エルメスはそれを見て、穏やかに続けた。


「ですが、話す前に証明しましょう」


 彼が指を鳴らした。


 都市の地下から、巨大な機械音が響く。


 広場の石畳へ、輪を断ち切る剣の紋章が浮かび上がった。


「何をする気」


 セイラが問う。


「この都市に残る、すべての禁止を解除します」


「待って。患者の暴走を見たでしょう」


「見ました」


「なら――」


「だから、八幡ハヤトが必要なのです」


 エルメスは両手を広げる。


「私が人々を自由にする。あなたが、その自由を制御する」


「それは自由じゃない」


「では、止めてみなさい」


 教皇の笑みが深くなる。


「神と同じ力を使って」


 地面から白い光が噴き上がった。


 都市中の人々の胸から、黒い文字が浮かび始める。

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