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婚約破棄された公爵令嬢を辺境へ連れ帰ったら、俺の領地が王国で一番幸せになりました!?  作者: ぱるめりあ
第六部 王冠のない国へ

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第70話 王太子失脚

「ヴィクトル・アルヴェリア殿下。抵抗なさらず、お進みください」


 守備兵が告げた。


 王太子は剣へ手を伸ばさなかった。


 高壇から降り、大広間の中央を歩く。


 かつてセラフィーナが追放を宣告された道を、今度は彼が護衛に囲まれて進む。


 群衆の一部から罵声が上がった。


「食料を返せ!」


「村を焼いた罪を償え!」


 一人の男が前へ出ようとする。


 ガレスが腕で止めた。


「下がれ」


「そいつの命令で家族が死んだ!」


「だから裁く」


「今ここで!」


「違う」


 ガレスの声は低い。


「ここで殴れば、お前が罪を負う」


 男は拳を握ったまま震えている。


 セラフィーナが近づいた。


「証言をしてください」


「証言?」


「失った家族の名前、徴発された量、村を焼いた部隊の命令書。すべて記録し、裁判へ提出します」


「紙で、戻るのか」


「戻りません」


 セラフィーナは否定した。


「だからこそ、何が起きたかを消さないために残します」


 男の拳がゆっくり下がる。


「殿下を守るためではありません」


「わかってる」


 男は泣きながら言った。


「でも、わかるまで時間がかかる」


「待ちます」


 ヴィクトルは振り返らず、大広間を出た。


 ヴィクトルが扉へ着く直前、マリアンヌが呼び止めた。


「兄上」


 彼は足を止める。


「何だ」


「裁判では、すべてお話しください」


「勝者が用意した裁判へ?」


「私も証言します」


 王太子の顔がわずかに歪む。


「妹として私を責めるのか」


「妹として、あなたが何を恐れていたのかも話します」


「同情はいらない」


「同情ではありません」


 マリアンヌの声が震える。


「罪を小さくするためでもない。兄上が、最初から怪物だったことにして終わらせないためです」


 ヴィクトルは返事をしなかった。


 ただ、再び歩き始めた。


 扉が閉じた後、マリアンヌはその場で膝をつきそうになった。


 セラフィーナが支える。


「殿下」


「泣いても、よろしいでしょうか」


「もちろんです」


 マリアンヌは声を押し殺さず泣いた。


 王太子が失脚した夜は、王女が兄を失った夜でもあった。


 逮捕が終わると、法務官が別の文書を読み上げた。


「ローゼンフェルト公爵令嬢セラフィーナに対する反逆罪認定、財産没収、王都追放処分を、証拠偽造および手続き違反により取り消す」


 大広間の中央に、セラフィーナが立っている。


「同令嬢の名誉、爵位上の権利、私有財産への請求権を回復する」


 拍手が起きた。


 最初は法務官。


 次に市民代表。


 兵士。


 貴族。


 王都へ入った時より、静かで重い拍手だった。


 セラフィーナは一礼する。


「確認いたしました」


 声は落ち着いている。


 だが、左手の婚約指輪へ右手を重ねていた。


 公爵令嬢としての権利が戻った。


 それでも、彼女が確かめているのはハルフォード領で作った銀の輪だ。


 名誉回復の手続きが終わると、旧公爵家と関係する貴族たちが前へ出た。


「ローゼンフェルト公爵令嬢」


 年長の貴族が頭を下げる。


「公爵家の屋敷は現在、王家の管理下にあります。処分が取り消された以上、返還されるべきです」


「法的には、そうなります」


「家財と所領収入も」


「精査が必要です」


「もちろんです」


 提案は合理的だった。


 公爵家へ戻れば、セラフィーナは強い政治基盤を得られる。


 王都で新しい制度を作る上でも、屋敷と財産は役立つ。


「公爵家当主の地位も、血統上はあなたが最有力です」


 別の貴族が言う。


「王国の安定には、旧家の協力が必要です」


「私へ、公爵家へ戻れと?」


「ご自身の権利を取り戻していただきたい」


「そして、王都に残ることを?」


「国政へ必要なお方です」


 俺は少し離れた場所にいた。


 口を挟まない。


 彼女の選択だ。


 ハルフォード領へ戻ってほしい。


 婚約者として、隣にいてほしい。


 でも、その望みで彼女の人生を決める権利はない。


 セラフィーナは提案者たちを見た。


「公爵家の財産は、法に従って確認します」


 貴族たちの顔が明るくなる。


「では」


「ただし、私が公爵家へ戻るかは別です」


 表情が止まる。


「なぜですか」


「名誉を回復することと、過去の暮らしへ戻ることは同じではありません」


「公爵家は、あなたの生家です」


「はい」


