第41話 王家の徴税官
「追加税を徴収します」
王家の徴税官は、領主館の会計室でそう宣言した。
彼の後ろには、役人が四人。
床には、王都から持ち込まれた空の木箱が並んでいる。
穀物を詰めて持ち帰るための箱だ。
「根拠を伺っても?」
セラフィーナが尋ねる。
「王国北西部の治安維持費です」
「法令番号は?」
「王太子殿下の特別命令です」
「文書を拝見します」
徴税官は羊皮紙を差し出した。
セラフィーナは一読し、俺へ渡す。
見ても、難しい言葉が多い。
ただし、末尾の数字だけはわかった。
通常税に加え、収穫の三割。
払えば、冬を越す種籾までなくなる。
「これは徴税命令ではありません」
セラフィーナが言った。
「何?」
「治安維持のため、各領へ協力を要請する文書です。税率も、徴収方法も定められていません」
「王太子殿下の名がある」
「名があっても、書かれていない税は徴収できません」
役人たちがざわつく。
徴税官は顔を赤くした。
「公爵家を追放された令嬢が、王命へ口を出すのか」
「この場では、領主代理の法務補佐として発言しております」
「任命状はあるのか」
「あります」
俺が書類を差し出す。
昨日作った。
セラフィーナが残ると決めた以上、役割も正式にした方がいいと父が言ったのだ。
徴税官は紙を乱暴に返した。
「辺境男爵家の内輪の紙だ」
「王国法では、領主が領内政務の補佐を任命できます」
セラフィーナは別の帳簿を開く。
「さらに、昨年の洪水被害について、規定に基づく減免申請を提出済みです。受理印もあります」
「減免は認められていない」
「否認通知も届いておりません。審査中に追加徴収を行うことはできません」
「口先で逃れるつもりか」
「公開の場で確認しましょう」
セラフィーナは窓の外を見る。
領主館の庭には、荷車を止められた農民たちが集まっている。
木箱へ穀物を積むよう命じられ、何が起きているのか不安そうに待っている。
「ここで決めればよい」
徴税官が言う。
「いいえ。徴収されるのは領民の穀物です。理由を知る権利があります」
徴税官は部下へ合図し、農家の荷車を一台、会計室の前へ寄せさせた。
袋の口が開かれる。
中身は、春に蒔くため選別した種籾だった。
「これを持っていかれたら、来年の畑が作れません」
荷車の持ち主が言う。
「王国の安全が先だ」
徴税官は答える。
「来年の作物も、王国の安全では?」
俺が尋ねる。
「辺境男爵が国政を語るな」
「畑の話です」
男は俺を睨んだ。
セラフィーナは種籾を一握り取り、掌へ広げた。
「これは食べるための穀物ではありません。次の収穫を作る道具です」
「穀物に違いはない」
「剣を鉄くずと呼ぶのと同じです。用途を無視すれば、価値を誤ります」
徴税官の部下の一人が、袋から手を離した。
領民にも理解できる言葉で、何を奪おうとしているのかが示された。
庭へ机を出し、公開で確認することになった。
徴税官は嫌がったが、俺が領主代理として命じた。
人々の前へ、王家の文書、減免申請、昨年の収穫記録、避難所の配給記録を並べる。
「数字の話は難しい」
農夫が不安そうに言う。
セラフィーナは穀物の升を一つ持ち上げた。
「この家では、冬までに十升必要です」
別の升を三つ、木箱へ入れる。
「徴税官の求める量を渡すと、残りは七升です」
「種は?」
「そこから二升必要です」
「春まで持たない」
人々の顔色が変わる。
「この命令書には、その三升を取るとは書かれていません」
セラフィーナは文書を掲げる。
「治安維持へ協力せよ、とだけあります。どの家から、何を、どれだけ出すかは決められていない」
徴税官が声を荒らげた。
「だから、現地で私が決める!」
「その権限を示す任命状を」
「私は王家の徴税官だ!」
「通常税を集める権限はあります。新しい税を作る権限はありません」
沈黙が落ちる。
役人の一人が、そっと徴税官から距離を取った。
おそらく、自分まで責任を負いたくないのだろう。
セラフィーナは追い詰めるだけでなく、逃げ道も示した。
「治安維持への協力を拒否するものではありません。ハルフォード領は、街道の修繕と宿営地の提供で協力できます」
「穀物は出さないと?」
「法に基づく正式な税であれば納めます。記載のない三割は渡せません」
俺も前へ出た。
「領主代理として、同じ回答です」
徴税官は俺を睨む。
「王太子殿下へ反抗したと報告するぞ」
「文書と記録を添えてください」
セラフィーナが答えた。
「本日のやり取りも、全員の前で記録しました」
クレアが筆を置く。
役人、農民、使用人。見ていた者は多い。
徴税官の部下の一人が、去る前に小声で尋ねた。
「街道修繕の協力案は、本当に提出するのですか」
「はい」
セラフィーナは別の書類を渡す。
「宿営地の場所、必要な人員、領地側が負担できる範囲を記載しています」
「拒否するだけではないのですね」
「不当な税を拒むことと、王国への協力を拒むことは別です」
役人は書類を胸元へしまった。
「王都で、上へ回します」
「原本の写しはこちらに残します」
「徹底していますね」
「紛失すると困りますので」
彼はわずかに笑い、徴税官の後を追った。
敵を増やさず、記録を一つ王都へ運ぶ道も残した。
俺なら、追い返して終わっていたかもしれない。
徴税官は木箱を蹴り、役人たちを連れて去った。
門が閉まるまで、誰も声を出さない。
やがて農夫が尋ねた。
「穀物、降ろしていいんですか」
「はい」
セラフィーナがうなずく。
「ご自宅へ持ち帰ってください」
荷車の上で、子どもが穀物袋へ抱きついた。
「冬のパン、ある?」
「あります」
セラフィーナの答えに、母親が顔を覆った。
農民たちは急いで袋を荷車へ戻した。
母親が子どもへ、小さな布袋を持たせる。
「これは何?」
「来年のパンよ」
中には、ほんの一握りの種籾が入っていた。
「今は食べないの?」
「土へ返すの。そうしたら増えて帰ってくる」
子どもは不思議そうに袋を抱えた。
セラフィーナは、その姿を見ていた。
法令の一行が守ったものは、帳簿上の数字ではない。
来年の畑と、その先の食卓だった。
庭のあちこちで安堵の息が漏れる。
誰かが拍手を始めた。
すぐに広がる。
セラフィーナは困ったように俺を見る。
「私は、法を確認しただけです」
「皆にとっては、冬の食卓を守ったんです」
「アレンも、公開査問を決めました」
「俺は机を運ばせただけです」
「それも必要でした」
彼女は少し笑った。
残ると決めた翌日から、もう領地を守る側に立っている。
「おかえりなさい、と言った方がいいですか」
俺が尋ねる。
「どこからも帰っておりません」
「でも、ここを選んだので」
セラフィーナは少し考えた。
「では、ただいま、アレン」
「おかえりなさい、セラフィーナ」
庭では、空になった木箱を子どもたちが太鼓代わりに叩いていた。




