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婚約破棄された公爵令嬢を辺境へ連れ帰ったら、俺の領地が王国で一番幸せになりました!?  作者: ぱるめりあ
第七部 世界で一番幸せな二人

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第73話 ハルフォードへ帰ろう

 ハルフォード領へ戻った日の夕方、俺たちはまっすぐ父上の墓へ向かった。


 王都からの馬車旅で、皆かなり疲れていたはずだ。


 それでも、誰も領主館へ先に入ろうとは言わなかった。


 丘の上には春の草が伸び、父上の墓石の周りには小さな白い花が咲いている。


「ただいま、父上」


 俺は墓前へ膝をついた。


 セラが隣へ並ぶ。


 クレア、ガレス、アニエス、マリアンヌも少し後ろへ立った。


「王政は終わりました」


 口にしてから、妙に現実味のない報告だと思った。


 父上へ最後に話した時、俺たちはまだ王家の命令に追われていた。


「俺は王にはなりませんでした」


 ガレスが鼻で笑う。


「墓前で最初に言うことがそれか」


「父上なら、一番安心すると思って」


「確かに」


 アニエスまでうなずいた。


 セラが小さく笑う。


「お父様。アレンは王冠より、王宮の維持費を心配しておりました」


「それは言わなくても」


「事実です」


 墓前だというのに、皆が笑った。


 父上なら、たぶん一緒に笑った。


「暫定議会ができました」


 俺は続ける。


「地方も、市民も、商人も、兵士も、同じ卓につきました。喧嘩ばかりですが、決めたことは記録しています」


「アレン様は、会議中に三度、昼食を忘れました」


 クレアが付け加える。


「それも報告します?」


「重要事項です」


「お父様なら、クレアを支持なさいます」


 セラの言葉へ、マリアンヌもうなずく。


「私もそう思います」


 味方がいない。


 でも、それがうれしかった。


 父上の墓前へ、立派な言葉だけを並べなくていい。


 失敗も、空腹も、笑いも、そのまま持って帰ってきた。


 セラが一歩前へ出る。


「お父様」


 その呼び方を、もうためらわなかった。


「公爵家の名誉は回復されました」


 春風が銀色の髪を揺らす。


「ですが、私はハルフォードへ帰ることを選びました」


 左手の指輪へ触れる。


「ここが、私の家です」


 長い沈黙の後、セラは少しだけ目を伏せた。


「また、食卓へ戻ります」


 それだけ言って、一礼した。


 俺は彼女の手を取る。


 皆で花を供えた。


 王都の白い紙ではなく、領地の道端に咲いていた花だ。


 丘を下りると、遠くから鐘が鳴った。


 戦や警報の鐘ではない。


 俺たちが帰ったことを、村へ知らせる鐘だった。


「ずいぶん大げさだな」


 ガレスが言う。


「三千人を率いて王都へ行った領主が帰ったのよ」


 アニエスが答える。


「俺は率いていません。皆で行きました」


「その言い方、王都でも何度聞いたかしら」


「事実なので」


 領主館の門へ着くと、使用人だけでなく、村の人々まで集まっていた。


 パン屋。


 水車番。


 学校の子どもたち。


 裁縫室の女性たち。


 俺たちがいない間も、領地を守っていた人たちだ。


「おかえりなさい!」


 声が重なる。


 セラの足が止まった。


 追放された王都ではなく、ここへ帰ってきた時の言葉。


 何度聞いても、彼女は大切に受け取る。


「ただいま戻りました」


 公の声で答えた後、子どもが彼女の裾を引いた。


「若奥様、王都で王様になったの?」


「なっておりません」


「若旦那様は?」


「なっていません」


「じゃあ、何になったの?」


 俺とセラは顔を見合わせる。


「仕事が増えました」


 正直に答えると、大人たちから笑いが起きた。


 子どもは納得していない。


「革命の英雄じゃないの?」


「それは仕事ではありません」


