エピローグ 次は世界そのもの
数年後。
俺たちは、夜に歌うことを禁じられた村へ来ていた。
「昔、この森には音へ寄ってくる魔物がいた」
村長が古い石碑を読む。
「だから日没後の歌を禁じた。破った者は村から追放」
「今も魔物は?」
俺が聞く。
「二十年前にいなくなった」
「なら、禁止も要らない?」
若者が言う。
老人は反対した。
「規則には意味がある。消せば、いつか同じ魔物が戻る」
「期限をつけて解除したら?」
リゼが提案する。
「一年。夜に歌って問題が起きなければ廃止。起きたら理由を調べ直す」
話し合いは夕方まで続いた。
最後に、村人の大半が一年間の試行へ賛成する。
反対した老人の意見も、石碑の裏へ残した。
夜。
村で初めての歌祭りが開かれた。
広場へ楽器が並び、子供たちが声を張り上げる。
魔物は来なかった。
代わりに、音を聞いた鳥が屋根へ集まった。
「少し音程が危険ね」
リゼが言う。
「禁止したほうがいい?」
「しない」
彼女は笑い、子供たちへ歌を教えに行った。
リゼは自由都市に魔法学校を開いた。
同じ魔法を何度も練習する授業。
失敗した術式だけを集める授業。
完成した魔法を教えるのではなく、生徒が自分で作り直す学校だ。
四冊だった帳面は、今では学校の図書室一つを埋めている。
グレンは騎士団を辞めた。
王都の近くで剣術を教えている。
勝ち方より、剣を抜かない選び方を先に教えるらしい。
「それでは強くならない」
元部下に言われ、全員を木剣一本で倒した。
説得力の使い方が力任せなのは変わっていない。
ドルドは、人間と獣人が暮らす交流都市を谷へ作った。
中央には《怒りの家》という建物がある。
怒った者が入り、壊していい木箱へ怒鳴り、最後に相手と話す場所だ。
本人が一番よく利用している。
セイラは旅をしながら、古い禁止の記録を集めている。
救えた者。
救えなかった者。
本人が禁止を残した例。
すべてを同じ大きさの文字で書く。
エルメスは自由都市で裁かれた。
都市復旧と、被害者への説明を続けることが刑になった。
今も、禁止を全廃すべきだという意見は変えていない。
だが、強制解除はしない。
演説のあとには必ず反論の時間を取る。
アークは世界を旅している。
自分が作った禁止が、どんな暮らしを生んだか見るために。
たまに手紙が届く。
【雨の日に屋根へ入れない禁止は、村の話し合いで廃止が決まった】
【元神なのに多数決で負けた】
【しょっぱい干し肉には慣れない】
最後の報告は毎回同じだった。
ミミは、普通の少女として暮らしている。
寝坊する。
食べ過ぎる。
宿題を忘れる。
九十九の能力は今も持っているが、使うものは自分で選ぶ。
便利だからと転移ばかり使い、歩く体力が落ちたため、リゼから週三日は使用禁止にされた。
本人も同意した禁止だ。
「ハヤト!」
歌祭りの向こうから、ミミが走ってくる。
「船が出るって」
「今行く」
俺たちは明朝、新大陸へ向かう。
海の向こうに、古い神律が残っているという。
「本当に続かないわね」
リゼが荷物をまとめながら言う。
「何が」
「一つの場所にいること」
「続けるものを、一つに決めてないだけだ」
「言い方」
「便利だろ」
俺は決まった職業を持たなかった。
古い禁止を調べ、本人と住民へ聞き、必要なら回収する。
新しい規則を作るときは、理由と期限を残す。
それを仕事と呼ぶ人もいる。
旅と呼ぶ人もいる。
無職と呼ぶ人もいる。
どれでもよかった。
自分たちで選び直せるなら。
* * *
新大陸へ着いたのは、出航から十日後だった。
地図にない海岸。
黒い砂。
紫色の森。
上陸してすぐ、ミミが人の気配を見つけた。
岩陰に、少年が倒れている。
年は十二歳ほど。
灰色の髪。
見たことのない服。
息はある。
俺が近づくと、少年の表示が浮かんだ。
【名前:不明】
【種族:解析不能】
【職業:未登録】
【レベル:-1】
【禁止事項:この世界に存在してはいけない】
仲間たちが表示をのぞく。
「レベルって、なくなったはずでしょう」
リゼが言う。
「しかも、マイナス」
ドルドが耳を伏せる。
「この世界の外から来た?」
ミミが少年の手へ触れる。
少年が目を開けた。
俺を見る。
「消えたくない」
最初の言葉が、それだった。
「分かった」
俺は手を差し出す。
「まず、名前から決める?」
少年は首を振る。
「名前はある。言うと、世界が壊れる」
「そうか」
背後で、仲間たちが武器や帳面を構える。
怖がっている。
同時に、少し笑っていた。
世界の仕組みを変えても、問題はなくならない。
今度は、世界の外から問題が来た。
それでも、答えを一人で決める必要はない。
少年の手を取る。
「いいね」
空に、見たことのない星が一つ光った。
「次は世界そのものが相手か」
[完]




