↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
婚約破棄された公爵令嬢を辺境へ連れ帰ったら、俺の領地が王国で一番幸せになりました!?  作者: ぱるめりあ
第四部 偽りの庇護から本当の婚約へ

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
47/113

第47話 父の祝福

「セラフィーナさん。君は、自分の幸せを選びなさい」


 父は、俺たちが寝室へ入るなりそう言った。


 挨拶より先だった。


「父上、急に何の話ですか」


「急ではないよ。二人があまりに遅いから、こちらから話すことにした」


「何が遅いんでしょう」


「それを私に説明させるのかい」


 父は寝台の上で笑った。


 体調は穏やかだが、長く起きていると疲れる。窓辺には薬草茶と、読みかけの新聞が置かれている。


 セラフィーナは椅子へ腰かけ、姿勢を正した。


「私の幸福について、でしょうか」


「そうだ」


 父は俺ではなく、彼女を見る。


「アレンに恩を感じているから結婚する、という答えなら反対する」


「父上」


「黙っていなさい。今はセラフィーナさんと話している」


 俺はもう一つの椅子へ座った。


 父は病人だが、こういう時だけ妙に強い。


「ハルフォード家へ尽くしたいから、という答えも同じだ」


「私は、この家に多くのものをいただきました」


「知っている」


「住む場所も、仕事も、家族としての席も」


「それを返すために人生を差し出す必要はない」


 セラフィーナの指が、膝の上で重なる。


「ですが、私は」


「君がこの家へ来てから、私も多くのものをもらった」


 父は窓の外へ目を向けた。


「食卓が賑やかになった。薬の時間が正確になった。アレンが無茶をすると叱ってくれる人が増えた」


「最後は俺の利益ですか」


「領地全体の利益だよ」


 セラフィーナが小さく笑う。


「なら、お互いに受け取った。貸し借りはもうない」


 父はそう言い、薬草茶へ手を伸ばした。


 俺が杯を渡す。


「父上は、何を確認したいんです」


「彼女が、君を選ぶとしても、家のためではないことを」


「まだ何も」


「口づけまでしておいて?」


 俺の手から杯が落ちかけた。


 セラフィーナも完全に固まる。


「なぜ知っているんですか」


「クレアが教えると思うかい?」


「では、どうして」


「二人とも、昨日から顔がわかりやすすぎる」


 父は楽しそうだ。


「特にアレン。朝食でセラフィーナさんがパンを取るだけで、手元ばかり見ていた」


「見ていません」


「見ていました」


 セラフィーナが小声で言う。


「セラフィーナまで」


「事実ですので」


 父は満足そうにうなずいた。


「それなら、なおさら言葉にしなさい」


「今、考えているところです」


「考えることは大切だ。しかし、正しい文章を作ろうとしすぎると、肝心の気持ちが置き去りになる」


 それはセラフィーナにも、俺にも当てはまる。


「セラフィーナさん」


「はい」


「アレンが好きかい」


 直球だった。


「父上!」


「アレンは黙っていなさい」


 セラフィーナの頬が赤くなる。


 それでも、逃げなかった。


「はい」


 小さく、しかしはっきり答えた。


 胸が強く鳴る。


「家の役に立つからではなく?」


「はい」


「領地を守ってくれるからでもなく?」


「それも尊敬しています。ですが、それだけではありません」


「ですが、私と婚約すれば、ハルフォード家はさらに王家から警戒されます」


「それは政治の話だね」


「家族になる以上、切り離せません」


「切り離す必要はない。けれど、順番は分けた方がいい」


 父はゆっくり息を整えた。


「まず、誰と生きたいかを決める。その後で、その選択をどう守るか考える」


「危険を知りながら選んでも?」


「危険を隠して選ばせるのはいけない。知った上で選ぶなら、本人の人生だ」


 セラフィーナは黙り込んだ。


「家は、人を守るためにある」


 父は続ける。


「家を守るために、人の幸福を使い切ってはいけないよ」


「なら、十分だ」


 父は微笑んだ。