「血統も、教育も、財産も、すべてそこから」


「否定しません」


 セラフィーナは、血縁を罵らなかった。


 過去を切り捨てる言葉も使わない。


「私は、公爵家で多くを学びました。その知識を、新しい国のために使います」


「ならば、なおさら屋敷へ」


「屋敷は仕事の場所として使えます」


「家としては?」


 広間が静かになる。


 セラフィーナの視線が、貴族たちの間を抜けて俺へ届いた。


 俺は動かなかった。


 ただ、待った。


 彼女が自分で選ぶ言葉を。


「私の家は、アレンが待っている場所です」


 胸の奥が強く鳴った。


 拍手も歓声も、すぐには起きなかった。


 その言葉が、大広間へゆっくり広がる。


「ハルフォード領へ戻られると?」


「はい」


「国政を放棄するのですか」


「いいえ」


 セラフィーナは答える。


「必要な間は王都で責任を果たします。公爵家の財産も、法に基づき処理します」


「では、なぜ家を」


「私が帰りたい場所を、政治的な利点だけで決めないためです」


 彼女は婚約指輪へ触れた。


「私は一度、家の役に立つことだけを自分の価値だと思っていました」


 声が少し震える。


「今は、役に立たない日にも置かれる皿を知っています。遅く帰れば待ってくださる人を知っています」


 目が合う。


「だから、自分で選びます」


「公爵家へ戻らないことで、失うものもあります」


 年長の貴族が言う。


「王都の政治基盤、使用人、社交上の影響力。辺境から国政へ関わるには不便でしょう」


「承知しています」


「ハルフォード領は豊かになったとはいえ、小さな男爵領です」


「はい」


「あなたほどの方が、そこで生涯を終える必要はない」


 俺は聞いていて、少し胸が痛んだ。


 政治的な事実としては正しい。


 セラフィーナには、もっと大きな舞台がある。


 俺の隣へいることが、彼女の可能性を狭めるのではないか。


 口を挟みそうになり、止めた。


 それを決めるのも彼女だ。


「生涯を終える場所を、規模で選ぶつもりはありません」


 セラフィーナは答えた。


「それに、ハルフォード領へ戻ることは、国政から退くことではありません」


「往来には日数がかかる」


「地方から国を見るための時間です」


「王都に住めば、より早く判断できる」


「早さだけが正しさではありません」


 彼女は穏やかに続ける。


「王都の机だけでは見えない暮らしを、私は辺境で学びました」


 年長の貴族はしばらく黙った。


 やがて、深く頭を下げる。


「承知しました。公爵家への復帰を強制する権利は、誰にもありません」


「ありがとうございます」


 セラフィーナは礼を返した。


 公的な話が終わると、彼女は俺の方へ歩いてくる。


 一歩ずつ。


 大広間の中央から、壁際で待つ俺のところへ。


 彼女がこちらへ来るまでの間、俺は何度も手を出しかけた。


 迎えに行きたい。


 皆の前で抱きしめたい。


 けれど、彼女は待つ側を選んでほしいと言ったわけではない。


 俺自身が、彼女の答えを奪わないと決めた。


 だから、壁際に立ち続けた。


 一歩ずつ近づく彼女の顔は、公爵令嬢としての完璧な笑顔ではなかった。


 目元に涙の跡があり、安堵と緊張が混じっている。


 その不完全な笑顔の方が、俺にはずっときれいに見えた。


「お待たせしました、アレン」


「待っていました」


 公の場なので、俺は彼女を愛称では呼ばない。


「帰りますか」


「まだ、仕事が残っています」


「ですよね」


「ですが」


 彼女は少しだけ声を落とした。


「帰る場所は、決めました」


「はい」


 手は取らない。


 ここでは多くの人が見ている。


 ただ、互いの指輪を一度見た。


 その時、市民代表の一人が声を上げた。


「なら、ハルフォード卿を王へ!」


 別の声が続く。


「軍も地方も支持している!」


「混乱を収めるには、勝者が立つべきだ!」


 セラフィーナが俺を見た。


「アレン」


 公の場だが、驚きのあまり普通に名前を呼んでいる。


「俺も初めて聞きました」


「受けるおつもりですか」


「まだ返事もしていません」


「お顔が困っています」


「王宮の部屋数を数えていました」


「なぜですか」


「維持費が怖くて」


 彼女は一瞬、言葉を失った。


 それから、緊張の中で小さく笑った。


「やはり、アレンですね」


 王冠より先に屋根の修繕費を考える男が、王に向いているのか。


 たぶん、向いていない。


 少なくとも俺自身は、そう思った。


 大広間へ賛同のざわめきが広がる。


 俺は一瞬、聞き間違いかと思った。


 辺境の古い礼服を笑われていた男へ、今度は王になれと言う。


 世の中は、ずいぶん極端だった。

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