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婚約破棄された公爵令嬢を辺境へ連れ帰ったら、俺の領地が王国で一番幸せになりました!?  作者: ぱる子
第一部 公爵令嬢を連れ帰りました

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第7話 最後まで共犯で

 夕暮れの野営地で、セラフィーナは一枚の紙をたき火のそばへ置いた。


 昼に通った料金所の掲示板から、クレアが写してきたものだ。


 そこには、ローゼンフェルト家から追放された元公爵令嬢を匿う者には、王家への反逆を疑う、と記されている。


 俺たちが王都を出て、まだ二日しか経っていない。


「対応が早いですね」


 俺が言うと、セラフィーナは淡々とうなずいた。


「ヴィクトル殿下は、私が地方貴族へ接触することをもっとも警戒しています。ハルフォード領へ到着する前に、あなたの家を孤立させるつもりでしょう」


「だから急ぎましょう。明日の夕方には領境へ入れます」


「いいえ」


 彼女は俺を見た。


「ここで別れます」


 一瞬、たき火の音が遠くなった。


「……何を言っているんですか」


「私が街道を南へ戻ります。追跡者の目を引き、王都へ出頭する」


「却下です」


「まだ説明を終えていません」


「説明を聞けば賛成すると思いますか」


 セラフィーナの眉がわずかに寄る。


「ハルフォード領は小さく、王家の圧力に耐えられる余力がありません。私を匿えば、交易を止められ、徴税を増やされる。領民が飢えます」


「だから、あなた一人を差し出すと?」


「私が戻れば済むことです」


「済みません」


 思ったより強い声が出た。


 少し離れた場所で鍋を洗っていたクレアが、こちらを見る。だが近づいてはこなかった。


「保護宣誓をした俺は、あなたを安全な場所へ連れていく責任があります」


「その宣誓を利用すれば、私を引き渡すこともできます。被保護者本人の意思として記録を残せば、あなたの責任は軽くなる」


「法律の話をしているんじゃありません」


「私は法律の話をしています」


「知っています。あなたは、そうやって自分のことだけ計算から外す」


 セラフィーナの表情が止まった。


「領民の損害。俺の家の危険。クレアさんの立場。それは全部数えるのに、自分が王都へ戻ったら何をされるかは、まるで費用に入れない」


「私一人で済むなら、もっとも損失が少ない選択です」


「私一人で済む」という言葉を、彼女は何の迷いもなく使った。


 王宮ではきっと、そう教えられてきたのだろう。国のため。王家のため。婚約者のため。必要なら自分の望みは最後へ回す。


 けれど、その計算方法を正しいままにしておけば、彼女はこれからも自分だけを簡単に切り捨てる。


「クレアさん」


 俺は少し離れた侍女へ声をかけた。


「セラフィーナが王都へ戻るなら、あなたはどうしますか」


「同行いたします」


 即答だった。


「クレア」


「セラフィーナ様だけを戻すことはできません」


「あなたまで処罰されます」


「存じております」


 セラフィーナの顔が初めて大きく揺れた。


「ほら。一人では済みません」


「それは、クレアが命令を聞かないからです」


「長年仕えてくれた人の意思まで、損失計算から消さないでください」


 クレアは何も付け足さず、再び鍋へ視線を戻した。その沈黙の方が、どんな説得より重かった。


「あなた一人なら損失が少ない、という前提が間違っています」


 俺はたき火の向こうへ回った。


「クレアさんはどうなるんです」


 セラフィーナが侍女を見る。


「俺はどうなるんです」


「アレンには領地があります」


「領地があれば、目の前で見捨てた人を忘れられるんですか」


 彼女は答えなかった。


 俺も声を荒らげたくはなかった。


 けれど、彼女があまりにも静かに自分を切り捨てようとするから、腹が立った。


「ハルフォード領は貧しいです。王家に目をつけられれば、本当に苦しくなるでしょう。俺が宣誓したせいで、領民に迷惑をかけるかもしれない」


「でしたら――」


「だから俺は、領地へ着いたら全員に説明します」


 言い切る。


「俺が何を見て、何を考えて、なぜあなたを連れてきたのか。反対されれば聞きます。失敗すれば謝ります。その上で、どう守るかを一緒に考えます」


「それは、領主として合理的ではありません」


「俺は合理的な判断しかできないほど有能ではないんです」


「威張るところではありません」


「知っています」


 思わず返すと、セラフィーナの目が少しだけ丸くなった。


 緊張が一瞬緩む。


 俺は呼吸を整えた。


「あなたを助けると決めたのは俺です。でも、あなたを荷物のように運ぶつもりはありません。領地の危険を一緒に考えてください。俺に見えていないことを教えてください」


「私が残ることで、事態が悪化しても?」


「その時は、一緒に責任を取ります」


「あなたは、すでに十分な責任を負っています」


「では、半分持ってください」


 セラフィーナが瞬きをした。


「半分?」


「俺だけがあなたを守るんじゃない。あなたも、俺と領地を助ける。それなら、一方的な善意ではありません」


 俺は手を差し出した。


「王太子殿下の言う通りなら、俺たちはもう同じ疑いをかけられています。今さら片方だけ戻っても、きれいには終わりません」


 セラフィーナは差し出された手を見つめた。


 その表情は、王宮の大広間で一人立っていた時と同じように静かだった。


 けれど、今は完全な孤独ではない。


「アレンは、後悔しませんか」


「たぶん、何度も怖くなります」


「後悔について尋ねました」


「見捨てれば、確実に後悔します」


 彼女の指先が、そっと俺の手へ触れた。


 握るというより、確かめるような触れ方だった。


「では、最後まで共犯でいてください」


 セラフィーナが、初めて小さく笑った。


 公爵令嬢として作った微笑ではない。


 年相応の、少し困ったような笑顔だった。


「もちろんです」


 握った手の温度は、たき火よりずっと確かだった。


「到着したら、まず王家から止められそうな交易路を洗い出しましょう」


 セラフィーナは早くも考え始めている。


「街道だけでなく、川運びも確認します。王都の許可が必要な取引と、領主間で完結する取引を分ける必要があります」


「父上とガレスに相談します。領民への説明は俺がします」


「帳簿と法令は私が」


「クレアさんには?」


「まず私たちを寝かせることを命じられると思います」


「正解でございます」


 離れていたはずのクレアが、いつの間にかすぐそばに立っていた。


「王家への対策は、温かい食事を召し上がってからになさってください」


 セラフィーナは少し目を丸くし、俺と顔を見合わせた。


「簡単に答えるのですね」


「ここで考え込むと、また戻ると言い出しそうなので」


「否定はいたしません」


「しないんですか」


 今度は、彼女の笑みがほんの少し深くなった。


 クレアが鍋を持って戻ってくる。


「お話はまとまりましたか」


「はい」


 セラフィーナは俺の手を離し、掲示の写しを折り畳んだ。


「ハルフォード領へ向かいます。到着後、王家の制裁に備える案を作りましょう」


「承知しました」


 クレアはそれ以上何も聞かなかった。ただ、三人分の温かいスープを器へ注いだ。


 明日の夕方には、領境へ着く。


 そこから先は、逃げる旅ではない。


 俺たち三人で、帰る場所を守るための相談が始まるのだ。


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