第84話 ヴィクトルの罪
ヴィクトルは、被告席でも背筋を伸ばしていた。
王太子だった頃と同じ姿勢。
ただし、金の装飾はない。
簡素な灰色の服。
手には拘束具がある。
法廷の中央に裁判官。
左右に検察官と弁護人。
傍聴席には市民、旧貴族、兵士、地方代表。
マリアンヌ様は私の隣に座っている。
私は被害者遺族であり、暫定政府の法務委員でもある。
だから判決へ加わらない。
証人席へ呼ばれた時だけ立つ。
「被告ヴィクトル・アルヴェリアに対する審理を開始します」
裁判官が告げる。
罪状は長い。
虚偽証拠の作成と使用。
不法な追放。
権限なき穀物徴発。
軍需会計の横領。
市民攻撃命令。
地方村落への焼き討ちを許容した指揮責任。
議会と法務機関への圧力。
そして、暗殺に関する共謀の疑い。
最後の一つだけは、立証が十分ではなかった。
ヴィクトルがアレン暗殺を直接命じた証拠はない。
旧王党派の一部は、彼の復権を目的に動いた。
だが、被告が拘禁中に指示した記録は見つからなかった。
検察官は、その点を分けて述べた。
「暗殺計画への直接関与については、合理的疑いを超える証明に至っていません」
傍聴席がざわめく。
「ふざけるな!」
誰かが叫ぶ。
「王太子のために殺したんだろう!」
裁判官が静粛を命じる。
私は動かなかった。
胸の中では、同じ声がする。
彼のために。
彼が作った王党派が。
彼が残した憎悪が。
それでも、直接命じた証拠はない。
証拠がない罪で裁かない。
私は国葬でそう誓った。
「被告は、暗殺について何か知っていましたか」
検察官が問う。
「知らない」
ヴィクトルは答える。
「私が失脚した後、私の名を使って動く者がいることは予想していた」
「止める手段は?」
「拘禁中の私に何ができた」
「面会記録では、旧王党派の使者と接触しています」
「弁護準備の支援者だ」
「暗号文が押収されています」
「政治的支持を保つための文書だ。殺人命令ではない」
弁護人が異議を出す。
裁判官が一部を認める。
手続きは遅い。
言葉は何度も止められる。
証拠の範囲が確認される。
私は、その遅さに耐えた。
次に、過去の国家犯罪が審理された。
私への偽造告発。
徴発令。
軍需資金。
村への攻撃。
ヴィクトルは、多くを否定しなかった。
「国家の統一を守るためだった」
彼は言う。
「反対する地方へ例外を認めれば、王国は分裂した」
「その結果、市民が飢えると知っていましたか」
「短期的な犠牲は必要だった」
「誰が犠牲を決めましたか」
「私だ」
「法的権限は?」
「非常時だった」
「非常事態宣言の手続きはありません」
「手続きを待つ間に、国は崩れる」
以前の大広間と同じ答え。
彼の中では、一貫している。
「ローゼンフェルト公爵令嬢の追放も、国家統一のためですか」
「彼女は、地方と貴族を結ぶ力を持っていた」
「虚偽証拠を使って?」
「公に争えば内乱になった」
私は証人席へ呼ばれた。
偽造書類が示される。
「この告発により、何を失いましたか」
検察官が問う。
「公爵家での地位。財産。王都での信用」
「婚約も?」
「はい」
ヴィクトルが私を見る。
かつてなら、その視線だけで姿勢を正した。
今は、何も感じない。
正確には、感じるものが多すぎて、一つの名をつけられない。
「被告へ質問がありますか」
弁護人が尋ねる。
私は首を振った。
「ありません」
「恨みは?」
「あります」
傍聴席が静かになる。
「ですが、判決へ求めるのは恨みの量ではありません」
証人席を降りる。
マリアンヌ様が次に証言した。
国王の病床。
代理権の不存在。
王宮内の文書統制。
兄との会話。
声は何度も震えた。
それでも、一つも省かなかった。
村を焼かれた農夫も証言した。
「兵が来る前、命令書を見せられました」
焦げた紙片が証拠台へ置かれる。
「穀物を出さなければ反逆とみなす、と」
「村側は抵抗しましたか」
「子どもと老人を逃がしていました。武器を持った者もいました」
「王国軍へ攻撃を?」
「先に火をつけられました」
証言の途中で、男は何度も水を飲んだ。
ヴィクトルは彼を見た。
「軍規違反があったなら、現地指揮官の責任だ」
「徴発を必達とし、抵抗村への強制措置を許可した署名があります」
検察官が文書を示す。
ヴィクトルの印。
彼は目を逸らさない。
「命令の逸脱ではありません」
検察官が言う。
「命令が、逸脱を予定していました」
法廷の空気が重くなる。
国家という言葉の下へ隠れていた一軒一軒の家が、証言によって姿を現した。
最終弁論で、ヴィクトルは立った。
「私は、王国を守るために決断した」
法廷全体を見る。
「ここにいる者たちは、私の方法を犯罪と呼ぶ。だが、誰かが決めなければ、国は動かなかった」
「反省はないのですか」
裁判官が問う。
「結果については責任を負う」
「方法については?」
「必要だった」
マリアンヌ様の手が震える。
私はその手へ触れた。
彼女は私を見ず、指だけを握り返した。
弁護人は、死刑ではなく終身拘禁を求めた。
「被告の目的には国家維持があり、私利のみではありません」
傍聴席から反発の声が出る。
裁判官は静粛を命じた。
「目的が公益であったと自認することと、手段の違法性は別です」
弁護人は続ける。
「同時に、刑は怒りの量で決めるべきでもありません」
私はその言葉を聞いた。
不快ではなかった。
むしろ必要だった。
法廷は、私や群衆の望む結論だけを確認する場所ではない。
被告に有利な事情も、同じ卓へ置かなければならない。
判決は夕方に言い渡された。
暗殺への直接共謀は無罪。
過去の国家犯罪については有罪。
複数の違法命令と、それによって生じた死者、財産被害、法秩序破壊への責任。
「被告ヴィクトル・アルヴェリアを、死刑に処する」
法廷が静まり返った。
歓声はない。
泣き声も、すぐには出なかった。
ヴィクトルは目を閉じる。
「そうか」
それだけ言った。
マリアンヌ様の涙が落ちる。
「兄上」
被告が顔を上げる。
「何だ」
「私は、あなたを憎みきれません」
声が震える。
「それでも、判決を受け入れます」
ヴィクトルは長く妹を見た。
「お前は、私より国を選んだ」
「はい」
「なら、最後まで選べ」
彼は護送される。
扉が閉じる。
マリアンヌ様はその場に座ったまま、声を押し殺して泣いた。
私は彼女の肩を抱く。
私も夫を失った。
彼女も兄を失う。
同じではない。
比べることもできない。
ただ、法廷の外へ出るまで隣にいた。
夕方の廊下には、アレンの肖像が飾られている。
暫定議会が勝手に置いたものではない。
市民から贈られた小さな絵。
彼は笑っていない。
仕事中の、少し困った顔。
「暗殺の罪では、裁けませんでした」
私は絵へ言う。
「証拠がなかったからです」
返事はない。
「ですが、彼の過去の罪は、法で確定しました」
それでも、胸の穴は変わらない。
判決文の重さだけが、手に残った。




