表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
婚約破棄された公爵令嬢を辺境へ連れ帰ったら、俺の領地が王国で一番幸せになりました!?  作者: ぱる子
第三部 王国で一番幸せな領地

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
31/113

第31話 兄上の隣にいた時より

 翌朝、俺は庭の水路を確認していた。


 昨夜の雨で、花壇の端が少し崩れている。


 しゃがんで石を戻していると、窓辺から声が聞こえた。


 セラフィーナとマリアンヌだ。


「王都へお戻りになる日程は?」


「明日の朝です」


「もう少し滞在されても」


「長くいるほど、兄上へ疑われます」


 俺は立ち上がろうとして、やめた。


 私的な会話なら、聞かない方がいい。


 けれど、その場を離れるにも、足元の土がぬかるんでいる。動けば音がする。


「セラフィーナ様」


 マリアンヌの声が柔らかくなった。


「ここへ来て、本当に安心しました」


「私の安全をご心配くださっていたのですね」


「それもあります。でも、もっと別のことです」


「別の?」


「あなたが、笑っていたからです」


 窓の向こうで、少し間が空いた。


「私は王宮でも笑っていました」


「ええ。とても上手に」


 マリアンヌの言葉は、責めるものではなかった。


「兄上の隣では、誰より美しく微笑んでいました。舞踏会でも、式典でも、外国の使節の前でも」


「それが役目でしたから」


「でも、今は違います」


「何がでしょう」


「昨日、アレン様が花壇の支柱へ外套を引っかけた時、セラフィーナ様は声を出して笑いました」


 そんなところまで見られていたのか。


「今朝も、パンへ蜂蜜を塗りすぎたアレン様を見て笑っていました」


 それも見られていた。


「私は笑いすぎでしょうか」


「いいえ」


 マリアンヌはすぐに否定した。


「今のセラフィーナ様は、兄上の隣にいた時より、ずっときれいに笑います」


 風が葉を揺らす。


 セラフィーナは、すぐには答えなかった。


「きれいに、ですか」


「はい。今の笑顔は、誰かに見せるためではありません」


「ですが、私は」


「幸せですか」


 まっすぐな問いだった。


 俺は思わず息を止める。


 聞いてはいけない。


 そう思うのに、動けない。


「以前よりは」


 セラフィーナは慎重に答えた。


「以前より?」


「比べることに意味があるかはわかりません。王宮での生活にも責任がありました。学んだこともあります」


「でも、戻りたいですか」


 長い沈黙。


「いいえ」


 小さく、はっきりした声だった。


「私は、ここにいたいです」


 胸の奥が熱くなる。


 けれど、それは俺への言葉ではない。


 領地、家族、仕事、友人。


 彼女が得た全部へ向けた言葉だ。


「それを聞けてよかった」


 マリアンヌの声が少し震える。


「私は、兄上の妹です。あなたが追放された時、何もできませんでした」


「殿下は助けてくださいました。逃走の時も」


「十分ではありません」


「十分かどうかは、私が決めます」


 セラフィーナらしい言い方だった。


「私は、殿下を恨んでおりません」


「兄上のことは?」


「まだ、答えを持っていません」


「それでいいと思います」


 マリアンヌが息をつく。


「すぐに許す必要も、忘れる必要もありません」


「殿下は、ヴィクトル殿下と敵対することになります」


「間違っていることへ反対するのは、敵対ではありません」


「王家へ反対することが、王国への反逆だと兄上は考えています」


「王家と王国は同じではありません」


 セラフィーナが答える。


「王冠は人々を守るための道具です。人々が王冠を守るために存在するのではありません」


「私も、そう思います」


 マリアンヌはためらいながら続ける。


「でも、王宮でそれを口にすれば、私も監視されるでしょう」


「ならば、言葉を選んでください。正面から剣を受ける必要はありません」


「セラフィーナ様なら、どうしますか」


「記録を残します。命令の出所、結果、反対意見。すぐに勝てなくても、後から真実を確かめられる形に」


「書類で戦うのですね」


「私にできるのは、まずそれです」


 マリアンヌは小さく笑った。


「やはり、セラフィーナ様は私の先生です」


「友人では、いけませんか」


 その問いに、王女は息を呑んだ。


「もちろんです」


 二人の声が、少し近づいた。


 王女の声は静かだが、強かった。


「私は王家を守りたいのではなく、この国の人々を守りたいのです」


 セラフィーナは何も言わない。


 その代わり、衣擦れの音がした。


 おそらく、手を取ったのだろう。


 窓辺に置かれた花瓶には、領民の子どもが摘んだ野花が挿してあった。


「王宮なら、式典用の花は形も色も揃えられていました」


 セラフィーナが言う。


「こちらは揃っていませんね」


「でも、誰が摘んだかを知っています」


「それが、うれしいのですね」


「はい」


 マリアンヌは花を一本だけ撫でた。


「私も、いつか誰かの役に立つためではなく、好きだから花を選んでみたいです」


「その時は、一緒に選びましょう」


 俺はそっと水路から離れようとした。


 その時、足元の石が滑った。


「うわっ」


 派手に尻もちをつく。


 窓が開いた。


「アレン!」


 セラフィーナが顔を出す。


「何をしているのですか」


「水路の確認を」


「いつからそこに?」


「途中からです」


「どこから?」


 答えにくい。


 マリアンヌも窓辺へ来た。


「聞いていましたね」


「聞くつもりでは」


「どこまでですか」


「笑顔の話から」


「ほぼ全部です」


 セラフィーナの頬が赤くなる。


「忘れてください」


「無理です」


「なぜ即答するのですか」


「ここにいたいと言ってくれたので」


 彼女が黙る。


「うれしかったです」


 それだけ伝える。


 セラフィーナは視線をそらした。


「領地の話です」


「わかっています」


「家族や皆さんも含めてです」


「もちろん」


「アレンだけではありません」


「そこまで強調しなくても」


 マリアンヌが笑う。


「でも、アレン様も含まれているのですね」


「殿下」


「明日には帰りますから、今日くらい言わせてください」


 セラフィーナは困った顔をした。


 けれど、その口元は少し笑っている。


 マリアンヌの言葉通りだった。


 王宮で見た完璧な微笑より、ずっときれいだと思う。


「ところで」


 マリアンヌが庭を見下ろす。


「収穫祭では、お二人で踊るのですか」


「収穫祭?」


「秋に大きな祭りがあると伺いました」


「領民が踊るだけです」


 俺が答える。


「領主代理も踊るべきです」


「踊れません」


「セラフィーナ様が教えればよいのでは」


 セラフィーナが俺を見る。


「基礎から必要ですね」


「断る選択肢は?」


「領主代理としての務めです」


 逃げ道がなくなった。


 マリアンヌは満足そうに笑う。


 秋までに、俺は畑仕事より難しい課題へ挑むことになった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