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婚約破棄された公爵令嬢を辺境へ連れ帰ったら、俺の領地が王国で一番幸せになりました!?  作者: ぱるめりあ
第四部 偽りの庇護から本当の婚約へ

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第50話 家族の肖像

 家族肖像画を描く日、セラフィーナは誰より早く部屋の端へ立った。


 誰にも命じられていない。


 画家が配置を決める前に、壁際の一番目立たない場所を選んだ。


「そこでは、ほとんど絵へ入りません」


 俺が言う。


「私は婚約者です。正式なハルフォード家の一員では、まだありません」


「婚約記念の肖像ですよ」


「だからこそ、家族の皆様を優先すべきです」


 部屋の中央には父の椅子。


 その左右に、俺たちが立つ予定になっている。


 ほかにも、クレア、ガレス、アニエス、マリアンヌが集まっていた。


 王女がお忍びで肖像画へ入るという時点で、政治的にはかなり問題がある。


「完成した絵は、王都へ出さないでくださいね」


 マリアンヌが念を押す。


「王女殿下が辺境男爵家の家族肖像へ入っている理由を説明できませんから」


「私はセラフィーナ様の友人として来ました」


「外套だけで王女らしさは消えません」


「今日は書記官の娘です」


「その設定、まだ使うんですね」


 アニエスが笑う。


 ガレスは礼服の襟を気にしている。


「この服は動きにくい」


「肖像画で戦う予定はありません」


「襲撃されたら?」


「絵の中から剣を抜く気ですか」


「警備上の確認だ」


 クレアがガレスの襟を直す。


「動かないでください」


「首が締まる」


「正常な位置です」


 いつもの面々が揃うと、肖像画というより会議前の混乱に近い。


 父は中央の椅子で楽しそうに見ていた。


「セラフィーナさん」


「はい」


「こちらへ」


 父は自分の右側を軽く叩いた。


 そこは俺が立つ予定の場所だ。


「ですが、アレンが」


「アレンは、その隣へ立てばいい」


「私は端で十分です」


 父は言葉を重ねなかった。


 ただ、椅子の横を空けたまま待つ。


 俺も中央へ移動し、セラへ手招きした。


「こちらへ」


 彼女は動かない。


 クレアが壁際から一歩、中央へ寄る。


 ガレスも無言で場所を詰める。


 アニエスは自分の椅子を横へずらした。


 マリアンヌはセラフィーナが入れるよう、裾を整えて半歩下がる。


 誰も「家族だから」と説明しなかった。


 ただ、彼女が立つ場所を作った。


「セラフィーナ様」


 クレアが微笑む。


「お待ちしております」


 セラは一度、全員を見た。


 それから、ゆっくりこちらへ歩いてくる。


 父の右側。


 俺の左側。


 肖像の中央に近い場所へ立った。


「ここで、よろしいのでしょうか」


 小さな声だった。


 俺は彼女にだけ聞こえるよう答える。


「セラ」


 肩の力が少し抜ける。


「はい、アレン」


「ここがいいです」


 彼女はうなずいた。


「なぜ、私まで中央なのでしょう」


 セラがまだ戸惑っている。


 父は椅子の肘掛けへ手を置いた。


「この絵を見た時、誰がこの家へ帰ってくるかわかるようにするためだよ」


「帰ってくる人?」


「ここにいる全員だ」


 クレアが俺たちの後ろへ立つ。


「使用人として端へ、と思いましたが」


「クレアさんも中央に近いですよ」


「私は皆様を支える位置が落ち着きますので」


 ガレスは反対側へ立った。


「俺は出入口に近い方がいい」


「絵の中でも警備する気ですね」


「当然だ」


 アニエスはセラの近くへ椅子を寄せる。


「商人が家族肖像に入るなんて、父が聞いたら驚くわ」


「嫌ですか」


「まさか。自慢する」


 マリアンヌは外套の下で手を振った。


「私は王宮へ持ち帰れませんので、こちらで大切にしてください」


 それぞれが、血縁とは違う理由でこの絵へ入る。


 それでも誰一人、よそ者ではなかった。


 画家が配置を確認する。


 中央に父。


 その隣にセラ。


 俺は彼女の隣。


 後ろへクレアとガレス。


 左右へアニエスとマリアンヌ。


「領主家の肖像としては、少々人数が多いですな」


 画家が困ったように言う。


「家族が多いので」


 父が答えた。


「血縁のない方も」


「家族だよ」


 短い返事だった。


 セラの指先が震える。


 俺は絵に映らない位置で、そっと手の甲へ触れた。


 彼女も指を返してくる。


「では、まず正式な姿勢で」


 画家が指示する。


 全員が前を向く。


 父は穏やかな顔。


 クレアは完璧な姿勢。


 ガレスは敵を睨むような顔。


 アニエスは笑いをこらえている。


 マリアンヌは王女らしい微笑。


 セラは、公爵令嬢として身につけた完璧な表情。