「君の幸せの中に、アレンがいるなら選べばいい。いないなら、選ばなくていい」


「父上、それは俺の前で言うことですか」


「だから言うんだ。息子が傷つくことより、恩義で嫁ぐ娘を作る方が嫌だからね」


 セラフィーナは目を伏せた。


「私は、選ばなくてもこの家にいてよいのですか」


「もちろんだ」


 父は即答した。


「婚約しなくても、君の皿は片づけない。部屋も取り上げない。仕事を辞めても、朝食へ来ればいい」


 彼女の目へ涙が浮かぶ。


「それでは、私は何を返せば」


「笑って食事をしてくれれば、それでいい」


「それだけで?」


「たまに薬の苦みを減らす方法を考えてくれると、さらに助かる」


 父らしい答えだった。


 セラフィーナは涙を指で拭い、少し笑う。


「承知しました」


「それは家族として?」


「はい」


「では、アレンのことは別に考えなさい」


「父上、俺の扱いが雑では」


「自分でどうにかしなさい。領地の問題は何でも人へ相談するのに、恋だけ一人で悩むから悪い」


 反論できない。


「アレン」


 セラフィーナがこちらを見る。


「後で、お話ししてもよろしいですか」


「もちろん」


 父が咳払いをした。


「今でも構わないよ。私は寝たふりをする」


「構います」


 二人で同時に答えた。


 父は声を立てて笑い、途中で咳き込んだ。


 俺とセラフィーナが同時に立つ。


「大丈夫だ。笑いすぎただけだよ」


「無理をしないでください」


 セラフィーナが背中へ枕を足す。


 俺は薬草茶を渡す。


 父は二人の手元を交互に見た。


「息が合っている」


「看病に慣れただけです」


「それも家族には大切だ」


 少し休むと、父の呼吸は落ち着いた。


「もう一つだけ」


 父は俺へ向き直る。


「アレン。守ることと、決めることを混同するな」


「セラフィーナの選択を奪うな、ということですか」


「そうだ。彼女は守られるだけの人ではない」


「知っています」


「なら、隣へ立ってもらいなさい。前でも後ろでもなく」


 次にセラフィーナを見る。


「君も、アレンを領主としてだけ見ないでくれ。あれは案外、傷つきやすい」


「父上」


「存じております」


「セラフィーナまで」


「アレンは、ご自分への評価だけ極端に低いので」


 味方がいない。


 けれど、悪い気はしなかった。


「二人とも、強くあろうとしすぎなくていい」


 父は穏やかに言った。


「幸せになる時くらい、助け合いなさい」


 セラフィーナは深く頭を下げた。


「ありがとうございます」


「礼はいらない。父親らしいことを言ってみただけだ」


「私にとっては、十分すぎるお言葉です」


 父は、少し照れたように窓の外を見た。


 父は引き出しを指した。


 俺が開けると、中には古い鍵が入っていた。


「何の鍵ですか」


「食料庫の予備だ」


「祝福の場で渡す物としては、ずいぶん実務的ですね」


「この家らしいだろう」


 父はセラフィーナへ視線を向けた。


「結論がどうであれ、君にも預けておく。家族は、腹が減った時に食料庫を開けられる方がいい」


 セラフィーナは両手で鍵を受け取った。


「大切にいたします」


「使ってくれれば、それでいい」


 鍵は宝石より地味だった。


 けれど、彼女は胸元の髪飾りと同じくらい慎重に握った。


 部屋を出る前、セラフィーナが寝台のそばへ戻る。


「また、夕食前に薬をお持ちします」


「ありがとう。アレンが忘れたら叱ってくれ」


「承知しました」


「俺が担当なんですか」


「今、決まりました」


 父は笑う。


 廊下へ出ると、セラフィーナは扉の前で立ち止まった。


「アレン」


「はい」


「明日の夜、お時間をいただけますか」


「何の話でしょう」


「父上がおっしゃった、別に考えるべきことです」


 顔が熱くなる。


「はい。俺からも話したいことがあります」


「では、明日の夜に」


 セラフィーナは自室へ向かう。


 その背を見送りながら、俺は深く息を吐いた。


 父から背中を押された。


 もう、身分や恩義を言い訳にして、曖昧なまま立ち止まることはできなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。