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婚約破棄された公爵令嬢を辺境へ連れ帰ったら、俺の領地が王国で一番幸せになりました!?  作者: ぱるめりあ
第六部 王冠のない国へ

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第67話 閉ざされた城門

 城門前へ着くまで、市民の列は何度も止まった。


 倒れた者を救護所へ運ぶため。


 離れていた家族を見つけた者が、抱き合って道を塞いだため。


 そして、城壁の上に並ぶ弓を見て、足がすくんだためだ。


「ここから先へ進む必要はありません」


 俺は市民たちへ呼びかけた。


「見届けたい者だけ残ってください。戦う義務はありません」


 一人のパン屋が、配給籠を抱えたまま答えた。


「城門が開いたら、中の連中にもパンを渡す」


「開かなかったら?」


「待つ」


 彼は簡単に言った。


 その後ろでは、橋で負傷した兵士が片腕を吊りながら盾を運んでいる。


「あなたも後方へ」


「盾は持てます」


「戦えるかではなく、傷が」


「撃たれた時、村の人が俺を運んだ」


 兵士は盾を地面へ置いた。


「今度は俺が、前にいる人を隠します」


 誰も英雄になろうとしているわけではない。


 受け取ったものを、次の誰かへ返そうとしている。


 それが三千人の軍勢より、城壁の兵士へ届く力になるかもしれなかった。


「王宮守備隊へ告げます!」


 閉ざされた城門の前で、マリアンヌが声を上げた。


 城壁の上には弓兵が並んでいる。


 矢はまだつがえられていない。


 けれど、命令一つで市民へ降る距離だ。


「私はマリアンヌ・アルヴェリアです! 王家の一員として命じます。市民へ武器を向けないでください!」


 城壁から返事はない。


 門前の広場には、俺たちの軍勢と王都の市民が集まっている。


 子どもや高齢者は後方へ下がらせた。


 それでも、窓や路地からこちらを見ている者は多い。


「盾隊、前へ」


 ガレスが低く命じる。


 守備隊が攻撃した場合、市民を守るための壁を作る。


「弓隊は?」


 俺が尋ねる。


「構えさせない。こちらが先に弓を上げれば、向こうも放つ」


「門を破る道具は」


「ある。だが使わん」


「なぜ」


「市民が近すぎる。それに、城門を破れば宮殿側は市街戦を選ぶ」


 正しい。


 ここまで流血を抑えて来た。


 最後の門で、王都を戦場にしたくない。


 城壁の上から、ようやく声がした。


「王女殿下は、反逆者に捕らえられている!」


「捕らえられておりません!」


 マリアンヌが即座に返す。


「私は自分の意思でここにいます!」


「王太子殿下は、外敵と反乱軍から王国を守っておられる!」


「市民を敵と呼ぶのですか!」


 沈黙。


 城壁の兵士たちが互いを見る。


 命令を伝える将校だけではない。


 若い兵。


 負傷した腕へ布を巻く者。


 王都の家並みを背に立つ者たちだ。


「守備隊の皆さん!」


 マリアンヌは続ける。


「皆さんの家族も、この城壁の内外にいます! パンを求めた市民を、王国の敵として撃てと命じられているのですか!」


 城壁の端で、一人の兵士が視線を下げた。


 広場には、パン不足で倒れた者を運ぶ救護者がいる。


 アニエスの配給所では、商人が小さなパンを半分ずつ渡している。


 兵士からも見えるはずだ。


「殿下!」


 城壁の将校が叫ぶ。


「門を開けば、王宮は制圧されます!」


「違法な命令を出した者は、法に従って拘束されます」


「王太子殿下を売り渡すと?」


 マリアンヌの顔が痛みに歪む。


 兄だ。


 それでも彼女は逃げない。


「兄上にも、裁判を受ける権利があります」


「反乱軍は処刑を求めている!」


 広場の一部から怒声が上がる。


「王太子を出せ!」


「食料を返せ!」


 ガレスが振り返った。


「黙らせるか?」


「命令では止まりません」


 俺は演台代わりの荷車へ上がった。


「皆さん!」


 声を張る。


「俺たちは、私刑をするために来たのではありません!」


 怒声が少し弱くなる。


「王家が法を無視したから、ここまで来ました。ここで俺たちが法を捨てれば、何も変わりません!」


「家族を飢えさせた奴を守るのか!」


 男が叫ぶ。


「守るのではありません。裁くんです」


「同じだ!」


「違います!」


 俺は返した。


「怒る権利はあります。被害を訴える権利も、償いを求める権利も。でも、殺す相手を群衆で決める権利は誰にもありません!」


