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婚約破棄された公爵令嬢を辺境へ連れ帰ったら、俺の領地が王国で一番幸せになりました!?  作者: ぱるめりあ
第四部 偽りの庇護から本当の婚約へ

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43/113

第43話 私の誇る領主です

「体面のために領民の安全を犠牲にするより、正しい判断です」


 セラフィーナの声が、広間へ響いた。


 近隣貴族たちは黙っている。


 俺の隣に立つ彼女は、王宮で見た時と同じほど美しかった。


 けれど、今の言葉は誰かに求められた礼辞ではない。


 彼女自身の怒りから出たものだった。


 晩餐会の主催者が、場を収めようと杯を上げかけた。


 セラフィーナはその前に、許可を求める礼をした。


「皆様の貴重なお時間をいただくことは承知しております。ですが、今の発言は一人の服装ではなく、領民の仕事と暮らしを評価するものでした」


 主催者は断れず、うなずく。


 彼女は公の手順を踏んだ。


 感情で割り込んだのではない。


 発言する資格と場を、自分で整えてから前へ出た。


「正しい判断かどうかは、結果が示すでしょう」


 俺を侮辱した貴族が杯を揺らす。


「ハルフォード領はいまだ貧しい。橋も学校も、王国全体から見れば小さな話です」


「小さな話です」


 セラフィーナは否定しなかった。


「一人の子どもが、一枚多くパンを食べられること。洪水の夜に、家族全員が避難所へ着けること。冬を越す種籾が奪われないこと」


 言葉を一つずつ置く。


「王国全体の数字では、小さいでしょう」


 彼女は相手を見る。


「ですが、その人にとっては生活のすべてです」


「感情論ですな」


「政治は、暮らしを守るためのものです。暮らしを除いた数字こそ、空虚でしょう」


 法務官らしい男が口を挟む。


「しかし、ハルフォード卿一人の功績ではない」


「もちろんです」


 セラフィーナはうなずく。


「水車を直したのは職人です。粉を運んだのは商人。パンを焼いたのはパン屋。洪水では領民全員が動きました」


 俺は少し安心した。


 過剰に持ち上げられるのは居心地が悪い。


「では、領主の役割は?」


「人の話を聞き、必要な者をつなぎ、自分が間違えた時に認めることです」


 セラフィーナが俺を見る。


「改革案を領民に拒まれた時、アレンは百軒へ説明に行きました。制度が正しいと押しつけず、不安の理由を聞きました」


 次に、広間の全員へ向き直る。


「洪水では自ら救助へ出ました。無茶をしたことは褒めません」


「そこは公の場でも言うんですね」


 思わず口を挟むと、数人が笑った。


 セラフィーナの表情も少し柔らぐ。


「はい。欠点まで隠せば、正しい評価ではありませんから」


「厳しい評価です」


「ですが、戻った後、怖かったと認めました。次は一人で背負わないと約束した」


 広間が静かになる。


「誤らない指導者ではありません。誤りを認め、次の選択を変えられる人です」


 彼女は俺の古い袖口へ目を落とした。


「この礼服が古いことは事実です」


「そこは否定してほしかったです」


「事実ですので」


 また小さな笑いが起こる。


 でも、セラフィーナは笑わなかった。


「けれど、服の新しさで領主の価値が決まるなら、誰も暮らしを守る必要はありません」


 青い瞳が、まっすぐ俺を見る。


「アレン・ハルフォードは、私の誇る領主です」


 呼吸を忘れた。


 広間の音が遠くなる。


 俺は褒められ慣れていない。


 領民から礼を言われることはある。


 父に認められることも、ガレスに殴られながら評価されることもある。


 けれど、公の場で。


 セラフィーナが。


 俺を誇ると言った。


「私が保護されているから申し上げるのではありません」


 彼女は続ける。


「私は彼の判断へ反対することもあります。叱ることもあります」


「多いですね」


「必要な回数です」


 今度は広間全体に笑いが起きた。


「それでも、領民の声を聞くこと、誰かを物として扱わないこと、自分の権力を相手の選択へ使わないこと。その姿勢を、私は尊敬しています」


 侮辱した貴族は、もう笑っていなかった。


「公爵令嬢が辺境の領主をそこまで評価なさるとは」


「家格ではなく、行動を評価した結果です」


 セラフィーナは礼をした。


 完璧な角度。


 それ以上の反論を、礼法そのもので封じるような一礼だった。


 広間の端で、年配の法務官が静かに拍手した。


「領主の価値を、服地だけで量るのは確かに軽率でしたな」


 続いて、別の貴族が杯を置く。


「洪水時の避難札については、我が領でも詳しく聞きたい」


 全員が納得したわけではない。


 侮辱した男の周囲には、まだ不満そうな顔もある。


 けれど、場の空気は変わった。


 俺の礼服を笑うことは、橋を直した職人や、服を繕った女性たちを笑うことだと、皆が理解した。


 会話はそこで終わった。


 晩餐の席へ移る頃には、誰も俺の礼服を笑わない。


 代わりに、橋の修理方法や洪水時の避難札について質問する者が現れた。


 俺は答えられる範囲で話した。


 全部が味方になったわけではない。


 興味本位の者もいる。


 それでも、領地の仕事が「田舎の美談」ではなく、具体的な実務として聞かれた。


 会合が終わり、馬車へ向かう廊下で、俺はようやくセラフィーナへ言った。


「ありがとうございました」


「私は事実を述べただけです」


「それでも」


「アレンは、ご自分への侮辱を受け流しすぎます」


「言い返すと、会合が長くなるので」


「領民を侮辱された時は、すぐに反論しましたね」


「それは別です」


「私には、同じです」


 彼女が足を止める。


「アレンを侮辱されることと、領地を侮辱されることは」


 胸が熱くなる。


「それ、かなり特別な意味に聞こえます」


「特別です」


 即答だった。


 セラフィーナ自身が遅れて気づき、頬を赤くする。


「領主代理として、です」


「今、付け足しましたね」


「帰ります」


 彼女は先に歩き出す。


 俺は笑いながら追いかけた。


 玄関で外套を受け取る時、俺は袖口の青い糸を見た。


「この糸まで誇ってもらったような気がします」


「実際、そのつもりです」


「俺だけではなく?」


「アレンが誇る領地ごと、です」


「では、俺も言っていいですか」


「何を?」


「セラフィーナは、俺の誇る――」


 彼女が素早くこちらを向く。


 続ければ、何かが決定的に変わりそうだった。


 俺は言葉を飲み込んだ。


「法務補佐です」


「今、別のことを言おうとしましたね」


「気のせいです」


「目を見てください」


「馬車が来ました」


 逃げた。


 セラフィーナは不満そうだったが、少し笑っていた。


 外は暗い。


 馬車の近くで、ガレスが周囲を警戒している。


「遅いぞ」


「会話が長くなりました」


「浮かれた顔をするのは屋敷へ戻ってからにしろ」


「そんな顔してるか?」


「してる」


 セラフィーナが視線をそらした。


 俺たちは馬車へ乗る。


 出発すると、会場の灯りが遠ざかっていった。


 街道脇の森は静かすぎた。


 しばらくして、ガレスが御者台から低く言う。


「止まれ」


 馬車が急に速度を落とす。


 前方の道へ、倒木が横たわっていた。

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