第十二章 選び直す者
「断る」
俺は言った。
アークは、ひざまずいたまま顔を上げる。
「理由を聞いても?」
「俺なら正しくできると思ったから」
「それは、引き受ける理由では」
「一人で正しさを決める奴に、神をやらせるな」
光の樹へ近づく。
中心の空席から、無数の声が聞こえた。
助けてほしい。
力がほしい。
あの人を戻して。
この国を滅ぼして。
病気をなくして。
夜を消して。
願い同士がぶつかっている。
一つをかなえれば、別の誰かが困る。
すべての可能性を見られても、全員が幸せになる答えはない。
「誰かが選ぶ必要はあります」
アークが立つ。
「世界は、決定なしには続きません」
「決めないとは言ってない」
「では」
「一人で決めない」
仲間を見る。
リゼは腕を組み、俺の次の言葉を待っている。
グレンは剣を鞘へ収めた。
ドルドは人の姿へ戻り、崩れた神域を支えている。
セイラは起きたことを記録している。
ミミはカイルの血布を握り、光の樹を見上げている。
ここまで、誰か一人の力では来られなかった。
「禁止を決める権限を分ける」
アークの黒い目が揺れる。
「誰へ」
「影響を受ける人間へ」
「人は、目先の利益を選びます」
「神も恐怖で選んだ」
「私は世界全体を見られます」
「見えても間違えた」
アークは黙った。
責めるためではない。
間違えない存在はいない。
だからこそ、一人へ任せない。
「具体的には?」
リゼが聞く。
「世界中へ権限を配る、だけじゃ危ない」
「何が必要?」
王都でネネと交わした約束を思い出す。
薬師になるためレベルを上げなくてはならない決まり。
自分も一緒に決められるようにする。
「規則を作るなら、理由を公開する」
セイラが記録へ書く。
「誰が決めたかも」
「期限」
リゼが加える。
「魔法だって、一度作って終わりじゃない。使って、直す」
「異議を申し立てる道」
グレンが言う。
「王命に従う以外の道がなかった」
「本人の同意」
ドルド。
「緊急時に制約が必要でも、終わったら消す」
「少数の人が反対したときは?」
ミミが聞く。
難しい問いだ。
全員一致を待てば、何も決められない。
多数だけで決めれば、少数を押しつぶす。
「反対した理由を消さない」
俺は答えた。
「決まったあとも、選び直せるように残す」
「それで争いはなくなりますか」
アークが問う。
「なくならない」
「誤った規則で、人が死ぬかもしれない」
「ある」
「世界が再び分裂する危険も」
「ある」
「それでも?」
「あんた一人が背負って、間違いを隠すよりいい」
自由は、安全な答えではない。
選んだ結果を引き受け、間違えたら直す。
面倒で、遅くて、争いも起きる。
「俺は、完成した世界を作らない」
光の樹へ手を触れる。
「選び直せる世界にする」
* * *
権限を分けるには、神域の仕組みを作り直す必要がある。
アークの固定力。
俺の未選択未来。
二つだけでは、また一人か二人の判断になる。
「私の魔法を使う」
リゼが四冊の帳面を開く。
「同じ術を何度も作り直せる構造。規則を固定せず、改訂できるようにする」
光の樹へ魔法陣が重なる。
「騎士の誓約も」
グレンが剣を抜く。
「命令ではなく、自分が守ると選んだ約束だ」
刃で掌を浅く切る。
血が樹の根へ落ち、強制命令と自発的な誓約を分ける線になる。
「僕の禁止も」
ドルドが胸へ手を置く。
《自分を見失ってはいけない》。
本人が事前に望み、危機の間だけ使った制約。
「同意と期限を入れる」
黒い文字が根の一部へ刻まれる。
「記録は私が」
セイラが救済記録網を広げる。
「作った理由、結果、被害、反対意見。消さずに残す」
世界中の掲示板、役所、村の石碑へつながる光が生まれる。
「私は?」
ミミが聞く。
「九十九の力を持ってる」
彼女は少し考えた。
「一人で九十九票にはならない?」
「一票だ」
「よかった」
ミミは笑う。
「強い人ほど決められるなら、レベル制度と同じ」
九十九の能力を、世界中へ権限を届ける道として使う。
転移。
翻訳。
通信。
記憶。
異なる種族や言葉をつなぐ。
エルメスは、少し離れた場所で見ていた。
「私に役割は」
かすれた声で聞く。
「完全な自由が必要だと思う人もいる」
俺は答えた。
「その意見を言い続ければいい」
「私を許すのですか」
「許すとは言ってない。裁かれるべきことは裁かれる」
自由都市で四十三人が死んだ。
ミミを拉致し、百個目を刻んだ。
なかったことにはできない。
「それでも、黙らせる気はない」
エルメスはうつむいた。
「分かりました」
アークが光の樹の前へ立つ。
「最後に、私の権限が必要です」
「失えば、どうなる」
「神ではなくなります」
「死ぬ?」
「長命な一個人として残るでしょう」
「嫌なら、断っていい」
神は驚いた顔をした。
