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婚約破棄された公爵令嬢を辺境へ連れ帰ったら、俺の領地が王国で一番幸せになりました!?  作者: ぱるめりあ
第四部 偽りの庇護から本当の婚約へ

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第44話 夜道の襲撃

 倒木は、自然に倒れたものではなかった。


 切り口が新しい。


「灯りを消せ!」


 ガレスが叫ぶ。


 直後、馬車の側面へ矢が刺さった。


 セラフィーナが息を呑む。


 俺は彼女の肩を引き、床へ伏せさせた。


「外へ出ないで」


「アレンは?」


「状況を見ます」


「出ないでください」


 二本目の矢が窓を割った。


 破片が頬へ当たる。


 馬が暴れ、馬車が大きく傾いた。


 御者台からガレスの怒鳴り声と、剣がぶつかる音がする。


「護衛は?」


「前後に二人ずつです」


「相手の人数は」


「わかりません」


 馬車の床には、会合で受け取った資料が散らばっている。


 セラフィーナはその一枚を拾い、すぐに窓の割れた位置へ厚い書類束を立てた。


 三本目の矢が紙へ突き刺さる。


「役に立ちましたね」


「喜ぶところではありません」


「でも、次も置いてください」


 彼女は震える手で、もう一束を窓へ押し込んだ。


 怖がっている。


 それでも、ただ守られるだけではなく、自分にできることを探している。


「床の中央へ。窓から離れて」


「アレンもです」


「扉を押さえます」


「一人で?」


「二人で押したら、逃げる時に遅れます」


 セラフィーナは反論しようとし、外の剣戟を聞いて口を閉じた。


「必ず戻ってください」


「馬車の中にいるのに?」


「この扉の向こうからです」


「はい」


 外から足音が近づく。


 馬車の扉が乱暴に引かれた。


 俺は内側から押さえる。


「ローゼンフェルト公爵令嬢を渡せ!」


 男の声。


 目的は明らかだった。


「王家の命令だ!」


「正式な命令書を持ってこい!」


 俺が返す。


 こんな時まで書類の話をする自分に、少し笑いそうになった。


 扉へ剣が突き立てられる。


 木板を貫き、刃先がすぐ横へ出た。


「下がって!」


 セラフィーナを奥へ押す。


 扉の留め金が外れた。


 男が一人、馬車へ踏み込む。


 顔を布で隠している。


 俺は床にあった杖をつかみ、剣を持つ手へ叩きつけた。


 剣が落ちる。


 だが、相手はもう一本の短剣を抜いた。


 怖い。


 剣術の訓練は受けたが、実戦は別だ。


 手が震える。


 それでも、後ろにセラフィーナがいる。


 男が踏み込む。


 俺は杖で腕を受け、体当たりした。


 二人で馬車の外へ転がり落ちる。


 背中を地面へ打ちつけ、息が止まった。


「アレン!」


 セラフィーナの声がする。


「出るな!」


 男が短剣を振り下ろす。


 横へ転がる。


 刃が地面へ刺さった。


 俺は相手の手首をつかみ、膝で押さえた。


 だが、別の足音が近づく。


 二人目だ。


 逃げなければ。


 立ち上がろうとした時、脇腹へ痛みが走った。


 短剣が浅く入っている。


 最初の男が、手を離す寸前に刺したらしい。


 熱い血が服へ広がる。


「くそっ」


 森の奥で、馬のいななきが聞こえた。


 襲撃者は徒歩だけではない。


 逃走用の馬を隠している。


「生け捕りにしろ!」


 誰かが叫ぶ。


 殺すことではなく、連れ去ることが目的らしい。


 それがかえって怖い。


 セラフィーナを王都へ運び、俺たちが自発的に引き渡した形へ整えるつもりかもしれない。


「王家の命令なら、顔を隠す必要はない!」


 俺が叫ぶ。


 男の動きが一瞬止まった。


「命令書も名乗りもない者へ、誰も従わない!」


 返事の代わりに刃が来る。


 少なくとも、正規の兵ではない。


 その事実だけは、戻れば記録できる。


 戻れれば。


 そう考えた自分を叱る。


 戻ると約束した。


 二人目が馬車へ向かう。


 俺は立ちふさがった。


「どけ!」


「嫌です」


 声は震えた。


 格好はつかない。


 怖いものは怖い。


 それでも退けない。


 男が剣を振り上げる。


 その向こうで、セラフィーナが馬車から降りようとしている。


「戻って!」


「アレンが」


「いいから!」


 剣が振り下ろされた。


 俺は避けきれない。


 せめて、馬車との間へ体を入れる。


 衝撃が肩へ走った。


 礼服が裂け、血が飛ぶ。


 膝が落ちる。


 男がもう一度剣を上げた。


 その時、横からガレスが飛び込んだ。


 剣を受け止め、相手を蹴り倒す。


「アレン!」


「遅い」


「喋れるなら死なん」


 ガレスは俺の前へ立つ。


 護衛たちも戻ってきた。


 襲撃者は三人倒れ、残りは森へ逃げていく。


「追うな!」


 ガレスが命じる。


「罠かもしれん。馬車を守れ!」


 俺は地面へ手をついた。


 視界が揺れる。


 セラフィーナが駆け寄る。


「アレン」


「怪我は?」


「私は無事です」


「よかった」


 それを聞くと、急に力が抜けた。


「よくありません!」


 彼女が俺の脇腹へ布を押し当てる。


「傷が二つあります。ガレス、灯りを!」


「ここで火をつけるな。馬車の陰へ運ぶ」


 ガレスと護衛が俺を支える。


 痛みで息が詰まる。


「自分で歩ける」


「歩くな」


「領主代理として」


「今は荷物だ」


 ひどい扱いだが、反論する力がない。


 馬車の陰へ寝かされる。


 セラフィーナの手が血で赤くなっていた。


「止まりません」


「浅い傷です」


「なぜわかるのですか」


「深かったら、もっと痛いはず」


「十分痛そうです」


「はい。痛いです」


 洪水の夜に約束した通り、正直に言う。


「怖かった?」


 彼女の声が震える。


「怖かったです」


「それでも、なぜ」


「考える前に動きました」


「考えてください!」


「すみません」


「謝らないでください」


 怒りながら、彼女は泣いていた。


 俺は血のついていない方の手を伸ばす。


 頬へ触れようとして、途中で力が落ちた。


 セラフィーナがその手を両手で包む。


「眠らないでください」


「眠くは」


 言葉が途切れる。


 耳鳴りがする。


「アレン、私を見てください」


 青い瞳が近い。


「見ています」


「屋敷へ帰ります」


「はい」


「治療します」


「はい」


「私が、今度は」


 その先は聞き取れなかった。


 ガレスが御者台へ戻る前、俺の前へ膝をついた。


「傷は浅いが、血が多い。最短の道で帰る」


「追手は?」


「二人を拘束した。残りは逃げた」


「誰の命令か聞き出せる?」


「生きて屋敷へ着いてから考えろ」


 ガレスはセラフィーナを見る。


「圧迫を続けてください。布が赤くなったら重ねる。外さない」


「わかりました」


「こいつが立とうとしたら殴っていい」


「承知しました」


「そこだけ返事が早くないですか」


 二人とも笑わなかった。


 俺も笑う力がなかった。


 ただ、普段通りのやり取りを続けることで、まだ帰れると思えた。


 馬車が動き出す。


 セラフィーナは俺の手を離さない。


 夜道の揺れの中で、彼女の声だけを頼りに目を開け続けた。

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