第91話 王都連続爆破
最初の爆発は、王都南市場で起きた。
昼の鐘が鳴る直前。
冬の保存食を買う人々で、通りが最も混む時間だった。
窓が震えた。
官邸の机に積んだ書類が崩れる。
次の瞬間、遠くから鐘が鳴った。
火災ではない。
連続して三度。
大規模事故の警報。
「報告を」
私は立ち上がる。
扉が開き、衛兵が駆け込む。
「南市場で爆発! 多数の負傷者!」
「火災は」
「複数の店へ延焼中です!」
「救護所を学校と寺院へ。井戸道を確保。市場への一般人立ち入りを止めてください」
「はい!」
マリアンヌ様が地図を開く。
「南市場の近くには粉倉庫があります」
「風向きは北西」
窓の旗を見る。
「東側から消火を。倉庫は避難を優先」
ガレスが武装した兵士を集める。
「爆発物の残りがあるかもしれん。救護隊を単独で入れるな」
「現場封鎖を」
「やる」
私たちは馬車を待たず、近い道を歩いた。
煙が空へ上がっている。
通りを逆方向へ走る人々。
泣く子ども。
血のついた前掛け。
南市場へ近づくほど、焦げた木と火薬の匂いが強くなる。
「ここから先は危険です!」
衛兵が止める。
「救護状況だけ確認します」
私は布で口元を覆った。
倒れた屋台。
割れた窓。
石畳に散った果物。
救護者が負傷者を板へ載せて運んでいる。
「生存者を先に!」
クレアが現場で指示していた。
いつの間に先行したのかわからない。
「歩ける方は、赤い布の道へ! 家族を探す方は名簿所へ!」
爆心近くの建物から、女性が運び出される。
顔に煤。
腕を押さえている。
「子どもが」
「どこです」
「店の奥」
救護者が戻ろうとする。
ガレスが壁を見る。
「待て。柱が落ちる」
「でも」
「裏から入る!」
兵士二人が裏路地へ回る。
私は周囲の避難者数を確認する。
その時、二度目の爆発が鳴った。
北側。
王都中央橋の方角。
地面がわずかに揺れる。
「同時攻撃だ」
ガレスが言う。
警報鐘がまた三度。
伝令が走ってくる。
「中央橋の詰所が爆破されました! 橋上に多数の市民!」
「橋を閉鎖。両岸から退避を」
「現場指揮官が負傷しています!」
「副官へ権限を移してください」
「誰が副官か確認できません!」
平時の手順では、現場指揮官の確認が必要。
今は、その時間がない。
「ガレス、南市場を」
「お前は」
「対策本部へ戻ります」
現場を一つずつ見て回れば、全体を失う。
馬を借り、官邸へ戻る。
途中、三度目の爆発。
今度は西区の郵便集配所。
通信を止める目的だ。
王党派残党。
報告では、爆発物の包みから旧王家の印を模した紙が見つかった。
ただし、偽装の可能性もある。
敵の全体像は不明。
対策本部には、各地から報告が殺到していた。
「負傷者百七十以上!」
「南市場で死者確認!」
「中央橋の欄干が崩落!」
「西区で不審な荷車!」
「北門でも火薬臭のする樽が!」
情報が重なる。
通常なら、各部署が確認し、権限者へ上げ、議会の承認を得る。
今は、一刻ごとに人が死ぬ。
「報告窓口を一本化します」
私は卓を叩かず、紙へ区分を書く。
「救護、火災、爆発物、交通、容疑者。五系統に分けてください」
「命令権は?」
「現場救護はクレア。軍事と封鎖はガレス。物流はアニエス。私は全体調整」
「議会承認が必要な封鎖区域が」
「緊急避難として実施してください。事後承認を求めます」
法務官が顔を上げる。
「期限は」
「今夜まで」
まだ、恒久的な権限は求めない。
目の前の命を守るためだけ。
アニエスが商人地図を広げる。
「爆発地点は、全部、穀物と通信の要所に近い」
「次の標的を予測できますか」
「冬の配給倉庫。北と東に二つ」
「警備を倍に」
「人が足りない」
マリアンヌ様が言う。
「王宮守備隊の予備を出します」
「議会警備が薄くなります」
「市民の食料が先です」
決断は速かった。
彼女も犠牲を見ている。
対策本部へ、死亡者の暫定名簿が届いた。
市場の肉屋。
橋の料金係。
郵便集配所の少年。
身元不明者。
一人ずつ、名前の横へ家族確認の印がつく。
「公表は」
「家族への連絡後に」
「先に数字だけ出せと、新聞社が」
「数字だけでは出しません」
死者三十という発表は速い。
けれど、家族には一人ずつの名前だ。
私は連絡係を増やし、確認の終わった家から知らせるよう命じた。
夕方までに、死者は三十を超えた。
負傷者は数百。
市場の火災は抑えられた。
中央橋では、欄干崩落前に多くを退避できた。
西区の不審荷車からは火薬樽が見つかった。
第四の爆発は防いだ。
それでも、最初の三つは止められなかった。
夜、救護所へ行く。
床へ並ぶ負傷者。
家族を探す声。
布で覆われた遺体。
小さな靴が一足、壁際に置かれている。
持ち主はわからない。
「セラフィーナ様」
マリアンヌ様が隣に立つ。
「議会が、明朝の緊急会議を求めています」
「はい」
「非常権限の議案が出るでしょう」
「誰へ」
「セラフィーナ様へ」
予想していた。
「私は、以前、一人へ権力を集めることへ反対しました」
「私もです」
「兄上が使った理由と、同じ言葉になるかもしれません」
国家を守るため。
非常時。
手続きを待てない。
今日、私はすでに事後承認で命令を出した。
その結果、第四の爆発を防いだ。
「それでも、今の仕組みでは遅いです」
私は言う。
「はい」
マリアンヌ様は否定しなかった。
救護所の奥で、子どもが泣いている。
母親を探している。
クレアが名前を聞き、名簿を照合する。
見つかった母親が、足を引きずりながら来る。
二人が抱き合う。
一つの命、一つの家族。
守れた者もいる。
守れなかった者も。
「二度と、同じ遅れを出したくありません」
自分の声が、冷たく聞こえる。
「セラフィーナ様」
「今日の命令は、すでに通常手続きを越えています」
マリアンヌ様が言う。
「事後承認を求めます」
「否決されたら?」
「責任を負います」
「辞任も?」
私は答えるまでに一呼吸置いた。
「必要なら」
その言葉を言えた。
まだ、権限より制度を上へ置いているつもりだった。
「権限が必要です」
マリアンヌ様は、すぐに答えなかった。
「期限と監督を」
「もちろんです」
「三十日を超えないこと」
「はい」
「議会への報告を」
「受け入れます」
今は、そう思っている。
合理的な条件。
限定された権限。
人命を守るため。
救護所を出ると、雪が降り始めていた。
煤の上へ白く積もる。
明日の会議で、私はより強い権限を求める。
救護所の戸口で、夫を失った女が名を呼び続けていた。
私は、その声を知っている。
返事がないとわかっていても、呼ばずにはいられない声。
誰にも、あの朝の私と同じ声を出させたくなかった。
そのためなら、三十日だけ強くなることは罪ではないと思った。
それが必要だと、今日の死者が証明しているように見えた。




