↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
婚約破棄された公爵令嬢を辺境へ連れ帰ったら、俺の領地が王国で一番幸せになりました!?  作者: ぱるめりあ
第九部 正しい独裁

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
99/113

第99話 権限の延長

 会議場へ入る前、議会書記が私へ確認した。


「提案名は『非常権限延長法』でよろしいでしょうか」


「延長ではありません」


「では」


「継続法としてください」


 延長なら、いつか終わることを前提にする。


 継続なら、解除条件を満たすまで続く。


 書記は一瞬だけ筆を止め、それから表題を書き換えた。


「非常権限の期限を撤廃します」


 暫定議会の緊急会議で、私は提案書を読み上げた。


 学校と病院への襲撃から一日。


 傍聴席には被害者家族がいる。


 黒い喪章をつけた母親。


 腕へ包帯を巻いた救護者。


 空席になった学校机の名簿を持つ教師。


「現行の三十日期限は、脅威の継続性と一致しません」


 議員たちへ文書を配る。


「爆破組織は、期限終了を待って活動しました。制度の終わりが予告されることで、敵へ準備期間を与えたのです」


「期限の撤廃は、非常を恒常化します」


 法務官が反対する。


「期限ではなく、解除条件を定めます」


「何をもって解除と?」


「主要組織の解体、武器供給網の遮断、三か月間の重大事件なし」


「その認定は誰が」


「治安局と国家指導部です」


「あなた自身が、自分の権限を終える条件を判断する?」


「専門機関の報告に基づきます」


「議会承認は」


「事後報告とします」


 会議場がざわめく。


「爆破は、議会が開く時間を待ちません」


 私は続ける。


「緊急捜索、交通封鎖、通信遮断、資産凍結。これらを迅速に実行できなければ、次の学校を守れません」


「令状なし捜索も無期限に?」


「指定基準を公開してください」


 別の議員が求める。


「公開すれば、団体は名称や構成を変えます」


「では、市民は自分が対象かどうか知れません」


「違法行為へ関与しなければ問題ありません」


「何が関与に当たるかも非公開ですか」


「捜査手法に関わります」


 議員は周囲を見た。


「つまり、誰も知らない規則へ従えと?」


「爆破犯へ規則を知らせないためです」


 会議場の窓は閉じている。


 それでも、冷気が床を這うように感じた。


「対象は指定危険団体と関連施設に限ります」


「指定するのは?」


「治安局です」


「異議申立ては」


「事後審査を設けます」


「拘束後に?」


「はい」


 反対議員の一人が立つ。


「それでは、無実の者が先に自由を失う」


「死者は、後から救えません」


 傍聴席の母親が泣く。


「娘は、昨日学校へ行っただけです」


 議員が振り返る。


 言葉を失う。


 私は母親へ頭を下げた。


「同じことを繰り返させません」


 拍手が起きる。


 被害者家族。


 治安局。


 一部の議員。


「議長」


 マリアンヌ様が立つ。


「質問があります」


「どうぞ」


「期限撤廃以外に、警備強化の方法は検討しましたか」


「通常法の範囲で可能な案も比較しました」


「結果は」


「令状発行の遅延、地方ごとの権限差、情報共有の制約があります」


「改善法案を急ぐことは」


「成立までに時間がかかります」


「その間だけの延長なら、期限を定められるはずです」


「次の事件の時期は定められません」


「六十日。あるいは九十日」


「期限があれば、敵はまた待ちます」


 マリアンヌ様の顔が白くなる。


「では、本当に無期限なのですね」


「解除条件があります」


「その条件を、権限を持つ側が判断する」


「責任も負います」


「責任を負うと言えば、制限は不要ですか」


 会議場が静まる。


 兄との裁判を知る者は、同じ問いを思い出している。


「不要とは言っていません」


「議会の事前承認を残してください」


「緊急性が失われます」


「裁判所の令状を」


「証拠が消されます」


「第三者監察を」


「情報漏洩の危険があります」


 一つずつ、拒む。


 どの拒絶にも理由がある。


 理由があるから、止まらない。


「非常権限は、私のためのものではありません」


 私は議場へ言う。


「市民の命を守るためです」


「なら、誰が持ってもよいのですか」


 法務官が問う。


「現在、最も情報と執行能力を持つ機関が」


「あなたの次の指導者にも、同じ権限を渡す?」


 答えに詰まる。


 私以外が持つ姿を想像すると、危険に思えた。


 それが、答えだったのかもしれない。


「継承時には、再承認を」


「なぜ今は不要なのです」


 私は文書へ目を落とす。


 学校の死亡者数が、別紙にある。


 十二。


 病院は七。


 私は迷わないと決めた。


「今は、危機の最中だからです」


 採決前、被害者家族の一人が発言を求めた。


「私は、娘を失いました」


 学校の母親だった。


「もう一人の子は、生きています」


 彼女は前列に座る少年の肩へ手を置く。


「私は、この子を守ってほしい」


 会議場の全員が聞いている。


「でも、この子が大人になった時、何を言っても連れていかれる国にもしてほしくない」


 私は母親を見る。


「その両方を守るための提案です」


「本当に?」


「はい」


「誰が、そう確かめるのですか」


 また同じ問い。


 私は答える。


「議会と、国民です」


 しかし、議会の事前承認を外し、国民には捜査内容を知らせない案だった。


 母親は、それ以上問わなかった。


 採決が行われる。


 賛成。


 反対。


 棄権。


 賛成が過半数を超えた。


 被害直後の議会で、反対票を投じることは難しい。


 それでも、反対した者はいた。


 私は名簿を見た。


 以前なら、反対意見を制度へ残す価値を考えた。


 今は、その名が治安上の危険でないか、一瞬考えた。


 すぐに打ち消す。


 反対は権利だ。


 まだ。


「可決されました」


 議長が宣言する。


 非常権限は、期限を失った。


 緊急捜索。


 秘密拘束。


 通信監視。


 移動制限。


 資産凍結。


 すべてが、例外ではなく制度になる。


 会議後、役人が新しい命令書を持ってきた。


「期限欄は、削除しております」


「はい」


「解除条件を別紙へ」


「確認します」


 文書は整っている。


 法的形式も。


 議会採決も。


 最初の越境のような秘密命令ではない。


 公の手続きで、国全体の仕組みになった。


「署名を」


 羽根ペンを取る。


 マリアンヌ様が遠くに立っている。


 彼女は止めなかった。


 止める言葉を、議場で使い切った。


 ここで退けば、学校と病院で死んだ人々が、私の迷いによって奪われただけになる。


 アレンの死から始まったすべての選択まで、意味を失うように思えた。


 本当は、死者の意味を権限で守れるはずがない。


 それでも私は、手放すことを、彼をもう一度見捨てることのように感じた。


 私は署名した。


 印章を押す。


 蝋が固まる。


 最初の執行命令は、採決から一時間後に届いた。


 印刷所三軒の閉鎖。


 通信所二か所の監視。


 夜間移動許可の一括停止。


「本日中に発効させますか」


 役人が尋ねる。


「はい」


「影響を受ける商人は、約四百名です」


「生活物資の輸送には例外許可を」


「審査に二日ほど」


「治安局の判断で即日許可できるように」


 制限を作り、例外も私の機関が与える。


 扉の鍵と、鍵を開ける許可が、同じ手へ集まっていく。


 役人たちが文書を各機関へ運ぶ。


 廊下の掲示板には、帰郷用の馬車手配を取り消す通知が貼られていた。


 官邸の部屋には、荷造りされた箱が残っている。


 期限を失った権限と、行き先を失った荷物。


 その二つが、同じ日に私のものになった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。