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婚約破棄された公爵令嬢を辺境へ連れ帰ったら、俺の領地が王国で一番幸せになりました!?  作者: ぱるめりあ
第六部 王冠のない国へ

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第71話 王にならない男

「ハルフォード卿に王位を!」


 翌日の評議室でも、同じ声が上がった。


 聞き間違いではなかったらしい。


 長い卓には、貴族、市民代表、地方の使者、軍人、商人が座っている。


 俺は端の席を選んだのに、全員がこちらを見る。


「王位でなくとも、非常大権を」


 軍人が言った。


「期限付きで構いません。軍、財政、治安を一元的に指揮できる権限が必要です」


「外国はすでに国境へ兵を集めています」


 地方の使者が続く。


「中央政府が弱いと見れば、侵攻されます」


「各地では、旧王家派と反王家派の衝突も」


「一人の象徴がいなければ、地方が分裂します」


 提案は、単なる英雄崇拝ではなかった。


 混乱を止めたい。


 今すぐ決める者が必要だ。


 その不安は現実だ。


「王位を空けたままにすれば、旧王家派が別の継承者を立てます」


 貴族の一人が地図を開く。


「北部では、すでに複数の領主が独自に兵を集めています。中央の象徴がなければ、各地が別々の正統性を主張するでしょう」


「王都の市民も、不安です」


 職人代表が言う。


「昨日までの法が、今日から無効になるのか。契約は。貨幣は。税は。誰も答えられない」


「だから、顔の見える一人が必要だと?」


「はい」


 その気持ちはわかる。


 制度は見えにくい。


 王冠をかぶった一人なら、誰が決めるかは明確だ。


「一人を選べば、質問の数は減ります」


 俺は言った。


「ですが、その一人が間違えた時、止める人も減ります」


「なぜ俺なんですか」


 尋ねると、市民代表が答えた。


「軍が従う」


「全部ではありません」


「商人同盟も協力している」


「アニエスに従っているだけです」


「地方領民から信頼されている」


「失敗もしました」


「だからこそです」


 焼かれた村の代表がいた。


「失敗を認め、逃げなかった」


 胸が痛む。


 彼らの信頼はうれしい。


 でも、それを王冠の根拠にしてよいのか。


「ハルフォード卿」


 年長の貴族が言う。


「今だけです。制度が整うまで、一人へ権力を集める」


「今だけ、が終わる保証は?」


「期限を設けます」


「誰が、俺を辞めさせますか」


 評議室が静かになる。


「俺が期限を延ばすと言ったら?」


「あなたは言わないでしょう」


「なぜ」


「あなたは権力を望んでいない」


 それは評価としてはありがたい。


 だが、制度としては危険だ。


「俺が善人であることを前提に国を作るんですか」


「善人だから任せるのです」


「明日も善人とは限りません」


 ざわめきが起きる。


 俺は続けた。


「俺は救援判断を誤り、村を焼かせました」


「情報が不足していた」


「それでも、決めたのは俺です」


「王になれば、もっと多くの情報を得られる」


「もっと多くの判断もします」


 一度の失敗で、家が焼けた。


 国全体の判断を一人で重ねれば、失敗の規模も大きくなる。


「俺は万能ではありません」


 自分で言うと、少し情けない。


 だが、隠す必要はない。


「農業と天候と街道は多少わかります。法律はセラフィーナの方が詳しい。軍事はガレス。交易はアニエス。王宮の事情はマリアンヌ殿下です」


「だからこそ、彼らを使えばよい」


「使う、という言葉が違います」


 俺は首を振った。


「皆が俺の道具になるのではありません。それぞれが判断し、反対できる必要があります」


 軍人が反論する。


「戦場では、一つの命令が必要です」


「戦場では」


「国家も今は戦場です」


「ずっと戦場にするつもりですか」


 彼は言葉を止めた。


「非常時を理由に権力を集めれば、権力を持つ者は非常時を終わらせたくなくなります」


 セラフィーナが、卓の向こうでこちらを見ている。


 何も言わない。


 俺が自分で答えるのを待っている。


「王太子殿下も、最初は王国を守ろうとしたのだと思います」


 俺は言った。


「国庫が足りない。軍が必要。地方が反対する。だから、自分が決めるしかないと」


「あなたは違う」


「違うと証明する方法は、俺へ王冠を渡すことではありません」


 評議室の空気が変わる。


「俺にもできないことを制度で止めることです」


「では、王位を拒否すると?」


「拒否します」


 はっきり答えた。


「非常大権も?」


「一人へ集中する形では受けません」


「国が割れたら、責任を取れるのか」


「取ります」


「権力なしで?」


「権力は必要です。でも、分けます」


 市民代表、地方代表、軍、商人、法務官。


 互いに監督し、期限を定め、決定を記録する。


