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婚約破棄された公爵令嬢を辺境へ連れ帰ったら、俺の領地が王国で一番幸せになりました!?  作者: ぱるめりあ
第六部 王冠のない国へ

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第72話 新しいアルヴェリア

 春の光が、長い卓へ差し込んでいた。


 王宮の旧会議場。


 以前なら王族と高位貴族だけが座った場所に、今は違う人々がいる。


 地方の農村代表。


 王都の職人。


 商人。


 兵士。


 法務官。


 旧貴族。


 王族出身のマリアンヌ。


 全員が同じ高さの椅子へ座っていた。


「議長席だけ少し高く見えます」


 俺が小声で言うと、隣のセラフィーナが図面を確認する。


「床が傾いています」


「権力ではなく、建物の問題?」


「はい。修繕費を計上します」


 新しい国の最初の課題が、床の傾きだった。


 悪くない始まりだと思う。


 暫定議会の設立宣言が読み上げられる。


「アルヴェリアにおける王政を廃止し、すべての公権力を法と国民の委任の下へ置く」


 広場へ向けて開かれた扉の外から、ざわめきが聞こえる。


「本宣言は、王家への復讐を目的としない」


 マリアンヌが文書を読む。


 王女ではなく、王族出身の代表として。


「王族を含むすべての者が、同じ法の下で権利を守られ、責任を問われる国を作るためのものである」


 声は少し震えた。


 王家の終わりを、自分の口で宣言している。


 それでも、彼女は読み切った。


「マリアンヌ殿下」


 市民代表が呼びかける。


 彼女は首を振った。


「今後、公の場ではマリアンヌで構いません」


「急には難しいです」


「私も慣れておりません」


 会場に小さな笑いが起きる。


 緊張が少しほどけた。


 最初の議題は、誰が議場へ入れるかだった。


 王都の職人代表は、地方の農民にも席を求めた。


 旧貴族は、読み書きのできない者が法案を扱えるのかと反論した。


「では、読み上げ役と書記をつけます」


 セラフィーナが答える。


「知識が不足しているなら補えばよい。暮らしを知らないことも、同じ不足です」


 農村代表の老人が手を上げる。


「わしは法律の言葉はわからん」


「畑の税が多すぎるかは?」


「わかる」


「種籾を取れば来年どうなるかは?」


「よくわかる」


「なら、その知識が必要です」


 老人は、少し照れたように席へ座り直した。


 同じ卓へ着くとは、同じことを知っている者を集めることではない。


 違うことを知る者が、互いの不足を認めることだった。


「暫定議会は一年を期限とします」


 セラフィーナが続ける。


「その間に、新憲法の草案を作成し、地方ごとの公開協議を行います」


「一年で間に合うのか」


 地方代表が尋ねる。


「完成しない場合は?」


「自動延長にはしません」


「では国が止まる」


「延長には、各地方と市民代表の再承認を必要とします」


「面倒だな」


「面倒にします」


 セラフィーナはきっぱり答えた。


「権力の延長が簡単であってはなりません」


 何人かがうなずく。


 議会の役割。


 税の承認。


 軍の統制。


 地方自治。


 裁判の独立。


 すべての条文を読み上げれば、日が暮れる。


 だから今日は、原則だけを確認する。


「誰も、法の外へ置かれない」


「緊急命令には期限と記録が必要」


「地方の税は、用途を公開する」


「兵士は明白に違法な命令を拒否できる」


「市民は、政治的意見を理由に追放されない」


 一つずつ、広場へも読み上げられる。


 外では、書記の若者が内容を簡単な言葉へ書き直している。


 読めない人のために、広場の端では別の者が声に出す。


「難しい言葉ばかりじゃわからない!」


 老人が叫ぶ。


「では、言い換えます!」


 若者が答える。


「王様も議員も、勝手に税を増やせません!」


「それならわかる!」


 笑いが起きる。


 新しい国は、立派な宣言だけでは動かない。


 理解されて初めて、生活へ入る。


 採決前、マリアンヌが王家の印章を持って立ち上がった。


「これは、歴代の王が命令へ用いた印です」


 議場が静かになる。


「破壊するべきだという意見もありました」


 市民代表の一部がうなずく。


「ですが、壊しません」


「なぜですか」


「誰かが、王家の悪事だけを後世へ伝えれば、同じ形の憎しみが残ります」


 彼女は印章を記録箱へ納めた。


「公文書館で保管します。何が命じられ、誰が異議を唱え、どのような結果になったかとともに」


「王家の栄光も?」


「罪も、功績も、両方です」


 マリアンヌは蓋を閉じた。


「歴史を、次の権力者の都合で書き換えないために」


 昼前、王政廃止と暫定議会設立への採決が行われた。


 全員一致ではない。


 旧貴族の中には王政維持を求める者もいる。


 軍人には、指揮系統の弱体化を恐れる者がいる。


 商人には、制度変更で契約が無効になることを心配する者もいた。


