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婚約破棄された公爵令嬢を辺境へ連れ帰ったら、俺の領地が王国で一番幸せになりました!?  作者: ぱるめりあ
第八部 あなたのいない世界

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85/113

第85話 実行犯の裁判

 実行犯は、法廷へ入る時に一度だけ私を見た。


 若い男だった。


 広場で見た時より痩せている。


 拘束中の食事と医療は記録されている。


 拷問の痕はない。


 それを確認した自分に、何の慰めもなかった。


「被告人、氏名を」


 裁判官が問う。


 男は答える。


 私はその名を、ここで記憶へ刻まない。


 彼を無名の怪物にしたいわけではない。


 ただ、私の中でアレンより大きな場所を与えたくなかった。


 弁護人が隣に立つ。


 彼自身が選んだ者ではない。


 国が任命した。


 アレンを殺した男にも、弁護人がいる。


 傍聴席から怒声が上がった。


「弁護する価値があるのか!」


 裁判官が静粛を命じる。


 弁護人は振り返らない。


「すべての被告人に弁護の権利があります」


 淡々と述べる。


 私は、その言葉を支持した。


 胸の内側で、別の自分が反発する。


 彼には、アレンの命を奪う前に考える時間があった。


 短銃を隠し。


 列へ入り。


 花束を持ち。


 狙った。


 それでも、裁判を受ける権利がある。


「起訴事実を読み上げます」


 検察官の声が法廷へ響く。


 計画的殺人。


 銃器の違法所持。


 偽造許可証の使用。


 公的式典への不法侵入。


 共謀者からの資金受領。


 男は、発砲を認めた。


「誰を狙いましたか」


「ローゼンフェルト公爵令嬢を」


 法廷がざわつく。


 私を。


 アレンではなく。


「理由は?」


「共和国の象徴だったからです」


「ハルフォード卿が前へ出ると予想しましたか」


「いいえ」


 息が止まる。


 彼は、アレンを殺すつもりではなかった。


 私を殺すつもりだった。


 アレンは、考えるより先に私を庇った。


 知っていた事実。


 法廷の言葉になると、別の刃のようだった。


「発砲後、二発目を撃とうとしましたか」


「しました」


「誰へ」


「もう一度、彼女へ」


 ガレスが傍聴席で拳を握る。


 クレアの顔は動かない。


 マリアンヌ様は目を閉じた。


 私は被告を見た。


「なぜ、私を?」


 裁判官の許可を得て、尋ねる。


「あなたが王家を壊した」


「私は一人で壊していません」


「同じだ」


「誰から、そう教えられましたか」


「教えられたんじゃない」


「では、誰が資金を」


 検察官が制した。


 質問は証拠に沿う必要がある。


 私は口を閉じる。


 法廷では、被害者遺族である私も手順へ従う。


 供述によれば、男は旧王党派の集会へ出入りしていた。


 革命急進派の仲介人からも金を受け取った。


 本人は、どちらも同じ目的だと思っていた。


「共和国を混乱させることが、王政復古になると?」


「今の議会が崩れれば、人々は王を求める」


「急進派は、逆に強い革命政府を作ろうとしていました」


「知らない」


「武器商人が両方から金を受け取っていたことは?」


「知らない」


 網の中にいた一人。


 自分が誰の利益へ使われているかを知らず、それでも引き金を引いた。


 弁護人は、思想的扇動と情報操作を主張した。


「被告は、複数勢力から虚偽情報を与えられ、ローゼンフェルト公爵令嬢が国民を奴隷化すると信じ込まされていました」


「判断能力がなかったと?」


「完全に失ってはいません。しかし、責任能力の程度には考慮が必要です」


 医師の鑑定。


 集会の記録。


 配布された文書。


 私を怪物として描いた偽りの文章。


 男はそれを信じた。


 信じたからといって、発砲が許されるわけではない。


 だが、何も知らず生まれた悪ではない。


 裁判は、その違いも記録する。


「被告は、後悔していますか」


 弁護人が問う。


 男は黙った。


 長い沈黙の後、言う。


「ハルフォード卿を殺すつもりはなかった」


 傍聴席から怒声が上がる。


「それが謝罪か!」


「黙れ!」


 裁判官が制する。


「ローゼンフェルト公爵令嬢なら、国が壊れる前に止める必要があると思った」


 私を見る。


「今も、間違っていたかはわからない」


 胸の奥が冷たくなる。


「では、もう一度機会があれば?」


「わからない」


 弁護人が顔を伏せる。


 私は立ち上がらなかった。


 怒鳴らなかった。


 法廷の床を見た。


 アレンが倒れた広場の石ではない。


 血もない。


 ここでは、言葉と証拠だけが進む。


 被告の母親も証人として出廷した。


 小柄な女性だった。


「息子は、昔から暴力的でしたか」


 弁護人が問う。


「いいえ」


「政治集会へ行くようになったのは」


「仕事を失ってからです」


「家では何を話していましたか」


「国を奪われた。自分たちには何も残らない、と」


 彼女は被告席を見た。


「私は、止められませんでした」


 傍聴席の空気が揺れる。


 同情と怒りが混じる。


 私は彼女を見た。


 彼女も、今日の判決で息子を失うかもしれない。


 私と同じではない。


 けれど、喪失が一つ増えることだけはわかった。


「ご遺族へ、何か」


 裁判官が被告へ尋ねる。


 男は長く黙った。


「謝っても、戻らない」


「それでも、言うことはありますか」


「ありません」


 母親が顔を覆った。


 私は目を閉じなかった。


 最終弁論で、検察官は死刑を求めた。


 計画性。


 二度の発砲意思。


 公的式典での多数危険。


 政治目的による殺人。


 弁護人は、終身拘禁への減刑を求めた。


 扇動。


 複数勢力による利用。


 直接の標的と死亡者の違い。


 裁判官たちは退廷した。


 待つ間、私は紅茶を一口飲んだ。


 冷めていた。


 クレアが取り替えようとする。


「このままで」


「セラフィーナ様」


「大丈夫です」


 その言葉を言ってから、アレンに叱られる気がした。


 大丈夫ではない時に使わない約束。


 けれど、彼は叱らない。


 私はカップを置いた。


「大丈夫ではありません」


 言い直す。


 クレアは何も言わず、温かい紅茶へ替えた。


 裁判官たちが戻るまで、傍聴席の一部では死刑を求める紙が掲げられた。


 別の一部には、終身拘禁を求める紙がある。


 意見は割れていた。


 私は、どちらも下げさせなかった。


 裁判所の秩序を乱さない限り、意見を示す権利がある。


 ただし、判決を出すのは紙の多い側ではない。


 証拠と法だ。


 それを信じることが、今日はひどく難しかった。


 判決が言い渡される。


「被告人を、死刑に処する」


 法廷が静まる。


「被告には控訴の権利があります」


 男はうなずいた。


 私を見ない。


 弁護人は判決文を受け取り、手続きを説明する。


 合法的な死刑判決。


 弁護。


 審理。


 証拠。


 異議。


 すべてを経た。


 私は法の内側にいる。


 それでも、法廷を出た時、足元が揺れた。


 マリアンヌ様が腕を支える。


「セラフィーナ様」


「ありがとうございます」


「お休みになりますか」


「まだ、執行の手続きが」


「今日は、終わりです」


 終わり。


 その言葉へ、胸が反応した。


 裁判は終わった。


 判決は出た。


 アレンは帰らない。


 廊下の窓から、秋の光が差している。


 私は指輪へ触れた。


「法の内側で、裁きました」


 誰へともなく言う。


 返事はなかった。

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