「ガレス」


「何だ」


「もう少し柔らかい顔を」


「これが普通だ」


「襲撃者を描くわけではありません」


「なら、襲撃者が来ないよう警戒している顔だ」


「肖像の中でも警備を?」


「当然だ」


 アニエスが吹き出した。


「無理よ、その顔。子どもが見たら泣くわ」


「お前の笑い顔よりはましだ」


「何ですって?」


「動かないでください」


 クレアの声が飛ぶ。


 二人とも黙る。


 今度はマリアンヌの外套の留め具が外れた。


「少し待ってください」


「私が」


 セラが手を伸ばし、留め具を直す。


「ありがとうございます、セラフィーナ様」


「殿下、少し肩を下げてください」


「こうですか」


「はい」


 王宮で何度も衣装を整えてきた動きだろう。


 けれど、今は役目ではなく、友人としての手つきだった。


 画家は下絵へ線を足しながら、俺へ尋ねた。


「ハルフォード卿は、どちらをご覧になりますか」


「正面では?」


「皆様は正面を向いておりますが、先ほどから公爵令嬢の方ばかり」


 全員の視線が俺へ集まる。


「配置を確認していただけです」


「何度も?」


 アニエスが笑う。


「婚約者の顔が絵で変にならないか心配なんでしょう」


「セラフィーナ様は、どの角度でもお美しいです」


 クレアが淡々と言う。


「それは同意します」


 言った後で、セラの耳が赤くなった。


「アレンは正面を向いてください」


「はい」


「今は、です」


 小声の付け足しを聞き、俺も正面を向いた。


「よし、皆、そのまま」


 画家が筆を動かす。


 しばらくすると、父が小さく咳をした。


「休憩しますか」


 俺が尋ねる。


「まだ大丈夫だよ」


「無理は」


「これくらいはさせてくれ」


 父はそう言い、セラを見る。


「次に描く時は、もっと人が増えているかもしれないからね」


「父上」


「将来の話だよ」


 セラの頬が赤くなる。


 アニエスがにやりとする。


「子どもの話?」


「アニエス」


「肖像画なら必要でしょう」


「今、言うことではありません」


 セラの声が裏返り、皆が笑った。


 父も笑う。


 ガレスまで口元を少し緩めた。


 クレアは仕方がないという顔で目を細める。


 その瞬間、画家が声を上げた。


「動かないで!」


 筆が素早く走る。


 誰も形式的な顔を作っていなかった。


 父は笑い、セラは赤くなり、俺は彼女を見ている。


 クレアは皆を見守り、ガレスとアニエスは互いに何か言い返そうとしている。


 マリアンヌは口元へ手を当てて笑っている。


「今の表情を描きます」


 画家が言った。


「正式な肖像としては、少しくだけすぎでは?」


 セラが尋ねる。


「宣伝用なら、先ほどの姿勢がよいでしょう」


 画家は筆を止めない。


「ですが、家族の記録なら今の方がよろしい」


 父がうなずいた。


「それで頼む」


「完成したら、どこへ飾りますか」


 マリアンヌが尋ねる。


「大広間では?」


 アニエスの案に、セラが首を振る。


「来客へ見せるための絵ではありません」


「では食堂?」


 俺が言う。


「食事のたびに、自分たちの顔を見るんですか」


「少し落ち着きませんね」


 父が笑う。


「階段の踊り場がいい。皆が部屋へ戻る時に通る」


「帰る途中に見る場所ですね」


 セラが言った。


「では、そこにしましょう」


 全員が自然にうなずいた。


 絵は家の権威を示すためではなく、戻る人を迎える位置へ飾られることになった。


 政治的宣伝には使わない。


 王国で一番幸せな領地を示すためでもない。


 この部屋に集まった者たちが、同じ時に笑っていた記録として残す。


 休憩へ入ると、父は椅子へ深く背を預けた。


「疲れましたか」


「少しね」


 クレアがすぐに水を渡す。


 セラが膝掛けを整える。


 俺は窓を少し開け、空気を入れ替えた。


「大勢の肖像は大変だ」


 父は笑った。


「でも、悪くない」


「はい」


 セラが答える。


「とても、よいと思います」


 休憩中、画家が木炭の下絵をこちらへ向けた。


 まだ顔は詳しく描かれていない。


 それでも、誰が誰かは姿勢でわかった。


「セラフィーナ様が、少しアレン様の方へ傾いていますね」


 クレアが言う。


「そのように立っていましたか」


「動かないよう支えていただけです」


「俺は何もしていません」


「では、自然に?」


 マリアンヌが微笑む。


 セラは下絵を見つめ、訂正を求めなかった。


 俺も、自分の肩が彼女の方へわずかに傾いていることを黙っていた。


 画家の下絵には、中央の父を囲み、七人が近い距離で描かれている。


 セラは端ではない。


 家族の中心で、俺の隣にいた。

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