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婚約破棄された公爵令嬢を辺境へ連れ帰ったら、俺の領地が王国で一番幸せになりました!?  作者: ぱるめりあ
第七部 世界で一番幸せな二人

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第78話 まだ見ぬ家族

 一日の仕事を終え、俺は私室で紅茶を淹れていた。


 最近は、以前より味が安定している。


 セラからは「毎回違うことも個性です」と言われた。


 褒められたのか、諦められたのかは判断が難しい。


「今日は、よい香りです」


 食卓へ座ったセラが言う。


「今日は?」


「今日も、です」


「言い直しましたね」


「夫婦円満のためです」


 明日は革命一周年記念式典。


 王都から来た書類も、領地の相談も、今日は早めに切り上げた。


 夜の食卓には、紅茶と小さな焼き菓子。


 窓は少し開いていて、初夏の風が入る。


「学校の子どもたちが、明日の式典で歌うそうです」


 セラが報告書を閉じる。


「練習を見ました」


「どうでした」


「歌詞を三人ほど間違えていました」


「大丈夫でしょう」


「一人は、革命を収穫祭と歌っていました」


「似たようなものでは?」


「政治的意味が異なります」


「でも、明日は祭りです」


 セラは少し考え、うなずいた。


「では、許容します」


「誰の許可?」


「憲法制定委員としてではなく、聴衆として」


 焼き菓子を一つ取る。


 外から、子どもたちの笑い声が聞こえた。


 近所の家で、まだ遊んでいるらしい。


「今日、市場で赤子を抱かされました」


 俺が言う。


 セラの手が止まる。


「どなたの?」


「パン屋の娘さんです。荷物を持つ間だけ」


「泣きましたか」


「俺が?」


「赤子がです」


「泣きませんでした」


「それは、よかったです」


「服をつかまれました」


「離さなかった?」


「かなり強かったです」


 小さな手の感触を思い出す。


「セラにも抱いてほしいと言っていました」


「私に?」


「はい。今度、市場へ行った時に」


 セラは紅茶へ視線を落とす。


「うまく抱けるでしょうか」


「俺でもできました」


「その比較は、安心材料として弱いです」


「ひどい」


「アレンは、赤子を抱く訓練を受けていません」


「セラも?」


「王太子妃教育には、乳母への指示は含まれていました」


「自分で抱く方は」


「ほとんど」


 少し寂しい教育だ。


「では、一緒に教わりましょう」


「はい」


 しばらく、子どもの笑い声を聞く。


 話題は自然に、まだ見ぬ家族へ移った。


 窓の外で、遊んでいた子どもたちを母親が呼ぶ声がした。


 返事をした子。


 聞こえないふりをする子。


 もう一度、少し強い声で呼ばれ、ようやく走って帰る。


「アレンに似た子は、二度目まで戻らなそうです」


「俺は一度で戻りました」


「幼い頃も?」


「……父上から三度呼ばれたことは」


「やはり」


「畑の虫を見ていたので」


「子どもにも同じ言い訳を教えないでください」


「セラに似た子なら、呼ばれる前に時刻表を作ります」


「食事時刻の管理は大切です」


「遊びも管理?」


「本人と相談します」


 まだいない子どもを、もう一人の人間として扱う言葉だった。


「親の希望だけで決めない?」


「はい。私たちが選ぶ人生と、子どもが選ぶ人生は別です」


「名前も、気に入らなければ」


「大きくなってから相談しましょう」


「そこまで?」


「自分の名を、自分で大切にできるように」


 セラという呼び名を自分で選んだ人らしい。


「もし、私たちにも子どもがいたら」


 セラが慎重に言う。


「はい」


「アレンに似るでしょうか」


「セラに似た方が賢いと思います」


「また、ご自分を低く」


「現実的な評価です」


「アレンに似れば、畑の水路を見つけるのが得意になります」


「七歳くらいで?」


「五歳でも」


「危ない場所へ行かないよう見張らないと」


「私に似れば、帳簿を読みます」


「五歳で?」


「早い方がよいです」


「遊ばせてあげてください」


 セラが少し笑う。


「では、午前は帳簿、午後は遊び」


「もう予定を組んでる」


「教育計画は必要です」


「頑固さはセラに似そうですね」


「アレンにもあります」


「俺は柔軟です」


「王命を拒絶した方が?」


「それは必要な時だけ」


「私も同じです」


 二人で笑う。


「名前はどうしましょう」


「今、決めます?」


「候補だけでも」


「男の子なら父上から一字」


「女の子なら?」


「セラが好きな名前を」


「二人で決めるのでは?」


「そうでした」


 まだ存在しない子どもの名前を、二人でいくつか並べる。


 どれもしっくりこない。


 声に出すと、妙に立派すぎたり、食べ物に似ていたりする。


「今は決めない方がよさそうです」


 セラが結論を出す。


「本人の顔を見てから」


「本人に相談?」


「生まれた直後は難しいでしょう」


「では、顔を見て」


「はい」