 広場へ重い沈黙が落ちた。


 俺自身、王太子へ怒っている。


 セラを追放し、領地の食料を奪おうとし、村を焼かせた。


 それでも、怒りを法の代わりにはできない。


「城壁の兵士にも同じです!」


 俺は上を見上げる。


「命令を受けたからといって、市民を撃つことは正しくなりません! 武器を下ろせば、処罰しません!」


「反逆兵にすると?」


「違法な市民攻撃を拒否した兵士として、記録します!」


 セラフィーナが、記録卓から声を上げる。


「王国法にも、明白に違法な命令へ従う義務はありません!」


 将校が叫ぶ。


「ローゼンフェルト公爵令嬢は反逆罪で追放された身だ!」


「その罪状は偽造です!」


 セラフィーナは証拠書類を掲げる。


「原本と証言を公開します。私の言葉を信じる必要はありません。記録を確かめてください!」


 風が強く吹く。


 城壁の上で、王家の旗が鳴る。


 一人の弓兵が、弓を下ろした。


 将校が振り返る。


「構えろ!」


 兵士は動かない。


「命令だ!」


「下に、母がいます」


 若い声がした。


「何?」


「配給所の列に、母がいる」


 広場で、老いた女が城壁を見上げた。


「撃てません」


 次の兵士も弓を下ろす。


「俺の弟もいる」


「妻がいる」


「市民を撃つ命令は聞いていない」


 城壁の上に、ざわめきが広がる。


 将校は剣へ手をかけた。


 ガレスが身構える。


 だが、マリアンヌは一歩前へ出た。


「将校殿」


 彼女は声を落ち着けた。


「あなたも、選んでください」


「私は王太子殿下へ忠誠を誓った」


「王国へではなく?」


 同じ問いが、橋の向こうの兵士たちへ届いた時のように響く。


「王太子殿下が王国だ」


「違います」


 マリアンヌは首を振った。


「兄上も、私も、王国の一部です。王国そのものではありません」


 将校は答えない。


 その背後で、兵士たちが一人ずつ武器を下ろしていく。


 全員ではない。


 弓を握ったままの者もいる。


 迷う者もいる。


 だからこそ、彼らの選択は軽くない。


「攻撃命令が出たら、盾で市民を守れ」


 ガレスがこちらへ命じる。


「反撃は?」


「城壁へは撃つな。門前の避難を優先」


 守備隊が動く。


 市民へ後退を促す。


 泣く子どもを救護者が抱き上げる。


 広場は静かなまま、全員が門を見ていた。


 やがて、城壁の内側から鐘が一度鳴った。


 開門の合図ではない。


 守備隊内で、何かの命令が回った音だ。


 次に、城壁の上から王家の旗が下ろされた。


 代わりに、白い布が掲げられる。


 歓声が上がりかける。


「待て!」


 ガレスが制した。


「門が開くまで動くな!」


 門はまだ閉じている。


 内側で争いが続いている可能性もある。


 マリアンヌは城壁を見上げたまま、両手を強く握っていた。


「殿下」


 セラフィーナが隣へ立つ。


「届きました」


「まだです」


「兵士たちには」


 マリアンヌの目に涙が浮かぶ。


「兄上にも、届いてほしかった」


 その願いに、誰も簡単な慰めを返せなかった。


 しばらくして、城壁の狭間から小さな紙片が落ちてきた。


 風に流され、広場の中央へ落ちる。


 ガレスが兵士を止め、自分で拾った。


「罠ではなさそうだ」


 紙には短く書かれていた。


『攻撃命令を拒否する者がいる。時間をくれ』


 署名はない。


「待て、ということか」


「はい」


 マリアンヌが紙を両手で受け取る。


「誰かが、内側で話し合っています」


「その間に、王太子側が増援を送る可能性もある」


 ガレスは門と城壁を見比べる。


「十分待てる時間はない」


「どれくらいなら」


「日没まで」


 マリアンヌはうなずいた。


「では、それまで呼びかけを続けます」


 疲れた声だった。


 それでも彼女は再び城壁へ向き直った。


「守備隊の皆さん。私たちは待ちます。ただし、王都の民へ矢を向けないという答えを待ちます!」


 城壁の兵士の一人が、胸へ拳を当てた。


 王家への礼ではない。


 聞いている、と示すための小さな動きだった。


 城門の向こうから、重い鎖が動く音がした。


 一度止まり、また動く。


 広場の全員が息を詰める。


 門はまだ開かない。


 けれど、内側で誰かが、開けるための手をかけていた。

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