「反対意見も記録します」


 セラフィーナが言う。


「賛成多数だから、反対が存在しなかったことにはしません」


 反対した貴族が、意外そうに彼女を見る。


「我々を排除しないのか」


「違法行為がなければ、意見を理由に排除しません」


「旧王家へ忠誠を持っていても?」


「思想ではなく、行動を法で判断します」


 彼はゆっくり座り直した。


 採決の結果、王政廃止は可決された。


 暫定議会の設立も。


 新憲法制定手続きも。


 大広間ではなく、地味な会議場で。


 剣ではなく、挙手と署名で。


 国の形が変わった。


 広場へ結果が伝わる。


 歓声が上がる。


 鐘が鳴る。


 けれど、その横ではパンの配給が続いている。


 元守備兵が、列を整える。


「押さないでください! 一人一つです!」


 商人が不足した粉の到着予定を掲示する。


 書記の若者が、地方へ送る文書を束ねる。


 負傷した兵士は片腕で封蝋を押していた。


「休んだ方が」


 俺が言うと、彼は笑う。


「剣は持てませんが、印章なら押せます」


 門を開けた兵士たちは、今度は市民の通行を助けている。


 王宮の厨房では、余っていた食材が広場の鍋へ運ばれる。


 広場の片隅では、旧王家派の市民へもパンが配られていた。


「反対票を入れた者にも?」


 若い配給係が戸惑う。


 アニエスが籠を持ち直す。


「投票用紙を食べるわけじゃないでしょ」


「でも、新しい国へ反対した人です」


「腹が減る権利まで違うの?」


 配給係は首を振る。


「違いません」


「なら渡して」


 パンを受け取った老人は、気まずそうに一礼した。


「わしは王政廃止へ反対だ」


「知ってるわ」


「それでも?」


「次の採決でも反対するために、生きててもらわないと困るもの」


 老人は少しだけ笑った。


 新しい国が守るべきものは、賛成した者だけの暮らしではない。


 新しい国は、宣言と同時に働き始めていた。


「ハルフォード卿」


 議長役の法務官が俺を呼ぶ。


「暫定議会の代表職を」


「一人の代表にはなりません」


「わかっています。地方代表の一人としてです」


「それなら」


 俺は署名する。


 王ではない。


 多くの代表の一人だ。


 セラフィーナも法務委員として署名する。


 マリアンヌは憲法制定委員。


 アニエスは商業と物流。


 ガレスは軍制移行。


 クレアは役職を求めなかったが、救護と配給の現場を整えている。


「クレアさんも何か肩書きを」


 俺が言うと、彼女は首を振った。


「まず、夕食を時間通りに召し上がる制度をお願いいたします」


「それは憲法に?」


「家庭内規則です」


 セラフィーナが真剣にうなずく。


「必要ですね」


「二人で決めないでください」


 久しぶりに、皆が笑った。


 最後に、暫定議会の最初の予算が決められた。


 王宮の宴会費を減らす。


 王都のパン購入。


 地方へ返す種籾。


 負傷兵と焼失村の支援。


 そして、議場の傾いた床の修繕。


「床は後回しでも」


 俺が言うと、職人代表が首を振る。


「同じ高さの椅子に座るなら、床も同じ高さにしないと」


「象徴的な意味ですか」


「転ぶからです」


 現実的な理由だった。


「予算を認めます」


 セラフィーナが真剣に記録する。


 国の理念も、最後は大工へ払う銀貨になる。


 その銀貨が正しく届くかを確かめるところから、制度は始まる。


 会議が終わり、夕方の広場へ出る。


 春にはまだ寒い。


 それでも、冬の空気より少し柔らかい。


「終わりましたね」


 俺が言う。


 セラフィーナが隣へ立つ。


「始まりました」


「そうでした」


「王政を終わらせることが目的ではありませんから」


「皆が帰れる国を作る」


「はい」


 人々の前なので、まだ正式な距離を保つ。


 けれど、広場を離れ、回廊へ入ると、俺は小さく呼んだ。


「セラ」


「はい、アレン」


「ハルフォードへ帰れそうですか」


「すぐには難しいでしょう」


「ですよね」


「憲法草案、地方協議、財産整理、裁判準備」


「聞くだけで帰り道が遠くなります」


「ですが、帰ります」


 彼女ははっきり言った。


「私の家ですから」


「待っています」


「一緒に戻るのでは?」


「もちろん」


「では、待つのは領主館の皆ですね」


「食堂の皿も」


「雨漏りは直っていますか」


「たぶん」


「確認していないのですか」


「戦争中だったので」


「帰る前に修繕命令を出します」


 国の形を変えた日の会話が、屋根の心配で終わる。


 それも、俺たちらしい。


 広場の鐘がもう一度鳴った。


 今度は王の命令を知らせる鐘ではない。


 暫定議会の設立と、パンの配給開始を同時に知らせる鐘だった。


 俺たちは並んで、その音を聞いた。


 新しいアルヴェリアには、まだ決めることが山ほどある。


 それでも、誰か一人のものではない国が、確かに動き始めていた。

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