 セラが真面目に答えた。


「お給金も出ません」


「そこなんですか」


「重要です」


 アニエスが腹を抱えて笑う。


 領主館へ入ると、階段の踊り場に家族肖像画が飾られていた。


 父上が中央で笑っている。


 その隣にセラ。


 俺。


 クレア、ガレス、アニエス、マリアンヌ。


 全員が、少し姿勢を崩して笑っている絵だ。


「完成していたんですね」


 マリアンヌが見上げる。


「王都へ行く前に届きました」


 クレアが答える。


「旦那様のお部屋にも、下絵をお持ちしました」


 セラは肖像画の前で立ち止まった。


 父上の顔を見つめる。


「お父様も、帰ってきた私たちを見ていらっしゃいますね」


「きっと、礼服のしわを気にしています」


「そこですか」


「父上は意外と細かかったので」


 食堂には、いつもの皿が並んでいた。


 父上の席は空いている。


 その前にも、皿が置かれている。


 食事を盛るためではない。


 誰かが欠けたことを消さず、同時に、食卓から追い出さないために残した席だ。


 俺たちはそれぞれの場所へ座った。


 セラは俺の隣。


 クレアは給仕へ回ろうとしたが、全員から止められた。


「今日は座ってください」


 セラが言う。


「ですが」


「家族の食卓です」


 クレアは少しだけ困った顔をした後、席へついた。


 焼いた鶏。


 春野菜のスープ。


 蜂蜜を薄く塗ったパン。


 特別豪華ではない。


 それでも、王宮の宴よりずっと安心する。


「王都の料理より、こちらの方がいいです」


 マリアンヌが言う。


「公的には言わないでください」


 セラが注意する。


「なぜです?」


「王都の料理人が傷つきます」


「では私的に。こちらの方が好きです」


「それなら構いません」


 ガレスが鶏肉を切り分けながら、俺を見る。


「明日から仕事だぞ」


「今日くらい休ませてくれない?」


「領主が帰ったと聞いて、相談が六件来ている」


「もう?」


「水路二件、牛の境界争い一件、学校の窓が三枚」


「革命より具体的ですね」


「領地はそういうものだ」


 その通りだ。


 国の形を変えても、水路は詰まる。


 牛は隣の畑へ入る。


 窓は割れる。


 だから帰ってきた意味がある。


 セラがスープを一口飲み、目を細めた。


「味が、少し変わりました」


「豆が増えたそうです」


 クレアが答える。


「今年は収穫がよかったので」


「では、パンも?」


「一人一枚多く出せます」


 セラは食卓を見回した。


 以前、パンが一枚増えた時のことを思い出しているのだろう。


「帰ってきたのですね」


 小さな声だった。


「はい」


 俺は答える。


「王都へ行って、国を変えて、それでも帰ってきました」


「私たちの席は」


「あります」


 彼女の皿には、いつもの量のスープ。


 苦手な蕪は少しだけ少ない。


「蕪まで以前と同じですね」


「量は調整されています」


「俺の皿に多い気がします」


「夫になる方には、健康でいていただかなくては」


「まだ結婚式前ですが」


「予定は変わりません」


 皆がこちらを見る。


「結婚式の日程、決まったの?」


 アニエスが尋ねる。


「王都の政務が落ち着き次第です」


 セラが答える。


「衣装は?」


「裁縫室へ依頼します」


「花は?」


「白百合がよいかと」


 クレアが静かに言った。


 セラは少し驚き、すぐに笑った。


「はい。白百合にしましょう」


 食卓の上で、政治ではない予定が決まる。


 俺は父上の空いた席を見る。


「父上にも、見てもらえますね」


「はい」


 セラの手が、卓の下で俺の手へ重なった。


 家族肖像画の前で、皆が食べ、笑い、明日の水路と結婚式の花を相談する。


 国を変えた後に、帰る場所が残っていた。


 それが、何よりうれしかった。

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