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婚約破棄された公爵令嬢を辺境へ連れ帰ったら、俺の領地が王国で一番幸せになりました!?  作者: ぱるめりあ
第五部 幸せを守るための反逆

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第61話 それでも信じます

 夜明け前から、焼けた梁を運んでいた。


 眠っていない。


 でも、体を動かしていないと、白い布のことばかり考える。


「若旦那様」


 呼ばれて振り返る。


 村人たちが、集会小屋の前へ集まっていた。


 昨日、俺を責めた女もいる。


 亡くなった若者の家族も。


 火傷を負った子どもの母親も。


 誰も笑っていない。


「話があります」


「はい」


 俺は木材を置いた。


 手袋を外す。


 泥と煤で、手が黒い。


「昨日、謝りましたね」


 年配の男が言う。


「はい」


「謝れば、家は戻るのか」


「戻りません」


「家畜は?」


「戻りません」


「死んだ二人は?」


「戻りません」


 喉が詰まる。


「なら、謝罪に何の意味がある」


 答えを急がなかった。


 昨日と同じ言葉を繰り返せば、自分を守るだけになる。


「俺が、忘れないためです」


「俺たちは忘れない」


「はい」


「お前だけ忘れると思ったのか」


「忘れないつもりでも、領主は次の仕事へ進めます」


 俺は集まった顔を見る。


「皆さんは、焼けた家を毎日見る。亡くなった人の席を見る。でも俺は、領主館へ戻れば別の書類を読みます」


 沈黙。


「だから記録し、責任を残します。俺が次の決定をする時、この村を数字だけにしないためです」


「それでも、また間違えるだろ」


「はい」


 すぐに答えた。


 自分でも、こんなに苦しい肯定は初めてだった。


「間違えないとは言えません」


「じゃあ、領主を辞めろ」


 若い男が吐き捨てる。


 周囲がざわつく。


 俺は彼を見る。


「皆さんが望むなら、辞めます」


 背後で誰かが息を呑んだ。


 セラフィーナは少し離れた場所に立ち、何も言わない。


「本気か」


「はい」


「王家が来てる時に?」


「だからこそです。信じられない指導者の命令で、命を危険へ出す必要はありません」


「逃げるのか」


「辞めた後も、復旧作業と戦闘には残ります」


「領主じゃなくなっても?」


「俺が決めた結果です」


 男は拳を握った。


「そういうところが腹立つんだ」


「すみません」


「謝るな!」


 怒鳴り声が、焼け跡へ響く。


「何でも自分で背負った顔をするな!」


 俺は言葉を失った。


「俺の弟は死んだ」


 男の声が震える。


 白い布の一人。


 避難を手伝っていた若者の兄だった。


「お前が遅れたからだと思ってる。王国軍が火をつけたからだとも思ってる。弟が、最後まで他人を助けて逃げなかったからだとも」


 涙が頬を流れる。


「一つだけじゃない」


「はい」


「なのに、お前が全部自分の責任みたいに言うと、俺が怒る相手まで決められる気がする」


 俺はうつむきかけ、踏みとどまった。


 目を逸らさない。


「怒ってください」


「言われなくても怒ってる」


「はい」


「許さない」


「はい」


「今は」


 男の拳がゆっくり下がる。


「今は、許せない」


「わかりました」


 女が一歩前へ出た。


 昨日、俺の胸を叩いた人だ。


「でも、王家の役人は謝らなかった」


 彼女は言う。


「穀物を持っていく時も、橋へ兵を出した時も」


「はい」


「家が焼けたのは反逆者をかくまった罰だって、逃げながら叫んでた」


 村人たちの顔に怒りが戻る。


「若旦那様は、ここに残った」


「当然です」


「当然じゃない」


 女は煤で黒くなった俺の服を見る。


「偉い人は、失敗すると別の人のせいにすると思ってた」


「俺も、そうしたかったです」


 口から出た。


 皆が少し驚く。


「橋の報告が大きすぎた。伝令が遅かった。敵が卑怯だった。そう言えば、少し楽でした」


「言わなかったな」


「言っても、結果は変わらないので」


「だからって、許さない」


「はい」


 女は深く息を吐いた。


「でも、王家よりは信じる」


 すぐに意味を理解できなかった。


「失敗しないからじゃない」


 彼女は続ける。


「失敗して、逃げないから」


 誰かが泣き出した。


 俺ではない。


 たぶん、俺も泣いていた。