 遅くなる。


 面倒になる。


 きっと、喧嘩も増える。


「一人で決めるより遅いです」


 俺は言った。


「でも、間違えた時に止められる」


「民衆は強い指導者を求めています」


「今は、かもしれません」


 歓声は変わる。


 支持も変わる。


 だから、人気を正統性のすべてにしてはいけない。


「仮に俺が王になったとします」


 俺は卓上の紙へ、簡単な図を描いた。


「今は皆さんが俺を信じている。だから、俺の命令へ従う」


「はい」


「十年後、俺の判断がおかしくなったら?」


「議会が諫める」


「無視したら?」


「軍が」


「軍の長を俺が任命していたら?」


 返事が止まる。


「財政も、裁判官も、地方長官も俺が選べるなら、止める制度は形だけになります」


「あなたは、そのような任命をしない」


「俺の次の人は?」


 誰も答えない。


「良い王を選び続ける仕組みより、悪い指導者でも国を壊しにくい仕組みを作る方が現実的です」


 自分で言いながら、ずいぶん地味な結論だと思う。


 だが、暮らしを守る制度は、たいてい地味だ。


「王になる男を選ぶのではなく、誰が選ばれても暴走できない仕組みを作りたい」


 沈黙が続く。


 最初に口を開いたのはマリアンヌだった。


「私も、即位しません」


 全員が王女を見る。


「王位継承権を持つ私が即位すれば、混乱は一時的に収まるでしょう」


「殿下なら」


「ですが、同じ仕組みが残ります」


 彼女は兄が使っていた王家の印章を卓へ置いた。


「私は王家を守る側ではなく、憲法を守る一人になります」


 セラフィーナが続く。


「暫定議会を設けます」


 書類を広げる。


「地方代表、市民代表、商人、軍、法務官。いずれも単独で全権を持たない」


「軍事指揮は?」


 軍人が問う。


「期限付きの防衛委員会へ。作戦指揮は専門家へ委ねますが、徴発と財政には議会承認を必要とします」


「遅い」


「だから、緊急命令には短い有効期限を設けます」


「更新は?」


「議会の再承認です」


 軍人は、なおも納得していなかった。


「議会が作戦へ口を出せば、兵は動けません」


「作戦そのものは指揮官へ任せます」


 ガレスが口を開く。


「ただし、何のために戦うか、どれだけ徴発するか、いつまで権限を持つかは軍だけで決めない」


「現場を知らない者が止めるのか」


「現場を知る者だけで決めれば、戦を続けることが仕事になる」


 軍人たちがガレスを見る。


「俺は兵士だ。だからこそ、軍に限界が必要だと思う」


 彼の言葉は重かった。


「兵に市民を撃たせないためにもな」


 橋と城門で、命令へ苦しむ兵士を見てきた。


 軍を信頼することと、軍へ無制限の権限を渡すことは違う。


 議論が始まる。


 誰が代表を選ぶ。


 地方の票をどうする。


 王都へ偏りすぎないか。


 兵士の命令系統は。


 税を誰が集める。


 さっきまで俺を王にする話だったのに、もう面倒な実務の話へ変わっている。


 それでいい。


 王冠一つなら、議論は早い。


 だが、速さだけで国を決めれば、また同じ場所へ戻る。


 休憩へ入ると、俺は窓辺へ逃げた。


「逃げましたね」


 セラフィーナが来る。


 二人きりに近い距離なので、小さく呼ぶ。


「セラ。俺、王様に向いていないと思うんですが」


「存じています」


「即答ですね」


「王になりたい方は、王位を勧められて最初に予算表を確認しません」


「維持費が気になったので」


「その点も含めて、向いていません」


 彼女は笑う。


「ですが、断ることには向いていました」


「褒められています?」


「はい」


 俺は息を吐いた。


「怖いです」


「何がですか」


「王にならないことで、国が混乱するかもしれない」


「王になっても、混乱します」


「慰めになっていません」


「事実です」


 セラは俺の手へ触れた。


「だから、皆で責任を負います」


「一人ではなく?」


「はい」


 休憩が終わる鐘が鳴る。


「もし、皆が失望したら?」


 俺が小さく尋ねる。


「王にならないことで、逃げたと思われるかもしれません」


「逃げる方は、ご自分の権限を減らす制度案へ署名しません」


 セラは答えた。


「責任とは、すべてを自分で決めることではありません」


「任せることも?」


「監督されることもです」


「監督されるのは、あまり格好よくないですね」


「格好よさを目的に政治をなさるのですか」


「まさか」


「なら、問題ありません」


 彼女の指が一度だけ俺の手を握る。


「私は、王ではないアレンを選びました」


「男爵でも?」


「肩書きがなくても」


 その言葉で、評議室へ戻る足が軽くなった。


 俺たちは評議室へ戻った。


 王にならない男として。


 新しい国を、一人ではなく作るために。

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