 未来の話をしているのに、特別な演説にはならない。


 おむつを誰が替える。


 夜泣きの時は交代する。


 仕事部屋へ子どもが入ってきたらどうする。


「書類へ落書きされた場合は」


「保存します」


「公文書は困ります」


「家庭用の紙を渡しましょう」


「父上の肖像画へ落書きしたら?」


「父上は笑うと思います」


「修復はします」


 家族肖像画の話になる。


「今の絵は、七人ですね」


 セラが言う。


「父上を含めて」


「次は、子どもも」


「クレアも、ガレスも、アニエスも、マリアンヌも?」


「全員です」


「画家が困ります」


「大きな絵にしましょう」


「壁が足りない」


「食堂を広げます」


「そこから工事の話へ?」


「家族が増えれば、椅子も必要です」


 現実的だ。


 けれど、その現実がうれしい。


「クレアは、子どもをどう扱うでしょう」


 俺が尋ねる。


「完璧に世話をすると思います」


「俺たちの出番がなくなる」


「それは困ります」


「ガレスは?」


「木剣を持たせようとします」


「止めましょう」


「安全なものなら、よいのでは」


「セラ、意外と賛成?」


「自分を守る方法は必要です」


「アニエスは」


「最初のお小遣い帳を贈ります」


「商売を教えそうです」


「マリアンヌは、王都の歴史を」


「子どもが一人でも、先生が多すぎますね」


 食卓の椅子へ、それぞれの顔を想像する。


 父上がいれば、一番甘やかしただろう。


「お父様の話も、たくさんしましょう」


 セラが言う。


「はい」


「家族肖像画を見ながら」


「失敗談も?」


「全部です」


 まだ見ぬ子どもは、会えなかった祖父のことも、食卓で知っていく。


「年を取ったら、どこに住みたいですか」


 俺が尋ねる。


「ハルフォードです」


 セラは迷わない。


「王都の仕事は?」


「若い方へ任せます」


「引退できます?」


「制度として、一定年齢で役職を離れる仕組みを作ります」


「自分たちが休むため?」


「次の世代へ席を譲るためです」


 俺たちは、年を取って領地へ戻る。


 朝は畑を歩く。


 昼は学校へ顔を出す。


 午後は食堂で紅茶。


「アレンは、引退後も水路を見に行くと思います」


「セラも帳簿を見ますよ」


「月に一度だけ」


「俺も水路は月に一度」


「雨の後は?」


「臨時で」


「やはり引退できませんね」


 白髪になったセラを想像する。


 今の銀髪と、どう違うのだろう。


「セラの白髪は、今より少し柔らかく見えるのかな」


「すでに銀色です」


「でも、年を取れば変わります」


「アレンの髪も白くなります」


「一緒ですね」


「どちらが先でしょう」


「競争ではありません」


 俺は杯を置き、彼女の手へ自分の手を重ねた。


「セラの白髪を見るまで生きます」


 セラはすぐに返事をしなかった。


 青い瞳が、俺を見つめる。


 指がゆっくり絡む。


「では、私も」


「俺の白髪を見るまで?」


「それだけでは足りません」


「もっと?」


「その後も、毎朝起こします」


「白髪になっても寝坊する前提ですか」


「可能性が高いので」


「否定できません」


 セラが笑う。


 俺も笑う。


「家族肖像画を、何枚も増やしましょう」


「壁がなくなります」


「廊下にも飾ります」


「階段にも」


「食堂にも」


「自分たちの顔だらけですね」


「子どもと皆の顔です」


 未来は、部屋の間取りや椅子の数まで具体的だった。


 紅茶が少し冷める。


 老後の家についても、話は具体的になった。


「寝室は一階がよいです」


 セラが言う。


「階段がつらくなるから?」


「はい。庭へ出やすくもなります」


「窓は南向き」


「朝日が強すぎませんか」


「冬は暖かいです」


「では、薄い布を」


「裁縫室へ頼みましょう」


「引退後まで仕事を増やしてしまいます」


「代金を払います」


「当然です」


 小さな家。


 大きすぎない庭。


 紅茶用の棚。


 家族が集まると足りなくなるほどの食卓。


「結局、領主館の近くがよさそうです」


「皆が来やすいので」


「子どもが王都で暮らしても」


「帰ってこられる部屋を残します」


「何部屋?」


「人数が決まってからです」


「現実的ですね」


「未来は、増築できます」


「明日の式典が終わったら」


 俺は言う。


「今夜と同じように、俺が紅茶を淹れます」


「式典後は、お疲れでは?」


「紅茶くらいなら」


「では、楽しみにしております」


「味は保証しません」


「毎回違うことも個性です」


「やっぱり褒めていませんね」


「好きだと申し上げています」


 真顔で言われ、俺は返事に詰まった。


「それはずるい」


「夫婦ですので」


 便利な言葉がまた出た。


 夜は穏やかに更けていく。


 明日は式典。


 その後は紅茶。


 次の年も、その次の年も、家族肖像画を増やしながら同じ家へ帰る。


 俺たちは、それを当然の未来として話し続けた。

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