「若旦那様」


 年配の男が言う。


「領主を辞めるかどうかは、今決めるな」


「でも」


「俺たちは怒ってる。だから、怒ったまま働く」


「働く?」


「家を建て直すんだろ」


 男は後ろを指した。


 焼け残った広場に、木材を積んだ荷車が来ている。


 隣村からだ。


「向こうの村が、梁を二十本出すって」


 別の女が袋を置く。


「これは麦。うちは焼けなかったから、少し分ける」


「俺は守備隊に入る」


 若者が言う。


「弟みたいに誰かを助けたい、とはまだ思えない。王国軍を許せないからだ」


「それでもいい」


 俺が答える。


「怒りを隠す必要はありません」


「ただし、捕虜へ手を出すなって言うんだろ」


「はい」


「難しいな」


「俺も手伝います」


「お前は剣が下手だろ」


「そこは認めます」


 小さな笑いが起きた。


 本当に小さい。


 でも、昨日から初めての笑いだった。


「信じると言っても、命令へ何でも従うわけじゃない」


 年配の男が言った。


「次に危ない判断をしたら、止める」


「止めてください」


「領主へ逆らったと罰しないか」


「罰しません」


「本当に?」


「昨日、反対意見が足りなかったことも失敗の一つです」


 ガレスが横から腕を組む。


「俺は反対したぞ」


「もっと強く止めてくれても」


「なら次は机ごとひっくり返す」


「書類は避けてください」


 村人の間に、またわずかな笑いが生まれた。


 セラフィーナは新しい判断記録の用紙を掲げる。


「今後、救援の決定には賛成だけでなく、反対意見と採用しなかった理由も残します」


「俺たちも見られるのか」


「はい。軍事上隠す必要のある箇所以外は公開します」


「難しい字ばかりじゃ読めない」


「学校の教師に、読み上げを頼みます」


 男はうなずいた。


「なら、信じるってのは、任せきることじゃないんだな」


「はい」


 俺は答えた。


「一緒に間違いを見つけてもらうことです」


 村人たちは次々に、自分が出せるものを置き始める。


 木材。


 乾いた薪。


 麦。


 毛布。


 労働。


 守備隊への志願。


 誰も俺を称えない。


 拍手もない。


 怒っている者は、怒った顔のまま。


 それでも、帰らなかった。


「若旦那様」


 火傷を負った子どもの母親が来る。


「この子は、領都の治療所へ?」


「今朝、荷車を出します」


「私もついていきます」


「もちろん」


「戻ってきます」


 彼女は言った。


「家を建て直すので」


「はい」


「戻ってきていいんですよね」


 胸が詰まる。


「もちろんです」


「なら、守ってください」


「はい」


「今度は、早く」


「はい」


 約束するのが怖い。


 それでも、逃げない。


「救援基準を変えます」


 セラフィーナが初めて前へ出た。


「複数地点から要請が来た場合、危険度だけでなく、到達時間と避難困難者の数を優先します」


「昨日の失敗で?」


「はい」


「紙にするのか」


「公開します」


 ガレスも地図を広げる。


「各村に予備の信号を増やす。伝令が一人倒れても、別の経路で届くようにする」


 美談ではなく、実務が始まる。


 それが何よりありがたかった。


 昼までに、焼けた家の片づけ班が三つできた。


 治療所への荷車が出る。


 守備隊志願者の名簿へ、七人の名前が増える。


 隣村からさらに十人が手伝いへ来た。


 俺は梁を運びながら、セラフィーナのそばへ寄る。


 人目の少ない場所で、声を落とす。


「セラ」


「はい」


「信じてもらえた、と思っていいんでしょうか」


「許された、ではありません」


「はい」


「ですが、信じると選んでくださいました」


「怖いです」


「何が?」


「次にまた失敗することが」


 彼女は俺の黒く汚れた手へ、自分の手を重ねる。


「私も怖いです」


「それでも?」


「一緒に判断します。間違えたら、また受け止めます」


「怒られながら?」


「必要であれば」


 少しだけ笑った。


 怒りを消さずに信じる。


 それは、無条件の称賛より重く、強かった。


 夕方、村の入口へ新しい見張り台の柱が立った。


 焼け跡の中に、次の危険を知らせるための柱が一本。


 人々はまだ俺を許していない。


 それでも、同じ場所に立ち、次を一緒に守ることを選んでくれた。

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