権限を渡すことが正しい。
世界のために必要。
そう言って、また選択を奪うところだった。
「私は」
アークは、保存された世界を見る。
長い間、一人で選び、一人で維持してきた。
「怖い」
正直に言う。
「権限を失えば、世界を守れない」
「守る人間は、ほかにもいる」
「信じられるでしょうか」
「信じなくていい。監視して、意見を言って、間違えたら止めればいい」
神は少し笑った。
「おまえは、神へ厳しいのか優しいのか分かりません」
「人と同じに扱ってる」
「それが、一番難しい」
アークは光の樹へ両手を置いた。
「権限を手放します」
白い光が身体から抜ける。
樹の幹へ流れ、根へ分かれ、世界中へ伸びていく。
国。
都市。
村。
獣人の集落。
魔族連邦。
無番地。
規模ではなく、影響を受ける人々の輪へ権限が届く。
最後に、俺の神禁が残った。
これを持ったままでは、俺だけがすべてへ命令できる。
「ハヤト」
リゼが右手をつかむ。
「本当に手放す?」
「惜しい」
「正直ね」
「これがあれば、困ってる人をすぐ助けられる」
「間違えた人を、すぐ止めることも」
グレンが言う。
「国を一つ、黙らせることもできる」
セイラ。
「世界を、自分の望む未来へ変えられる」
ミミ。
「でも、手放したあとも仲間はいる」
ドルドが笑う。
「一人ではできないけど、何もできなくなるわけじゃない」
俺は全員の顔を見る。
右手を光の樹へ当てた。
「世界へ、最後の命令をする」
神禁が開く。
全世界の禁止が、俺の声を待つ。
一言で何でも決められる。
禁止をすべて消せ。
争うな。
人を殺すな。
幸せになれ。
どの言葉も、誰かの生き方を俺が決める。
選ぶのは、一つだけ。
「この世界の決まりを」
声が世界中へ届く。
「誰か一人だけで決めることを禁止する」
命令は、アークへ。
王へ。
教皇へ。
俺自身へ。
光の樹が砕けた。
破片は無数の種となり、世界へ降る。
【神禁権限を分配します】
【レベル制度を終了します】
【既存の禁止事項を、本人と影響を受ける共同体の再審対象へ移行します】
【未選択未来体の管理権限を解体します】
身体から、何かが抜けていく。
空中都市の記憶。
海底の市場。
生まれなかった人々の声。
すべてが消えるのではない。
俺一人の中から離れ、選ばれるかもしれない未来として世界へ戻る。
「待って」
ミミが手を伸ばす。
「ハヤトまで消える?」
「分からない」
「先に言って!」
「今、分かった」
リゼに胸ぐらをつかまれる。
「戻ってきなさい」
「命令?」
「お願い」
その違いが、今ならよく分かる。
「分かった」
地球の倉庫。
午前二時の横断歩道。
何も続かなかった自分。
それでも、選び直し続けた八幡ハヤト。
その記憶だけをつかむ。
「俺は、人間として残る」
光が弾けた。
* * *
目を開ける。
草の匂いがした。
神域ではない。
自由都市の外にある丘。
五人が俺の顔をのぞき込んでいる。
「近い」
第一声が、それだった。
リゼが涙をぬぐいながら、額をたたく。
「誰のせい」
「痛い」
「生きてる?」
ミミが頬をつねる。
「それも痛い」
「生きてる」
ドルドが笑う。
グレンは少し離れ、腕を組んでいた。
「目覚めなければ、リゼが雷を落とすところだった」
「もう一回寝ようかな」
「落とすわよ」
身体を起こす。
セイラが金属板を差し出した。
「表示を見て」
手に取る。
【名前:八幡ハヤト】
【種族:人間】
【職業:なし】
【レベル:0】
【固有能力:《選び直す》】
【禁止事項:なし】
「職業なしは残るのか」
「そこ?」
リゼがあきれる。
「大事だろ」
「世界を作り直した人が無職」
ドルドが真面目に言う。
「世界を作り直してはいない」
完成させなかった。
丘の下では、自由都市の人々が集まっている。
広場に、大きな輪が作られていた。
能力をどう制御するか。
解除前の禁止を残すか。
教会をどう裁くか。
夜通し話し合っている。
怒鳴り声も聞こえる。
帰る者もいる。
決まったことを、また変えようとする者もいる。
「ずいぶん面倒な世界になった」
アークの声がした。
白い服の青年が、丘を上ってくる。
黒かった目は、普通の青色になっていた。
「神じゃなくなった気分は?」
「寒い。空腹です。それから、眠い」
ミミが干し肉を渡す。
「しょっぱいけど、おいしい」
「ありがとう」
元神は一口かじり、顔をしかめた。
「しょっぱい」
「だから言った」
ミミが笑う。
空を見る。
存在しない星は消えていた。
正確には、朝焼けの中へ溶けている。
選ばれなかった世界は、もう俺の内側に閉じ込められていない。
いつか誰かが選ぶ未来として残っている。
レベル制度は終わった。
問題は終わっていない。
そのほうがいい。
終わらせる方法を、一人で決めなくて済む。




