↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
婚約破棄された公爵令嬢を辺境へ連れ帰ったら、俺の領地が王国で一番幸せになりました!?  作者: ぱるめりあ
第五部 幸せを守るための反逆

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
62/113

第62話 三千人の軍勢

 三千人が広場へ集まると、人の声だけで地面が震える。


「本当に三千?」


 俺が尋ねると、アニエスは名簿を叩いた。


「三千百二十七。荷車の御者と炊事係を含めて」


「兵士だけでは?」


「千四百弱」


 少し安心した。


 三千人全員が剣を持っていると言われたら、俺の胃が耐えない。


 広場には、ハルフォード領の守備隊だけでなく、近隣領から来た農民、職人、元王国兵、商人の護衛が並んでいる。


 武器もばらばらだ。


 槍。


 弓。


 斧。


 鍬。


 荷車を修理する工具。


 軍勢というより、大規模な共同作業に見える。


「実際、共同作業だ」


 ガレスが言った。


「戦える者だけで軍は動かん」


 彼は名簿を見ながら隊を分けていく。


「弓を使える者は前へ。馬を扱える者は輸送。字が読める者は伝令補助」


「料理ができる者は?」


 アニエスが尋ねる。


「炊事」


「交渉ができる者は?」


「勝手に値切るな」


「軍の仕入れは値切るわよ」


「必要な物は買え」


「必要だからこそ値切るの」


 いつもの言い争いが始まる。


 三千人の前でも変わらないのは、少し安心する。


 マリアンヌは王国兵の離反者たちと話している。


 彼らへ王家の紋章を捨てろとは命じなかった。


「王国を守るために身につけた印なら、恥じる必要はありません」


 彼女は言う。


「ただし、王太子個人の命令へ従う印としては使わないでください」


 兵士たちは紋章布を腕から外し、胸元へしまった。


 捨てるのではなく、意味を取り戻すように。


「この人数、どうして集まったのでしょう」


 セラフィーナが広場を見渡す。


 公の場なので、俺は彼女を愛称で呼ばない。


「マリアンヌ殿下の証拠と、商人同盟のおかげです」


「それだけではありません」


 彼女は列の一つを指した。


 そこには、以前税制改革へ反対した農民がいる。


 別の列には、洪水の時に避難所を作った女性たち。


 学校の教師。


 水車を直した職人。


 焼けた村から来た七人。


「皆さん、以前からハルフォード領を知っています」


「改革の成果?」


「成果だけではありません」


 セラフィーナは言う。


「百軒へ説明に行ったこと。失敗した時、謝ったこと。逃げる自由を認めたこと」


 遠くから来た男が、俺へ声をかけた。


「若旦那様」


「はい」


「うちの村も徴発を拒んだ。領主は王家へ従えと言ったが、俺たちは家族を連れて出てきた」


「家は?」


「残してきた」


「戻りたいですか」


「もちろん」


「では、戻れる形を考えます」


「戦わないのか」


「必要なら戦います」


「必要なら?」


「家を取り戻すために、家を全部壊したくありません」


 男は少し考え、うなずいた。


「橋で、降伏した兵を殺さなかったって聞いた」


「はい」


「俺の弟は王国兵だ」


 また、家族が両側にいる。


「会ったら、俺はどうすればいい」


「名前を呼んでください」


「戦場で?」


「武器を下ろせるなら」


 ガレスが横から言う。


「無理なら、自分を守れ。だが、弟だとわかった後に追い打ちはするな」


「できるかな」


「できないと思うなら、後方へ回れ」


 男は迷った末、輸送隊の列へ移った。


 戦う勇気だけが勇気ではない。


 自分にできないことを認めるのも必要だ。


「三千人を養う穀物は?」


 俺がアニエスへ尋ねる。


「十日分」


「短い」


「軍勢は歩くだけで食べるのよ」


