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婚約破棄された公爵令嬢を辺境へ連れ帰ったら、俺の領地が王国で一番幸せになりました!?  作者: ぱる子
第二部 公爵令嬢は普通の幸せを知らない

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9/10

第9話 公爵令嬢の朝食

 ハルフォード領で迎える最初の朝、セラフィーナは朝食室の扉の前で立ち止まった。


「どうしました?」


「……こちらで、よろしいのですか」


「朝食室ですからね」


「そうではなく、私も同席してよいのかという意味です」


 俺は思わず室内を振り返った。


 細長い木の卓。何度磨いても消えない傷。端が少し欠けた皿。湯気を立てる麦粥と、根菜の煮込み。


 王宮の食卓と比べれば、豪華さという言葉が裸足で逃げ出す光景である。


「もちろんです。ここで一人だけ別に食べる方が難しいですよ」


 答えると、セラフィーナはほんの少し迷ってから席へ着いた。


 すでに卓についていた父が笑う。


「おはよう、セラフィーナさん。よく眠れたかい」


「はい。お部屋まで用意していただき、ありがとうございました」


「礼ならアレンに。昨日の朝から使用人たちを巻き込んで、大騒ぎしていたからね」


「父上、それは言わなくていいでしょう」


「壊れた机の脚へ、自分の指まで釘で打ちつけそうになっていたことも?」


「もっと言わなくていいです」


 向かいでクレアが、口元をナプキンで隠した。


 セラフィーナの青い目が俺の右手へ向く。昨日、机を直した時につけた小さな傷がある。


「お怪我をされたのですか」


「怪我というほどでは。机の方が重傷でした」


「修理を他の方へ任せるという選択肢は?」


「人手が足りなかったので」


「領主代理が客室の家具を修理するのですね」


「うちでは領主代理も屋根へ上りますし、冬には雪かきもします」


 彼女は返事に迷ったらしい。


 王宮では、王太子が雨漏りした屋根へ上ることなど天地がひっくり返ってもなかったのだろう。


 クレアが朝食を取り分ける。


「本日は麦粥、黒パン、干し肉、それから蕪の葉の煮込みでございます」


「クレアさん、料理まで?」


「台所をお借りしただけです。こちらの料理人の方々にも教えていただきました」


 目の前に置かれた皿を、セラフィーナはきれいな姿勢で見つめた。


 銀の食器も、白磁の器もない。


 それでも彼女は何ひとつ顔に出さず、まず父へ一礼し、麦粥を口へ運ぶ。


「お味はいかがかな」


「とても温かく、滋味深いお料理です」


 父がうれしそうにうなずく。


 俺も麦粥を食べながら、少し安心した。


 ところが、しばらくすると妙なことに気づいた。


 セラフィーナは黒パンも干し肉もきちんと食べている。麦粥も減っている。


 だが、蕪の葉の煮込みだけが、ほとんど手つかずだった。


 食べようとはしている。


 匙を持ち上げ、皿へ戻す。もう一度持ち上げ、今度はごく小さな葉を選んで口へ入れる。


 その直後、表情は変わらなかった。


 変わらなかったが、まばたきが一度だけ長かった。


(苦手なんだな)


 うちの蕪の葉は、冬を越すと苦みが強くなる。領民は塩気を足して食べるが、慣れない人にはなかなか手強い。


「セラフィーナ、その皿を取ってもらえますか」


「こちらですか」


「はい。代わりにこれを」


 俺は自分の干し肉の皿を彼女の前へ置き、蕪の葉を引き取った。


 彼女が目を見開く。


「なぜ交換を?」


「俺はこれが好きなので」


「ですが、アレンの分が」


「干し肉は昨日も食べました。蕪は今朝だけです」


 実際、蕪の煮込みは嫌いではない。


 ただし、干し肉の方が好きかと聞かれれば、かなり迷う。


 セラフィーナは俺と皿を交互に見た。


「私が、残そうとしているように見えましたか」


「いいえ。最後には全部食べるつもりだったと思います」


「では」


「苦手でも、出されたものは残さない人でしょう?」


 匙を持つ彼女の指が止まった。


 図星だったらしい。


「食べ物を粗末にしないのは立派です。でも、俺が好きなものと交換するなら、誰も困りません」


「私は客人です。好き嫌いまで配慮していただく必要はありません」


「客人だからではありません」


 何気なく答えてから、セラフィーナがこちらを見た。


 父も見ている。


 クレアまで見ている。


「……同じ食卓で食べる人が、無理をしていると気になるだけです」


 妙に静かになった。


 何か変なことを言っただろうか。


 父が咳払いをして、黒パンをちぎる。


「アレンは小さい頃からそうなんだ。私が薬を嫌がると、自分も苦い薬草茶を飲むと言い出してね」


「父上」


「その後、二人でひどい顔をした」


「昔の話です」


 セラフィーナの口元が、わずかに緩んだ。


「では、お言葉に甘えます」


 彼女は干し肉を小さく切り、口へ運んだ。


 今度はまばたきが長くならない。


「こちらは、お好きですか」


「はい」


「それならよかった」


「アレン」


「何でしょう」


「あなたは、いつも他人の皿を見ているのですか」


「領主館の食料が足りない時は、誰がどれだけ食べたかを見る癖がついています」


「では、私だけを見ていたわけではないのですね」


「え?」


「いいえ。確認しただけです」


 なぜか少し声が冷たくなった。


 俺が答えを探している間に、クレアが紅茶を注ぐ。肩が小さく震えているのは、湯気のせいではなさそうだ。


 食事の途中、セラフィーナは卓の端に置かれた小さな籠へ目を向けた。


「こちらは、食事代を入れるためのものでしょうか」


「違います。使った布巾を入れる籠です」


「では、滞在中の費用はどのようにお支払いすれば」


 父がゆっくり首を振る。


「同じ家で暮らす者から、朝食代を取る習慣はないよ」


「ですが、私は保護を受ける立場です。食料が豊富でないことも承知しております」


「なら、食卓を豊かにする方法を一緒に考えてくれればいい」


 父は煮込みの皿を指した。


「金貨一枚より、この苦い蕪をおいしく食べる方法の方が、今の我が家にはありがたい」


 セラフィーナは真剣な顔で煮込みを見た。


「香草と酢があれば、苦みを和らげられる可能性があります」


「さっそく頼もしい」


「ただし、まず試食が必要です」


 そう言って、彼女は俺の前にある蕪の皿を見た。


「試食担当はアレンにお願いします」


「交換した途端、役割まで増えましたね」


 今度は父だけでなく、セラフィーナも小さく笑った。


 朝食が終わる頃、父が窓の外を見た。


「今日は天気がよさそうだ。領内を案内してあげるといい」


「そうですね。畑と水路の状態も見ておきたいです」


 俺が答えると、セラフィーナはすぐに姿勢を正した。


「私も同行してよろしいでしょうか」


「もちろんです。ただ、道がかなりぬかるんでいます」


「問題ありません」


 彼女は自信を持って答えた。


 その足元には、王都から履いてきた上質な絹靴がある。


 俺は靴と、窓の外の泥道を見比べた。


「……出発前に、履き物だけ相談しましょう」


「この靴では不都合がありますか」


「畑へ着く前に、靴の方が領地へ永住すると思います」


 セラフィーナは意味がわからないという顔をした。


 数時間後、たぶん嫌でもわかるだろう。

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