「王都まで何日」


「最短でも八日。途中で補給が必要」


「協力する町は」


「今のところ四つ。確約は二つ」


「足りませんね」


「だから、三千人全員で進まない」


 アニエスが地図へ線を引く。


「守備を残す。補給路を守る。先に交渉団を出す」


 ガレスもうなずく。


「前へ出すのは千五百。残りは後方と交代要員」


「三千人の軍勢という見出しには、少し偽りがありますね」


「見出しを気にするな」


 俺は気にしていない。


 少しだけ、新聞ならどう書くかと思っただけだ。


 軍営の一角では、参加者へ木札が配られていた。


 赤は戦闘隊。


 青は救護。


 黄は輸送。


 白は炊事と避難誘導。


 文字が読めなくても、自分の役割がわかる。


「色を決めたのは学校の子どもたちです」


 セラフィーナが言う。


「赤が強そうだから戦闘、青は水の色だから救護だそうです」


「救護は水なんですか」


「傷を洗うから、と」


 子どもの理屈は単純で、現場では役に立つ。


 以前、水門や避難所へ使った印が、今は三千人を動かしている。


 炊事隊の女性が白札を胸へ結びながら、槍を持つ息子へ声をかけた。


「腹が減ったら戻っておいで」


「戦ってる最中に?」


「食べなきゃ負けるよ」


 息子は苦笑し、母親から乾燥パンを受け取った。


 離れたところでは、橋で負傷した兵が青札をつけ、救護の指導をしている。


「腕が動かなくても、教えられる」


 彼は若い志願者へ包帯の結び方を見せた。


 三千人という数は、剣の本数ではない。


 以前得た知識や、誰かを助けた経験まで集まった数だった。


 正午、全員へ方針を伝えるため、広場の台へ上がった。


 三千人の顔がこちらを向く。


 怖い。


 拍手されるより、焼けた村の沈黙の方がまだ耐えやすい気がする。


「皆さんへ、最初に確認します」


 俺は言った。


「これは、王都を奪って富を分ける軍ではありません」


 ざわめきが起きる。


「王太子の違法な命令を止め、徴発を終わらせ、家へ帰るための軍です」


「王家を倒すのか!」


 誰かが叫ぶ。


「今、そこまでを決めません」


 正直に答える。


「王家が法へ戻り、国民を守るなら、その仕組みを使えます。戻らないなら、変える必要があります」


 マリアンヌが目を閉じ、うなずく。


「俺一人が次の国の形を決めることはしません」


「では、誰が?」


「王都の市民、地方の領民、兵士、商人。関わる人々が決める場を作ります」


「綺麗事だ!」


「そうかもしれません」


 声の方を見る。


「でも、王太子一人が決めた結果が今です。同じ方法で逆の命令を出しても、また誰かが飢えます」


 広場が静まる。


「戦いたくない者は、今からでも後方へ移れます。帰る者を罰しません」


 数人が列を離れた。


 誰も責めない。


 代わりに、炊事隊へ移る者。


 荷車へ向かう者。


 そのまま帰る者。


 三千百二十七という数字は少し減った。


 けれど、残った人数の意味は重くなった。


「若旦那様!」


 焼けた村の若者が声を上げた。


「俺たちは、あんたが失敗しないから来たんじゃない!」


 胸が痛む。


「次は、早く来させるために一緒に来た!」


 周囲から声が上がる。


「荷車は任せろ!」


「橋の修理は俺たちがやる!」


「怪我人はこっちへ!」


 軍勢は、俺へ従うだけの人々ではない。


 自分の役割を持ち、俺が間違えば止める人々だ。


 それが三千人分ある。


 夕刻、軍営のかがり火が一斉に灯された。


 農民が作った木札。


 商人の荷札。


 王国兵の古い紋章。


 学校で字を覚えた若者の名簿。


 これまで積み上げた日常が、軍勢の形で広場へ並んでいる。


 その夜、王都から急使が到着した。


 市内でパンを求める群衆と衛兵が衝突したという報せだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。